第7話『真尋、奮闘する』
「あの、私と小隊を組んでくれませんか!?」
「え?」
放課後。
隣のクラスでは、空たちが学園長室に向かった頃。
その教室では、真尋が帰ろうとする女生徒たちに声をかけていた。
そう。猛の予想通り、小隊を作ろうと奮闘中なのである。
小隊の話を知っていた真尋は、実を言うと少し前からメンバーを集めようと動いていた。
だが、試験中に吐血した事が衝撃的で、あまりイメージが良くないらしく、誘いを尽く断られていたのである。
そして、今回も。
「ご、ごめん。私たち、別の人と組むつもりだから……」
「そ、そっか。そうだよね……」
女生徒たちは真尋の誘いを断ると、パタパタと足早に教室を去っていった。
そして真尋の表情は泣きそうである。
(ううん、泣いちゃダメ! こんなんじゃずっと、お兄ちゃん心配させちゃうし!)
頭をブンブンと振って、泣きそうな気持ちを振り払う。
心配してくれるのはありがたいし、むしろもっと心配してくれてもいいとすら思うブラコンの真尋だが、迷惑をかけたい訳では無いのだ。
少しは自立しなくては、という気持ちはあるのである。
そうして再び、教室の中を振り返ると、ほとんどの生徒はもう帰り始めるようだった。
どうやら、任務に拘りのある生徒は思いのほか、少ないようである。
その中の、机の上にとっぷしている少年が真尋の視界に入る。どうやら授業が退屈で居眠りしていたようだが、まだ眠りから醒めないらしい。
起こすついでに誘ってみようと、真尋は意を決して居眠り中の少年に__晃に、声をかけようと近づいた。
すると晃は、気配でも感じたのか、ビクッと体を揺らすと、上半身をガバッと起こした。
「うひゃぁっ!?」
「うお、何!?」
驚いた真尋は、思わず声を上げた。そしてその声に驚いた晃も声を上げた。
更には、それに驚き、教室に残っていた生徒達の視線が2人に集まる。
真尋は、少し恥ずかしい思いをしながら、笑って誤魔化してやり過ごそうとする。生徒達も、一瞬驚かされはしたが、大して気にもせずに、すぐに散り散りになっていく。
真尋がホッと息をついていると、その心情など知らぬ顔で、晃が眠気を覚ますように伸びをする。
「う、あぁ〜……。割とガッツリ居眠りしちまったなぁ」
「うん、見たいだね」
「それで、なんか俺に用か?」
「あ、うん。その……、私と、小隊組んでくれないかなぁ……って」
もう何度も断られて、半ば諦め気味な口調で言うと、晃はポカンとした表情になる。
なにかおかしなことを言っただろうか。不安になり、内心慌て始める真尋。
だが、何がおかしかったか、自分ではまるで理解出来なかった。
すると、晃の方から質問が飛んでくる。
「なぁ。えっと……、真尋だっけ?」
「え? あ、あぁ、うん。そうだよ、御白真尋」
「……小隊って、何だっけ?」
(えぇ、そこから?)
がっくりすると同時に、自分がおかしなことを言っていた訳では無いことがわかり、真尋は安心してため息をつく。
「えっと、小隊って言うのは、任務に挑む、三人一組のことだよ。ちゃんとした任務を受けるには、最低でも小隊を組んでなくちゃいけないんだけど、その為にはメンバーを集めて、学園長に申告しなくちゃいけなくて。……でも私、メンバーがなかなか集められなくて」
「ふーん……。その、任務ってのは、面白いのか?」
「え? うーん……」
難しい問に、真尋は少し考え込む。
単純なようで、難しい質問だ。だが、簡単に返してしまおうと思えば簡単なのだ。
結局のところ、面白いと思うかどうかは、人それぞれなのだから。
だが、この際客観的な思考は置いておき、主観的な、つまり、真尋自身の気持ちをいえば__
「うん。面白い、と思うよ。少なくとも、私は任務受けるの楽しみだし。命の危険もある大変なことだけど……」
「なるほど、危険はあるけど、その分やりがいもあるか……」
どうやら、自分の中で落とし込んで、色々考えているようだ。晃は時折、うんうんと頷き、そして真尋の顔を見る。
「なぁ、小隊って、3人いなきゃダメなんだろ?」
「うん。だから、晃くんが組んでくれるなら、あと一人探すだけなんだけど……」
「うしっ。それじゃあ付き合ってやるよ」
「……え? ホントに!?」
「おう。面白そうだしな」
真尋は、後で知ることになるのだが、晃が〈裏世界〉に来たのは、面白そうだったから、というシンプルな理由だ。
そしてそれ故に、面白そうなことを探す、という目的を持っている。
任務が面白そうだと判断すれば、晃が協力的になるのは、むしろ当然の事と言える。
「で、あと一人は目星ついてんの?」
「うっ……。そんなの無いよぉ……。一応、小隊はクラスのメンバーであること以外の条件はないけど」
「んー……、なら、あいつはどうだ?」
そう言って晃が指を指したのは、晃と同じく机にとっぷしていた一人の少女。
紫闇である。真尋が彼女に気がつけなかったのは、丁度図体のでかい晃に視界を遮られていたせいだった。
「あいつの実力なら、心強い仲間だと思うぞ?」
「……うん。じゃあ、声かけてみる!」
まあ、紫闇の眠りを邪魔する形にはなるが。
「……で、小隊に誘うために、私の眠りを妨げたの?」
「まあ、そういう事になる、かな。でも授業中に居眠りは良くないよ」
「真面目ねぇ……。悪いけど、少し寝不足気味なのよ」
案の定、と言うべきか、少し不機嫌そうな紫闇。その顔には、確かに寝不足らしきくまが浮いていた。
紫闇は、晃と違い、小隊の仕組みについてちゃんと理解していた。と言うよりは、晃が〈裏世界〉に来た時に貰ったはずの書類をきちんと見ていなかったと言うだけのことだった。
「それで、どうかな……?」
「……できればあまり、戦いなんてしたくないんだけど」
『……え!?』
ポロリとこぼれた紫闇の本音に、驚きを露わにする。
紫闇は、学年序列2位という記録を残している。編入組の生徒でこれは、前代未聞と言ってもいい。さらに言えば、1位だった星宮空も、なんとか逃げ切って、途中の攻撃が上手くいっていた結果、判定勝ちというギリギリの勝利を収めているのだ。
確かに、魔導の知識や技能は大してないが、そんなものは編入生ならむしろ当たり前なわけで。
つまり、紫闇は実質、1年最強と噂されているのである。
そんな実力の高い彼女が、『戦いたくない』といえば、驚くのも仕方の無いことだった。
「なんだって命懸けの戦いなんかしなくちゃいけないのよ。私は死にたくないの」
「何言ってんだよー、だからやり甲斐あるんじゃねーか」
「それに、ちゃんと自分たちの実力を理解した上で、自分たちにあった任務をこなせば……」
「学園長に聞いたわよ。難易度通りで済むとは限らないんでしょ」
「うっ……」
「え? そうなのか?」
紫闇の指摘に思わず呻き声を上げる真尋。
その反応を見た晃もまた、少し驚いた表情だ。
確かに紫闇の言う通り、難易度通りとは限らない。そしてそれは、難易度より『低い』ということはまずない。
猛たちの話をよく聞いている真尋は、任務の現実と危険性を__何より、〈日本都市〉の外の危険性を、よく理解していた。
ともすれば、1年生で1番、誰よりも。
「でも、私は任務に出たい。強くなりたいの。何か、自分に出来ることを見つけたいの! だからお願い、手伝って!」
「なんで私が他人のためにそんな……」
「お願いっ!」
「ひゃっ……」
帰ろうとする紫闇を逃すまいと、真尋は思わず紫闇の手を握る。ここで逃がしてしまえば、次の相手が見つかるまでに、どれだけかかるかわかったものでは無いから。
すると、予想に反して可愛らしい反応が返ってきて、真尋と晃は目を見開いた。
自分の口から変な声が漏れたことに気がつくと、紫闇は顔を赤くして口元を抑える。
「は、離しなさいよ……」
「だ、ダメ! だって離したら逃げちゃうでしょ!」
「ひぅっ……!? わ、わかった、わかったわよ! 付き合ってあげるから抱きつくのをやめなさい!」
手を握るだけでは振り切られると思った真尋は、紫闇にしがみつくように抱きついていたが、再びおかしな悲鳴をあげたところを見て、晃はふと思った。
(もしかしてこいつ、スキンシップとかダメなやつか?)
とはいえ、真尋のこれがスキンシップかと言われたら違うような気もするが、どうも触れ合う行為というのが苦手なようだった。
証拠、と言っていいものかは分からないが、紫闇の承諾を得たことで真尋が離れると、紫闇は露骨にため息をついていた。
「勘弁してよ……」
「もしかしてさ、触れ合いとか嫌なのか? 潔癖症?」
「違うわよ。ただ、肌と肌の触れ合いなんて、殴り合いくらいしか知らないから、警戒してない時に触られるとびっくりするのよ」
「殴り合いとか物騒だな。俺と同じで〈表世界〉からきた女子が、そんな日常的に殴り合いを経験してるなんて思えないんだが」
「そりゃ世界中見渡しても、あんな経験してる女子なんて私くらいしかいないわ」
冗談半分で言っているものだと思っていた晃だが、紫闇の口振りからして本当の事らしいとわかると、思わず青ざめる。
だが、真尋はそれを気にする様子もなく、表情を明るくしていた。
「一緒にやってくれるの? 本当に!?」
「……ハァ。まあいいわ。1度やると言った以上、やってあげるわよ」
「やったぁ!」
紫闇の了承を得ると、心の底から嬉しそうに跳び上がる真尋。紫闇はその様子を見ながら疲れたようにため息をついて、もうどうにでもなれ、と諦めた。
「じゃあ、学園長に申告しに行こう!」
「おう!」
「はいはい、元気いいわねあんた達……」
……そうして学園長に、小隊編成の申告をしに行ったところ、驚かれてしまう真尋たち。
「まさか、1つ目の小隊ができたその日のうちに、もう1つ小隊が出来るなんて、珍しいこともあるわねぇ」
「今までにはなかったんですか?」
「なかったわけじゃないわよ。ただ、滅多にないだけ。大体が、1つ目の小隊の影響を受けて、その翌日から小隊の数が増えてくのが一般的だから」
「小隊は組んでもいいんです?」
「問題ないわよ」
「やった!」
そう言われて喜ぶ真尋だが、柚葉の表情は少し心配そうだった。
真尋の事情を知っていて、そうでなくとも、先日の試験中の出来事も見ているのだから、心配されるのは無理もないが。
それでも、まだ柚葉が何も言わないのは、真尋が小隊に誘い、組んだ2人が、学年2位と3位だったからである。
このメンバーなら、余程のことがない限り、真尋に危険が及ぶことはないだろう。
(まあ、問題があるのは真尋ちゃんだけじゃないけどね)
3人の中でもう1人。柚葉からしてみれば、真尋と同じくらい、紫闇の心配をしていた。
柚葉は当然、紫闇の以前を知っている。勿論調べたからだが。
その結果、彼女は極度とまでは行かないものの、人間不信であることが分かっている。それゆえか、精神的に不安定だということも。
(晃は多分単純な馬鹿だからあまり期待はできないけど、真尋ちゃんも精神年齢的には期待出来ないかなぁ)
出来ることなら、紫闇の心を癒してくれるといいのだが、と柚葉は考える。
まあ、真尋は長らく眠っていたのだから、精神年齢がまだ幼いのは仕方が無い。
戦力面では紫闇が真尋を支え、精神面では真尋が紫闇の助けになる。そうなって欲しいと思っているのだが、そうすぐに上手くは行かないだろう。
「任務、もう行ってみてもいいですか!?」
「……ええ、そうね。無茶はしちゃダメよ」
「はい!」
「うす!」
「はーい……」
「特に真尋ちゃんは、無茶で命を落としかねないんだから、晃と紫闇も、もしもの時は止めてあげてね」
「了解です!」
「めんどくさいなぁ……」
真尋と同じくやる気な晃に対して、紫闇はあまり乗り気ではなさそうである。
紫闇は過去の出来事とは裏腹に、戦闘狂という訳では無い。むしろ、自分を危機に晒すことを是としない性格だ。実力があるとはいえ、気が進まないのは仕方の無いことだった。
ともあれ、いろんな任務を物色して、一応小隊のリーダーになった真尋が選んだのは、Dランクの討伐任務であった。
まあ、妥当なところである。
「それじゃあ、行ってらっしゃい。くれぐれも、死んでしまうようなことはないように!」
「はい!」
「了解です!」
「はー……」
柚葉の言葉にそれぞれ返事をして、真尋たちは任務地に向かっていく。
見送りだけした柚葉は、改めてその場所を確認してみると、あることに気がついて思わず声を漏らす。
「あ、ここって……、まあいっか」
別に危険がある訳では無かったので、そのまま柚葉は気に止めることなく、自分の仕事に戻っていった。