第8話『空小隊の実力』
大変遅くなりました。
申し訳ありません。
〈日本都市〉からしばらく北上した森の中を、疾走する3人の少女がいた。
自警団の〈嘱託魔導師〉。
フレミア・ヴァーミリオンを小隊長とし、残るメンバーは、黒霧唯とレイラ・アーカディアという、異色の小隊である。
彼女らは、過去に日本を、または日本の魔導師を脅かす事態を引き起こした者達だが、本来よりも少ない報酬の元、こうして日本の魔導師の一員として認められている。
中でも、フレミアは、大事件の中心となった人物だが、彼女に非はないと知っているものがほとんどで、故に彼女に負の感情や害意を持つものはいなかった。
とはいえ、ケジメはケジメとして今の扱いな訳だが。
今回の任務は既に片付いている。今は帰還中だった。別に急ぎの用はないのだが、慣れもあってか、行動は迅速である。
暫く森の中を駆け回り、もうすぐ抜けるであろうというタイミングで、なにかに気がついたフレミアが2人に止まるよう合図して、3人揃って茂みに隠れる。
「先輩? どうしたんですか?」
「うん、ちょっと大きめの魔力反応を感じたんだけど……」
「……あー、うん。確かに、感じるね」
フレミアと同じく、少し離れたところに魔力反応を感じた唯が同意する。
レイラも言われて少し意識して見ると、確かに感じた。フレミアの言う通り、大きい魔力反応を。巨大という程ではないが、無視出来ない程度には強い。
魔力反応の発生源と思われるものを確認したフレミアは、レイラと唯に指を指して伝える。
「多分、あの3人だと思う」
「……アレって、学生服じゃない? それも高等部の」
「そうなんですか?」
「紅麗お姉ちゃんたちが着てる服と同じだから。制服の色からして、女子1人と男子2人」
「おそらく、任務中の学生小隊でしょうね。ユイ、あの3人が誰かって言うのは、わかる?」
「ちょっと待って」
そう言うと、唯はじっと視線を凝らして、3人の観察を始める。
フレミアやレイラでも、魔法を使えば遠くにいる3人の様子を観察するのも容易だが、どうせなら、何もしなくても視力のいい吸血鬼である唯に頼んだ方がいい。
魔力の使用が原因で逆探知される心配もない。
「……見覚えのない子たちだけど、挙動からして、何かこの手の経験はちょっと少なさそう?」
「という事は、学園の新1年生かしら?」
「時期的に見ても、多分そうだと思う」
そもそも、こんな遅い時間から任務を始めるという事自体が、任務の経験が少ないと判断できる材料でもあるのだが。
とりあえず、フレミアたちは、危険が近づいている訳では無いという確認が取れてほっと息をついた。
そして、特に気にする必要性をなくしたため、帰路に使うとするフレミアと唯。
だが、フレミアはレイラに袖を引っ張られて動きを止める。
「……どうしたの?」
「ちょっと、様子を見ていきませんか? この国の学生魔導師って言うのが、どこまで強いのか気になるんですよ」
「……まあ、いいけど」
レイラとはまた違った理由ではあるが、フレミアは仕方なく、様子を見ていくことにした。
こうして発見した以上、このまま帰還したあとに怪我でもされたら、見捨てたようで寝覚めが悪い。ましてや、死ぬ可能性だってあるのだ。まだ任務経験が少ないであろうあの小隊には、十分に考えられる事だ。
そうして意識を集中させ始めると、学生魔導師たちの行先に、多数の魔力反応を感知した。
その数、100にも達するかというほど。
魔力反応の大きさからして、そこまで相手が強いということは無さそうだが、少し不安を覚える。
「あの子達、大丈夫かな……」
おそらく、学生魔導師たちの狙いはこの、多数の魔力反応なのだろう。任務内容は、魔物の討伐だろうか。
だが、正直なところ、まだ任務に出たての小隊では、辛い任務になるかもしれない。
フレミアが、少し構えて、もしもの時に備える。それに合わせるように、唯とレイラも、警戒心を強める。
すると突然、本当に一瞬のことだったが、周囲の景色が明滅した。
「え……、え?」
「……なに、今の?」
「フレミア、あれ」
呆然とするレイラとフレミアとは違い、冷静にその場を分析した唯が、学生魔導師たちの方を指さした。
そしてその先の少女の両手には、先程まではなかった光る球体が握られていた。
球体、と言っても、綺麗な球の形をしている訳ではない。曖昧な形をしている。
「あれって……、もしかして魔術?」
見覚えのないその、魔術らしきものに、フレミアは首を傾げる。
勿論、フレミアが全ての魔術を扱える訳ではなく、そして全ての魔術の知識があるわけではない。魔導師は、基本的に得意な属性以外の魔導の行使は、戦闘で使えるレベルに至らないのだから。
だが、既存の魔術にしろ、新規の魔術にしろ、初めて見るそれに興味を引かれるのは当然であった。更に、その光の球体が放つ魔力の強さが、よりフレミアの興味を引きつけていた。
そして、フレミアとは別に、唯もあることに気がつく。
「ねえ。ちょっとこれ以上近づくのは不味いかも」
「え、なんで?」
「あの中の、男の子かな。索敵範囲がめちゃくちゃ広い。多分、半径数百メートルはある」
「ええ?」
唯の言う通りなら、確かに索敵範囲はかなり広範囲だ。そして目の前にその索敵のための結界があるとしたら、触れればそれだけで、フレミアたちの居場所がバレてしまう。
「でも、どうして分かったの?」
「霧が出てるの。それも、不自然に漂う場所が固定されてる。多分、あの霧に触れたらダメなんだよ」
言われて気がついたが、唯が言ったように、目の前には薄らと霧が発生していた。
ただし、フレミアたちの周囲には湧いていない。
ある一定の範囲内にのみ漂う、不自然な霧。
(この手の魔法も、それなりに難易度高かったと思うんだけど……)
そうして、今のところ見てきた学生魔導師たちの様子を見て、フレミアはある結論にたどり着いた。
(これ……、私たちの助け、必要ないんじゃない?)
索敵の範囲外だったという事もあって、見られていることに気がつかなかった空たちは、マイペースに任務を進めていた。
空たちのマイペースは、かなり早いのだが。
「どう? ドラゴンたち見つけた?」
「見つけたっていうか、まあ……この、感知した大量の魔力反応がそうかなぁ」
「距離的にどのくらいだ?」
陸が問いかけると、3人はそれぞれ茂みに隠れ、海が道の先を指さす。
「あの辺りに見えると思う」
「……あ、なんかいる」
「なんかって」
空の妙な物言いに、陸と海は若干呆れたように苦笑する。
海が指さした先には、おそらく今回の任務の討伐対象と思われる、〈グリーンドラゴン〉なる生物が何体かいて、何かを食しているようだった。
「……なんか食べてるけど、動物よね?」
「いや、動物はいねーだろうから、別の魔物か?」
「人間じゃないといいね」
「あえて言うんじゃないわよ! 考えないようにしてたのに!」
「おい空、そんな声上げたらこっちの居場所が__」
と、陸が言っている間に、〈グリーンドラゴン〉たちが声を上げた空たちの方を振り向き、一斉に向かってくる。
森の中で見えにくいため、目測で数を図ることも難しいが、魔力反応の数からして、50は軽く超えている。
「あぁもう、仕方ないわね! 行くわよ!」
「急だな!」
「了解!」
ヤケになった空を先頭に、戦端が開かれる。
まずは空が、その手に持った光の球体を飛ばす。
「〈クリティカル・レイ〉!」
放たれた光球は、高速とは行かないまでも、魔物たちを捉えるには十分すぎる速度で、次々にドラゴンたちの体を貫いていく。
魔物まで格落ちした下級種だが、腐っても龍種だ。普通ならこれで息絶えることはまずないが……穿たれたドラゴンたちは、一体、また一体と、次々に絶命して、地に伏していく。
〈クリティカル・レイ〉は、確実に急所に当てる魔術。これの最も恐ろしい点は、これがそういう仕組みの魔術ではなく、空自身の技量によって、必ず急所に当たるという点だった。
だが勿論、これだけの数のドラゴンの急所に、何の準備も無く確実に当てるのは困難だ。
魔法により、動体視力が上がっている今の空には、ドラゴンたちの動きは止まって見えるだろう。
「よっし!」
「おお、流石!」
「言ってる場合じゃないよ、陸。俺達もやるよ」
「おうとも!」
返事もそこそこに、陸が早速行動に移る。
身を屈めると、両手を地面につける。すると、微かな地鳴りの直後、ドラゴンたちの足場の状態が急変した。大きく陥没し、落とし穴のようになっていたのだ。
もちろん、これだけで倒せばしないが、1箇所に固めやすくなった今がチャンスだった。
次に、海が水属性の魔法を使う。
陥没し、大穴と化したその中に、徐々に水が溜まっていく。
ドラゴンたちの動きが鈍くなったのを確認すると、海は大穴に水を流し込みながら、いくつもの細かい水球を生み出し、更なる攻撃に移る。
「〈水乱射〉!」
小さな水球は、海の操作の元、ドラゴンたち目掛けて一直線に飛んでいき、水に足を取られて動けが鈍いドラゴンたちを貫いていく。
大穴の中には、もうかなりの水が溜まっていたが、どうやらドラゴンたちの完全な絶命には至らしめなかったようなので、海は引き続き水を足し続ける。
そして、再び陸が地面に手をつくと、今度は太く鋭く尖った岩が地面から隆起し、ドラゴンたちの体を容赦なく串刺しにしていく。
ドラゴンたちの悲鳴が森の中に響き渡ったが、空たちは顔を顰める程度である。
やがて、水たまりにはドラゴンたちの死体が浮かぶばかりとなったところで、空が海に問いかける。
「残りの数は?」
「……あと、12体、かな?」
「1人4体の計算ね。仕上げよ!」
空の掛け声の元、3人は一斉に、残るドラゴンたちの掃討にかかる。
空と海は、〈武器生成魔法〉で剣を作り出すと、それぞれの得意とする風、水属性の魔力を刀身に纏わせて突貫していく。
当然といえば当然だが、切れ味抜群の風属性だ。空は容易く、ドラゴンたちの首を落としていく。
そして海も__
「知ってるかい? 水はね、鉄さえも断つことが出来るんだよ」
切れ味自体は酷いものだが、切り倒すには十分である。
空と海が、容赦なくバッタバッタとドラゴンたちを切り伏せていく中で、陸はというと。
「おおおぉぉぉっ!」
ドラゴンたちの前まで、雄叫びをあげて突っ込んでいく。そして目の前まで迫ると、引っ掻くように、右手を斜め上へと振り上げる。
すると、その手の動きに従うように隆起した岩が、尖った先端でドラゴンたちを容易く貫いた。
「って、あんたそればっかじゃない!」
「いいんだよ、使いやすくて便利なんだからよ!」
因みに、陸が幾度となく使っていた魔術は、陸自身は〈ガイアランス〉と命名している。
だが、これは空の〈クリティカル・レイ〉と違い、彼のオリジナル魔術という訳では無いのだが。
こうして〈空小隊〉は、いとも容易く、初任務を達成してしまったのである。