第18話『それぞれの役割』
将真とリンが病室を抜け出す少し前。
病院を足早に外へと出た柚葉と生徒たちは、西側に向けて、住宅街を駆け抜けていく。
魔族や魔物の進撃は、何も西側だけではない。だが、既に各地には、自警団員や学生魔導師が避難誘導や戦闘に出ている。
一番被害が大きい西側から、海に続く南側に対して人が多い北側にかけての方が、今は戦力が必要なのだ。
「それで、リンのドッペルゲンガーはどうすりゃいい?」
「出会い頭に倒しちゃえば問題ないんじゃない?」
「見方によっちゃ生体兵器何なんだろ? って事は、壊せばとめられるんじゃないか?」
「いや、破壊はオススメしないかな。魔導器の話に戻るけど、あれは核が破壊されない限りは無限に再生し続けるから」
「いや、だから核を破壊しようって話しじゃん?」
遥樹の反論に、響弥は珍しく察しが悪い彼に対して少し呆れたように言うが、逆に遥樹から呆れたような表情をされる。
その事に納得出来ないでいると、遥樹の話の続きを柚葉が語り始める。
「みんな使わないから、知らない子の方が多いわよね。一応授業でも習ったと思うけど、覚えてなくても基本的には問題ないような知識だし」
「どういう事ですか?」
「魔導器の核っていうのは、破壊されると魔力爆発を起こすのよ」
『えっ!?』
その事実に、遥樹を除く生徒たちが驚きの声を上げた。
それも、無理もない事だったが。
何せ、魔力爆発で最もよく聞く事例が、魔導師や魔族が苦し紛れに起こす〈自爆〉なのだから。
「とはいえ、怪我するかどうかも怪しい、小さな爆発なんだけどね」
「だけど、あっちの黒いリンは、核に相当膨大な魔力を秘めていると思う。そんなものが爆発すればどうなるか……」
「……えっと、それは、どれくらいの被害になるの?」
遥樹の言葉に蒼白になり、最悪の想像をしてしまった佳奈恵が徐に問いかける。
佳奈恵の想像とは、黒いリンに勝利した誰かやその周囲が、爆発で吹き飛ばされてしまうような、惨い光景。
だが、そんな彼女の最悪の想像ですら、まだ生温かった。
「そうだね……。まあ、多分〈日本都市〉が原型を留めていれば、いい方かな?」
「……う、嘘でしょ?」
「そんなに絶望することは無いよ。どうせ僕らでは、彼女を破壊するどころか、戦闘に勝利することすら困難だろうし」
遥樹の言うことは事実だ。
核を壊す、などと簡単に言うが、実力差を考えるとそれは、非常に困難なことなのである。遥樹であっても、それは変わらない。
純粋な〈魔人〉である黒いリンとは違い、〈聖人〉としての力をまだ扱いきれていない遥樹では、勝ち目はない。
西側ゲートには、自警団の中でも力のある魔導師が門番をしていたはずなのだ。
ただ結界を破り、城壁を壊しただけではなく、門番も倒しているのだから、単純な攻撃力だけでなく、戦闘能力そのものが高水準なのである。
「まあ、接触しないように気をつければいいわ。万一の時は、私たち自警団の魔導師で何とかするし」
「接触しないように、か……。ところで、そのリンの魔力反応が分からねぇんだが、どこにいんだ?」
「それがどうも、〈ステルス〉か〈インビジブル〉を使ってるみたいで、反応が探知できないのよ。しかも見えないとまで来てる」
「えぇー……。それって、かなり危険な状況じゃないっすか?」
「そうね」
莉緒の不安に、柚葉は肯定を示す。
黒いリンは、探知もできず、姿も見えない。
仮にそうではなかったとしても、これだけの魔族に入られてしまっては、魔力探知では探しにくくはなっていたであろうが。
魔力探知で分かるようなら、或いは目視で確認できるようなら、幾らでも気をつけようがあるというのに。
「固まっててもしょうがないから、散開するわよ!」
『了解!』
柚葉の指示に従い、遥樹小隊、美緒小隊、杏果小隊はそれぞれバラけて戦場に向かう。
そんな彼らを見送り、柚葉自身も別の戦場へと向かおうとしたその時、まだ残っていた莉緒に呼び止められる。
「ちょっと待ってくださいっす学園長」
「……なに?」
「……将真さんとリンさん、本当によかったんすか?」
「ああ……。まあでも、仕方ないでしょ?」
戦力として、現状はカウントし難いほど弱体化してしまったリン。これ以上戦わせると、魔王による侵食が怪しい将真。
二人は、残してきて正解だったのだ。
だが、莉緒が言っているのは、そういうことではなかった。
「自分が言ってるのは、本当に止めたいなら、拘束でもしておくべきだったんじゃないっすか? ……って事です」
「こ、拘束なんて大袈裟な……」
「自分、それなりに二人と付き合いは長いんで、少しは二人のこと、分かってるつもりっすよ?」
「……そう」
確かに、莉緒はもう一年以上、同じ小隊の仲間として、将真とリンと行動を共にしている。
そして莉緒の言う通り、柚葉も薄々思ってはいたのだ。本当に止めようと思っているのなら、拘束してでも、とは。
避難するように指示をして、将真はそれに頷いた。ちゃんと言質はとったのだ。
だから、約束を守ってくれるはずだ。それが、甘い考えだとわかっていても、拘束することは出来なかった。
「束縛しようとも、強制しようとも思わない。約束をして、それでも動くって言うなら、それは二人の判断。将真とリンが、必要だと思って、約束を破ってでも動くというのなら、できる限りのサポートはするつもりよ」
「甘やかし過ぎじゃないっすかねぇ」
とはいえ、柚葉がそれでいいと言うのなら、莉緒からは何も言うことなどない。
勿論莉緒も、将真とリンに無茶をして欲しい訳では無いが。
「じゃ、自分もそろそろ行ってくるっす。とりあえずは美緒たちと合流するって事で」
「ええ。気をつけて行ってらっしゃい」
「了解っす」
そうして莉緒は、美緒小隊が向かっていった方角へ、一瞬で駆けていき、直ぐに見えなくなった。
莉緒を見送った柚葉は、一度だけ病院の方を振り向く。
「……まあもちろん、動いてたらいっぱい叱ってやるけどね」
そう呟いて、柚葉も今後の行動のために、一度自警団の本部へと向かい始めた。
戦場に向かうつもりだったが、招集がかかってきたのだから、無視はできなかった。
「それで団長。どう動くつもり?」
団長の執務室で、瑠衣は剣生に問いかける。
現状、彼らが動くほどの危機は訪れていない。もしもの時のために備えるということを考えても、あまり自警団のトップクラスが迂闊に動くことは出来なかった。
だが、剣生も無策ではなかった。
「そうだな……。一つ、あんたに試して欲しいことがあるんだが」
「私に?」
「ああ」
そして、試してみた結果次第では、今回のような大規模戦闘時の作戦に組み込むつもりなのだ。
剣生が頼んだのは、瑠衣が得意とする魔法についてだった。
「あれを上手く使って、各地に程よく監視網を拡げたい。分身を使えば行けるだろう?」
「出来なくはない……、と思う」
もっとも、そんなことをわざわざやった事はないから、自分自身でもどうなるか分かってないのだが。
「でも、そんなことしてどうするの?」
「今回の相手、特に注意すべきは時雨リンそっくりの少女だが、吸血鬼の大群も十分な脅威だ。場合によっては、命を落とす魔導師も出てくるかもしれん。だから、あんたが監視をする中で、危険な状態に陥って、最悪命の危機すら有り得る魔導師を、影の中に匿って欲しい」
瑠衣の影の中は、時間が停止したような状態になっている。
そこに怪我をしている魔導師を取り込めば、怪我や出血などの状態が悪化することなく、治療室に即刻放り出せば、すぐに治療が可能だ。
これが上手く行けば、今回のような大きな戦で失われる命が格段に減るだろう。
「魔力の消耗はかなりのものになるだろう。結構な無茶を言っている自覚もある。だが、頼めないだろうか?」
「……いずれ来る、魔王との決戦に備えるっていう意味でも、今回の作戦が上手く行けば……」
「ああ。確実に多くの命が助かる」
剣生の表情は至極真剣なものだった。
あくまで立場上のものだが、上司にそんな風に頼まれては、断るのも難しい。
それに、瑠衣にもプライドがある。
「いいわ。〈日本都市〉の魔導師中、最も魔力量の多いこの私に、全て任せておきなさい!」
学生魔導師の中でも、高等部で優秀な生徒たち。それでも一年生とあれば、なかなか前線に経つことを許してもらえずにやきもきしていた。
特に、一年生の中でも一際優秀で、尚且つ一族としてのプライドがある、星宮空にとっては。
「何でこんな時に避難誘導してなくちゃいけないのよ……!」
「落ち着けよ」
「この辺りの避難誘導が終われば戦闘に参加していいって言われてるんだから、もう少しの辛抱だよ」
「分かってるけど……」
陸と海に窘められて、渋々作業を続けつつも、視線はチラチラと西の空を見ていた。
吸血鬼との実戦など、またとない機会だ。
確かに、一対一の勝負ではほとんど勝機はないだろう。だが、三人で普通の吸血鬼を相手取る分には問題ないはずだ。
相手が貴族クラスになると、三人でもかなり厳しくなるだろうが。
そんな、意識が散漫な状態だったからか。
空は、自分に近づいていた魔物の影に気がつけないでいた。
「げっ、空危ねぇ!」
「はっ……?」
陸の慌てた声に釣られて振り返ると、大型の鹿のような魔物が、空に飛びかかってくる所だった。
今から迎撃しようと思っても、間に合わない。
(しまった、気を抜きすぎた!?)
だが、魔物の攻撃が空に当たることは無かった。
代わりに、魔物の方が横殴りの衝撃に吹き飛ばされて絶命する。
「なっ、何が……」
「いくらあんたが優秀だって言っても、ちょっと気が抜けてるんじゃない?」
「……紫闇、なんでここに」
空を助けに入ったのは、別の小隊で、空たちと同じように避難誘導をしていたはずの紫闇だった。
「私たちのところは避難誘導終わったから、手伝いに来たんだけど」
「よ、余計なお世話よ……」
「……その割には、避難誘導終わってないし、いまさっき危ない所だったじゃない」
「う、うるさいわね、言われなくてもちゃんとやるわよ!」
ライバル視している相手に痛いところばかり突かれて、顔を顰める空。
だが、そんな空の言葉など聞いていないように、紫闇は遠くの空を見つめていた。
「……何見てんのよ?」
「あんた、吸血鬼一体だけなら三人でやれるって、本気で考えてる?」
「貴族じゃなければ問題ないわ。三人でなら余裕でいけるわよ」
「そう……」
「なによ、まさか怖気付いたんじゃないでしょうね?」
「……そりゃ怖いでしょ」
少し嘲るような口調で言ってみたが、紫闇が予想に反して、あまりに素直に認めたせいで、空は思わず呆気にとられてしまった。
「吸血鬼がここまで化け物だとは思わなかったし、そもそも一体で動いてる吸血鬼なんていなさそうだよ」
「えっ、複数で行動しているの? 吸血鬼が? 力が有り余っているせいで、ろくに協調性もないアイツらが、集団で行動しているの?」
この距離で見えている紫闇にも驚きだが、ある程度は吸血鬼の生態を知っている空にとって、その事実は十分に驚愕に値するものだった。
実の所、そこまで珍しくはないのだが、やはり実戦経験が少ない彼女らでは、まだわからないことも多いのだ。
「あ、あの、それについて、なんですけどぉ!」
すると、晃と共に紫闇の後を追ってきた真尋が、息を切らしながら状況の説明を補足する。
「お兄ちゃんから、連絡来てて……。それでどうも、吸血鬼は五体で一グループを形成して、計二十グループもあるらしいの」
「って事は……」
普通の吸血鬼だけでも百体に到達する。恐ろしい数である。
だが、数の脅威はそれだけでは済まなかった。
「それで、彼らを統率するために、十体の貴族クラスの吸血鬼がいて、その十体の更に上にもう一体、とんでもないのがいるって……」
「……ほら。辞めておいた方がいいでしょう?」
「ぐっ……、わ、分かったわよ……」
勿論、危険だとわかった今、無謀にも挑もうというつもりはなかった。
この戦力だと、自警団の魔導師たちを大規模な部隊にしても、犠牲なしで勝利するのは厳しいと思われる。空一人では、なんの比喩でもなく、あっという間に瞬殺だろう。
「とはいえ、敵は吸血鬼だけじゃないからな」
「避難誘導ももう終わりそうだし、これが終わったら僕らもちゃんと仕事しないとね」
結界が破壊されたことで、吸血鬼以外の魔族や、何も知らない魔物、更には空からの侵入も許し、海からもいつ、魔物が向かってくるかわからない状況だ。
吸血鬼でなくとも、倒すべき敵は多く、仕事は腐るほどあった。
「私たちも手伝うから、早く終わらせよう?」
「……分かってる。ちゃんと言われなくてもやるわ!」
真尋が微笑みかけると、ムキになっていたことにバツが悪くなったように表情を顰めて、ぷいと顔を背けた。




