第6話『空小隊、誕生』
身体能力テストから、1週間程度の時が流れていた。
結局、あの後すぐの復帰は難しかった真尋は、次の適応能力試験を休まざるを得なかった。
むしろ、あの体調でテストを受けようとして止められたくらいであった。
そしてその後の、魔導実技試験の結果を海に伝えられた時は、空も陸も、驚きを隠せないでいた。
当たり前だ。
編入組の2人の成績は、かなり高いものだったのだから。
晃は161レベルと、陸と海よりも高く、何より驚くべきは紫闇の記録。結果はなんと、193レベルだったのだ。
それも、体力の限界で足が崩れたところを狙われて、攻撃が掠めただけという脅威的な記録である。
体勢を崩していたというのに直撃を受けたのではなく、攻撃が掠めただけというのは、疲労していたにも拘らず反応したということになる。
空たちですら驚かざるを得ない身体能力だ。
既に序列戦も終えているが、結果はだいたい予想されていた通りとなった。
ただ、学年序列2位に紫闇が、3位に晃、つまり編入組から2人も十席入りを果たしたという異例の事態があったのだが。
「空は予想通り1位だったけど、俺らがなぁ」
「まさか遅れをとることになるとはね。舐めていたつもりは無いけど、流石にこれは驚きだよ」
陸は4位、海は5位という結果に終わった。2人は、自他共に空に続いて2位3位と続くものだと思われていただけに、驚きを覚えたのは2人だけではなかった。
それに、空は自分の順位にあまり納得がいっていないのだ。
「確かに私は1位だったけど……、多分この調子じゃ学園序列入りはまず無理そうだし」
「普通は1年生の時点で学園序列入りはとか無理だから」
「それに、動きでは完全に、紫闇に圧倒されたもの。私は逃げ回って、何度か魔術をぶつけて、ようやく判定勝ちに持ち込んだようなもの。とても誇れたものじゃないわ」
「まあ確かに、身体能力テストの時から薄々感じていたけど、まさか空も逃げ回るしかないなんてね」
海の言う通り、紫闇の実力には勿論驚いたが、空の心境が複雑な理由は別にあった。
それは、真尋や紫闇の、学園に来る以前の様子を聞いてしまったからである。
真尋の状態は、話を聞いている限りでは、〈裏世界〉ではよく聞くようなものだが、それでもかなり深刻だった。
心臓に大きな傷(物理的なもの)を負い、数年間も昏睡状態にあり、数ヶ月前にようやく目を覚まして、今もリハビリ中だという。
だが、傷はある程度癒えても、魔力回路はまるで治癒されていなかった。心臓部分に位置する魔力回路はズタボロで、強い魔力を流し込むと、回路が持たずに外に漏れ出して、直接心臓にダメージを与えてしまうのだ。
故に、彼女が強い魔術や魔法が行使できる日は、叶ったとしてもかなり先の話となるだろう。
そして、紫闇の実力にも、話を聞いた今では、ある程度の納得を得ていた。
だが、空はその話を聞いてしまったことを、酷く後悔していた。
(後悔先に立たず……、か。ホント、よく言ったものだわ)
そんな陰鬱な思考を振り落とすと、陸が不思議そうな顔で問いかけてくる。
「ところで、今からどこに行くんだ?」
「学園長室に行くのよ」
「何をしに?」
「いい加減、小隊を組む許可を貰おうと思って」
試験終了から数日たっても、まだ小隊を作る許可は1年生に出されていない。
元々早めに小隊を組んで功績を挙げたい空にとって、待ちきれるわけがなかった。加えて、今はあまり気分も良くない。任務で鬱憤を晴らそうと考えているのだった。
だが、学園長室につくと、空たちが知らなかった事実が判明した。
「許可? 出さないわよ、そんなの」
『えぇっ!?』
空たちは、耳を疑うような言葉に、揃って驚きの声を上げた。
柚葉の言葉の意味が、どういうものなのかはわからないが、もしかするとこれは、『今年の1年生は実力不足だから、小隊を組む許可は出せない』という意味ではないか。
そう思うと、空はいてもたってもいられなかった。
「それは、どういう意味ですか!?」
「いや、どうもこうも、そんな許可なんていちいち出さないわよ」
「えっ? ……いちいち、というのは?」
「小隊を組んだという報告はもちろん欲しいけど、小隊を組むくらい、許可が出なくても自主的にやりなさいってことよ」
「お、脅かさないで下さいよ……」
ただの思い違い、早とちり。それに気がついた空は、思わず脱力した。
許可を出せないのではなく、出さない。自己判断で行動出来ないようでは、これからやっていけないという考え方なのだろう。
そして、自主的に小隊を組んだところが1つでもあれば、後は波紋が広がるように、周りも自主的に小隊を組み始める。
勿論、小隊を組むのは、必要性を感じた者達だけだが。
「まあ、小隊は組んでもらわないと困るから、あまり決定が遅いようだと催促はするけど、制限は『クラスのメンバーであること』以外には特にないし、自由にしてもらっていいわよ」
「じゃあ、今から任務を受けに行くことはできますか?」
時間的には放課後。小隊を組んでいれば、本来なら5時限目が始まる時間帯から任務に行けるはずだから、充分可能なはずである。
「あなた達はまだ実績がないから、いいとこCランク任務までしか受注できないけど、うん。可能よ」
空たちは、顔を見合わせると、表情を明るくして拳を握った。そしてそんな空たちを見て、柚葉は苦笑を浮かべる。
(そんなに嬉しかったのか……)
柚葉が小隊登録の書類を渡すと、空たちは柚葉の手から速攻で書類をひったくり、記入欄に名前などを記載していく。
小隊登録が必要な理由は、今後余程のことがない限りは、ずっと学生時代に組んだ小隊で行くからだ。
余程のこと、というのは主に、仲間が将来、自警団の道に進まない場合か、或いは仲間が死んでしまった時くらいである。
前者ならともかく、どれだけ気をつけて任務にむかっていても、後者の可能性がそれなりにあるのは、非常に悔しいことではあるが。
とにかく、今後ずっと同じ小隊で行く以上、上層部がそれを最低限認識している必要があるのである。
書類の記載が終了して、それが柚葉に渡されると、柚葉はその情報をコンピューターに打ち込んでいく。そして情報の入力が終わると、空たちから端末を預かり同期させる。
「……これで完了っと。この端末に、あなた達小隊の情報と、小隊を組んでから使える機能も追加されたから。あんまり壊して欲しくないけど、壊れた時は正直にいえば治してあげるか新しいのあげるから」
「はい、わかりました」
同期が終わった自分の端末をニコニコと受け取ろうとする空。だが、その端末に手を触れた時、柚葉の目が鋭く光る。
「__ただし、勿論お説教はあるから、気をつけなさい?」
「……は、はい」
背筋に悪寒が走る3人は、素直に頷くことしか出来なかった。
何はともあれ、これで彼らは、〈空小隊〉として登録された。もう、いつでも任務に向かう事が可能だ。
そして先程の柚葉の言葉は、裏を返せば、つまり実績さえ積めば、難易度の高い任務を受けることも可能ということだ。
まあ、学生に許されている最高難易度はAランクまでなのだが。
空たちは端末の機能で、今の自分たちが受けられる任務を探していく。
そしてその中に、めぼしいものを見つけて、3人は頷いた。
「学園長、これにします!」
「うん、どれ……」
学園長は、〈空小隊〉が選んだ任務の内容を確認する。
それは、Cランクの任務で、将真たちがかつてうけた任務に酷似していた。
「グリーンドラゴンの群れの討伐、ねぇ。場合によっては、上位種のウインドドラゴンが出てくる事もある……っと」
本来、龍種は〈魔物〉ではなく〈魔獣〉に分類されるような強力な生物だが、その最下種であるドラゴンたちは、知能が低く、翼も生えてはいるが、とても空を飛べるほど大きなものではない。そもそも、龍種は魔法で飛んでいるという説が濃厚なのだが。
とはいえ、腐っても龍種だ。魔導師にとっても十分な脅威となりうるし、その上で群れている。確かに、できたばかりの小隊でも受けられる難易度表示はされているが、普通なら却下されるだろう。
だが__
「いいわよ。ただ、無茶して変な怪我しないようにね」
『はいっ!』
柚葉から出た許可に、3人は喜びも顕に、威勢のいい返事をする。
ようやく、任務に挑める。
その事実に、今から空たちの気分は高揚していくのだった。
そしてその頃。
「__よっしゃ、かんぱーい!」
『かんぱーい!』
街中のジャンクフード店で、響弥の掛け声に合わせて、第一中隊のメンバーがコップを天に突き出す。
先日、わざわざ美緒小隊、杏果小隊まで巻き込んで再開した、莉緒小隊が受けていた魔物の群れ討伐任務。
かなりの時間をかけはしたものの、広範囲の殲滅力が高い美緒がいた事もあり、比較的楽に任務を完遂することが出来た。
その後、何とか予定をすり合わせ、任務完遂によって出た報酬で、こうして第一中隊のメンバーで打ち上げ会というかお疲れ会というか、そういう類の会を開いているのである。
「それで、真尋は大丈夫だったのか?」
「ああ。まあ何とか、命に別状はなかったみたいだ。ただ、どうも後遺症が大きいみたいでな。魔導師として生きるのは難しいって言われたよ」
将真と猛が話しているのは、少し前に行われた、新一年生たちの試験中に起きた、とある事件に関することだ。
以前に負った傷の影響で、真尋の魔力回路が再生しきっていなかったのだが、そこに多量の魔力が流し込まれて回路が爆ぜ、心臓に直接ダメージを与えてしまうという事実が発覚したのだ。
それを聞いた猛は、すぐに病院に飛んでいったから、将真たちは詳しい話をまだ聞いていなかったのである。
「真尋はなんて言ってるんだ?」
「魔導師は続けるって聞かねぇからな。無茶だけはするなって、我ながらクドいくらいに釘刺したから、そうホイホイ無茶はしねぇ……、と思いたいところだ」
「まあ、試験をそれなりに順調に進められたってことは、最低限魔導師としての能力はあるって事だし、大丈夫じゃないかな」
横で話を聞いていた佳奈恵の言葉に、まあそうだなと猛と将真は頷いた。
聞いた話では、魔導師として最低限やっていけるという判定のレベル50は超えていたらしいので、実力はともかく、魔導師を続けていく分には問題ないだろう。
「そういえば、そろそろ1年生たちも小隊作る頃よね? 真尋ちゃんはどう? ちゃんと小隊組めそうなの?」
杏果の質問に、猛は「さぁな」と首を振った。
流石に、妹の事を事細かに知り尽くしている訳では無いようだ。知っていたらそれはそれで怖いが。
それはそれとして、妹の状況がわからないというのに、珍しく猛は心配していないようだった。むしろその表情は、楽しげですらあった。
「まぁ……、今頃多分頑張ってるだろ」