第1話 最初の試練
水のエレメントに恵まれ、木々が生い茂っている森の中に1つの村がある。
住民は農作や狩りで生計を立て、性格も温厚な人が多い。
ここは<森の村 ウラサ>と呼ばれており、規模は決して大きくはないが、狩りや農業に慣れればとても住みやすい場所だ。観光名所としては村の奥地にある大きな滝とウラサ湖が有名である。
村に住む青年、クラウス・ビルガーは早朝から道場にて稽古をつけてもらっていた。
手に木刀を握り、師であろう女性に打ち込み続ける。しかし相手は素手……涼しい顔をしながら木刀の連撃を全て避けていた。
「良い連撃だけど、力み過ぎよ」
縦振りを避けた時、彼の顔に当て見……仰け反った隙を見逃さず、手を蹴りつけ木刀を吹き飛ばす。
「イッツ……このッ!! 」
クラウスは即座に体勢を直し、攻撃を拳と脚を使った方法に変えた。
フェイントを織り交ぜながら連撃を打ち込むも全て受け流される。……中々当たらない事に苛立ち、感情に任せて上段蹴りを放つ。
「ホイ、ホイホイ……よっと」
ガシッ
「んなッ?!」
「つっかまえた~」
脚を掴んだ彼女は笑みを浮かべていた。
そして、その瞬間に視界は反転する。彼は宙に放られそのまま地面に落ちた
「うぉぉぉ……グヘッ?! 」
「ん~最後は良い蹴りだったけど、ちょっと急ぎ過ぎね。ハハハッ! 」
「タタタ……あれも受け止めるのかよシショ~ 」
投げられた体勢のまま話すクラウス、シショーと呼ばれた女性はカラカラと笑っていた。
目は細く、開いているかどうか不明な糸目。腰ほどまである長い黒髪にはクセがあるようで所々はねていた。東の島国から仕入れたという白の道着と紺の袴を着ている。門下生の道着は彼女の着ている道着をベースに作られたモノらしい。
彼女がこの道場の師範、名前はシショー。クラウスの育て親でもあり、彼は小さい頃からそう呼ぶようにと言われているようだ。
「あ~……くそぅ、今日も勝てなかった! 良い線イってたと思うんだけどな~」
「いやいや、あの連撃の組み合わせは良かったよ。それより早く朝飯の準備ッ! なんなら私が作っても良い―――」
「ぬぉっ?! そ、それは勘弁してくれ! 」
シショーが料理すると言い始めた瞬間、クラウスの顔は青ざめていた。
彼は床から跳ね起き、急いで厨房へと向かっていった……彼女の料理には相当なトラウマがあるらしい。
※※※
朝食を食べ、後片付けを済ませると村の子供たちの稽古が始まる。
その間クラウスは自由に……となるわけでもなく、村の住人から様々な依頼が来て夕方まで忙しい。
畑仕事や薪割り、道具の修理等々。シショーは「これも修業の一環よ! 」と言い、ほぼ全て任せてくるそうだ。
現在彼は道具屋<森の恵み>に来ている。
依頼は道具屋の店主から……最近村の周辺に出現する魔物退治。仕入れで世話になっている行商人が襲われ、商品がまともに入ってこない事に困っているようだ。
「……ッてなわけで頼んだぜ、クラウス」
「おう、任せろ。しっかし、ゴブリンが街道の真ん中に陣取るなんて珍しいな」
「まぁ大丈夫とは思うが気を付けてくれ。……そうだ、コレを持っていけ! 」
そう言うと店主は商品棚から緑色の液体が入った小瓶を手に取り、彼に投げてくる。
【ポーション】と呼ばれる傷薬で飲むのが一般的な使用方法、傷口に直接かけても効果はある。
近年新型の傷薬が世に出回っているがまだこの村には流通していないようだ。
「良いのか? 今は貴重な商品だろ」
「気にすんな、お前に怪我される方がもっと困る。仮に失敗したら……まぁそん時は何とかするさ」
「……期待して待っててくれ、じゃあ行ってくるよ」
道具屋を出る際、クラウスは店主から気合いの入る一発を背中に受ける。
パーンっと、とても良い音が響いていた。
~ウラサ街道 分岐点~
村を出て街道を歩き続けると分岐点が見えてくる。
正面の北は関所と<ルプス山>、その奥の<交易都市 セクタス>へ、東には今は使われていない<無人の港>、西には<平原の農村 アリオス>へと続く道がある。分岐点に陣取るように廃材や木箱等を使って壁が出来ていた。
その中央では煙が上がっている……どうやら魔物がいるらしい。足音を立てずに近づいてみると声が聞こえてくる。
『ギャァッ! キョウモ、大リョッ! 』
『ギャギャギャッ!!』
緑色の肌を持つ人型の魔物、【ゴブリン】が2匹。大きさは100㎝前後だが、背筋を曲げている為もう少し大きいかもしれない。他の特徴としては、ポッコリとでた腹部と萎んで下を向いている長鼻だ。
数的には不利だが相手の不意を突けば優位に立てる可能性はある。幸いにもまだクラウスの存在に気付いていない、強襲を仕掛けるなら今だろう。
「……よし」
剣を抜き、クラウスは物陰から飛び出た
後方からゴブリンに攻撃を仕掛ける……一匹は動きに気づいたようだが―――
『アギッ?! 後ロ―――』
「遅いッ!! 」
ドス……
背中に剣を突き立て、地面へとねじ伏せる。
ゴブリンは剣を抜こうと数秒もがくが、徐々に鈍くなり……ついに動かなくなった。残った一体はその場で地団駄を踏み、地面に置かれていたこん棒を手に取る。
目を血走らせながらクラウスへ飛び掛かってきた。
突進に勢いはあるが攻撃自体は単調な横振り。
バックステップで距離を取り、剣を左脇に構える……まるで抜刀を行うような構えだ。握る力を強めると剣身が蒼く発光し、溢れる光は剣の周囲で揺らめいていた。
「くらえッ、風刃! 」
切り上げた瞬間、剣から衝撃波が放たれる。勢いよくゴブリンの元まで飛んでいき、見事直撃。
相手には風が身体を通り抜けた感覚だろう、少し間をおいて左肩から腹部にかけて赤い線が入った。大量の血が吹き出し、身体がズレ始める。断末魔の叫びと共にその場に崩れ落ちた。
「なんか呆気ねぇな……サッサとはぎ取って片付けるか」
魔物から獲れる素材は様々な活用方法がある。武器の材料を始め、防具や装飾品から薬の材料、料理にも使われることもある。ちなみにゴブリンからは粗悪な牙や爪が獲れるが売っても小遣い程度にしかならない。
強力な魔物からは質の良い素材……その中には希少な素材も手に入る場合もあるが、彼の住む村の近くでは見る事はまずないだろう。
「うっし、まぁこんなもんだろ」
はぎ取りの終わった魔物は街道の隅に置いておく、数分もすれば自然消滅するようだ。魔物の出現する原理はいまだに不明な部分が多く王都では研究が続けられている。
クラウスはゴブリンの集めたモノを仕分けるため、小型の通信機を使って村と連絡を取る。彼の使っている機械は【TF】、この世界で使われる通信機器の一つである。
手に収まるほどの大きさで、形状は長方形の薄い板。その一面は画面となっており、そこに表示されているアイコンを指で触る事で様々な操作を行う事が可能な機械だ。彼の持ってるのは旧型らしく、通信しかできない。
待っている間にできる範囲の仕分けを行っていると村の方角から馬の歩く音と声が聞こえてくる。来たのは道具屋の店主だった。
「仕事が速いなクラウス、お疲れさん。 持っていけばいいのはソイツか?」
「おう、頼むよおっちゃん。俺は少し見回りしてから帰るから」
「……最近色々と物騒だからな、気を付けろよ」
そう言うと道具屋の店主は効率良く資材を仕分け、馬車へ積み込むと村へと戻って行く。
店主の言葉を受け止めクラウスも周囲の見回りを開始、街道の分岐点から西に進むとゴブリンが複数体いたが特に苦戦する事もなく退治できた。特に拠点等は築いていなかったので素材をはぎ取りと見回りを終わらせ、自分の村へ戻る事にした。
※※※
戻った時にはすでに日が暮れ、薄暗くなっていた。各家では明かり点き、中から良い匂いがしてくる。
クラウスは素材の換金のため道具屋に立ち寄ってから自宅へと戻ると、リビングの机にメモが置かれている事に気づく。
目を通した彼には筆跡からシショーが書いたものであることが分かった。
【道場にて組手を行う、帰宅次第すぐに来ること。追伸、来る際は武器・防具等の装備も持ってね】
窓からのぞいてみると、道場の灯りがついていた。
待たせてはいけないと感じたクラウスは準備を整え、シショーの元へと向かう。
「やっと来たのね。 さ、組手やるわよ~」
「なぁシショー、今の時間から組手って―――」
「スゥ…………ハッ! 」
「ッ!? 」
掛け声とともにシショーの身体から大量の輝力が放出される。
舞うように身体を動かし、一度放出した輝力をその身に纏わせていく……両腕、脚がほのかに赤く発光し始めていた。
「お、おい、これってまさか……」
「早く構えなさい、じゃないと―――」
言葉が途中で遮られる、シショーの姿も目の前から消えてしまっていた。一瞬反応が遅れ、クラウスが武器を抜く前に再び聞こえてくる。
声は彼の真横から、殺意の込められた一撃とともに。
「死ぬわよ」
「な―――」
シショーの掌底が襲い掛かる。
なんとか反応できたクラウスは武器で防御……防ぐことは出来たが、彼女は腕に捻りを加えながらさらに踏み込む。武器を通して彼の身体に衝撃が走り、勢いよく吹き飛ばされた。
「ガハッ……!? 」
壁に叩きつけられ、受け身も取れずに床へと落ちる。
反動で鞘から抜けた剣は既に折れてしまっていた。
少しの間、この場を静寂が包み込む。例え数秒であってもとても長く感じる……それほどシショーから発せられる殺意は重く、冷たいモノだった。
「どうしたの、貴方の実力はそんなモノかしら? 」
「ふ、ふざけんな……まだ…………立てるッ、グ……オオォッ! 」
折れた剣を見て恐怖に飲まれそうになるも、声を張り気持ちを奮い立たせる。
壁から落ちた木刀を手に取り、杖代わりにしながらも立ち上がった。
「おぉ~結構結構、しっかり気を張りなさい。さぁ続けるわよ」
シショーは一切手を抜かずに連撃を打ち込んでくる。
クラウスは攻撃を見極めながら受け流しと回避を繰り返す、時折かすめる事もあったが直撃する事は無かった。
彼の防戦一方の姿を見て、彼女の動きに変化が出る。
「おぉ~やるねぇ……じゃぁこれはどう? 」
クラウスを蹴りつけて間合いを取る。流れるような動きで右拳を腰辺りに持っていき、腰を深く落とした瞬間……彼女の姿が消えた。
突如目の前に現れたシショーは踏み込みながら技を放つ。拳には周囲の景色が歪むほど輝力が込められており、赤熱した鋼のような輝きを放っていた。
「ウグッ……だけどそれは悪手だぜ、シショー! 」
彼女の放った技の名は魔鋼拳。
コレは特別な組手の時のみ使用するモノだが、この技には一つ弱点がある。特殊な歩法により間合いの問題は解消されているが動きは直線になってしまうのだ。
技の軌道を知るクラウスは相手の姿が現れた瞬間に横方向へ回避、勢いは余って前進した彼女の背を取る事に成功した。好機とみた彼は回避の間木刀へ溜め続けた輝力をシショーに向けて解き放つ。
「届けェェェェェッ!」
渾身の力を込めた技……かつてクラウスが窮地に追い込まれた際に編み出した我流奥義であった。
木刀を突き出しながら突進すると、周囲に蒼い輝力が発生し切っ先から螺旋を描き始める。
シショーも瞬時に体勢を整えクラウスの方向へ振り向く。
目の前に広がるのは螺旋状に渦巻く蒼い輝力……弟子も成長している事を知った彼女は思わず笑みを浮かべてしまう。
「見事……! 」
弟子に応えるように彼女も奥義を放つ。両手首を合わせて手を開き、体の前方から腰にもっていくと拳に宿っていた輝力がその間に出現する。そのまま前方に突き出すと紅い衝撃波が撃ち出された。2つの技は衝突……一見互角に見えるがクラウスの技が徐々に押され始める。螺旋の隙間を埋めるようにシショーの輝力が染み渡り、そして―――
ミシミシ……バキンッ!
強度の限界を迎え、木刀が砕けた。同時に二つの輝力は弾け、周囲に突風が巻き起こる。
クラウスも衝撃で吹き飛ばされ、数回床を跳ねると壁に直撃……そのまま彼の意識は失われた。
少し間を置いて、道場に誰かが入ってくる。シショーは振り向きもせず話を始めた。
「一度も見せた事もないのに私の技と似てたわね……コレって偶然かしら? でもこれなら勇士になっても十分やっていける、最初から外で見てたアンタも文句は無いわね? 」
「ああ、実力は十分に分かった。これならアイツを任せられる」
「あとはまぁ……二人なら何とかなるでしょ。ベルント、アンタもそろそろ子離れしないと駄目よ?」
「うるせぇ、それはお前も同じだろ」
此処に訪れた男性の名はベルント・セベッセン。この村にて夫婦で武器屋を営んでいる者だ……その後数回言葉を交わすと、そのまま道場から出て行く。
シショーもクラウスを抱えて家へと戻って行った。