第17話『襲撃者の正体』
莉緒と柚葉が、大慌てでリンの病室に駆け込んできた後、二人と同じくリンの見舞いに来ていた残りのメンバーも、足早に病室を訪れていた。
ちなみにもう、病院内は彼らだけでなく、色んな人の慌てた足音で溢れていた。
時には、パニックにでも陥ったのか、絶叫が聞こえたりもする。
そんな中、慌てて病室に駆け込んできたにも拘わらず、全員が揃うと落ち着いた様子で、柚葉は話し出す。
「緊急事態よ」
「いやそれはもうわかったっての」
わかり切っていることを改めて口にする柚葉に、将真が呆れたようにツッコミを入れる。
その反応に対して不満げな表情を見せた柚葉だったが、すぐに切り替えてまず、画面を巨大化させたホログラムウインドウを開く。
そこに移されていたのは、〈日本都市〉の西側ゲートの現状。
城壁は崩壊し、そこから侵入してくるのは魔族たち。数だけなら見た感じ、そう多い訳では無い。だが、おそらく大半が吸血鬼だ。
「見ての通りよ。城壁が突破された」
「しかも、壊して……」
「……でもなんでだ?」
呆然と呟く佳奈恵の隣で、腑に落ちないというように疑問符をうかべる猛。
「なんでって?」
「確か結界は、相当硬いはずだろ? それこそ、高位魔族の攻撃にも十分に耐えうるくらいだったんじゃないのか?」
猛の疑問は尤もであり、皆も感じていたところであった。
それは、学生時代に学ぶ、極当たり前の常識だったのだから。きっと何も知らなければ、自警団員ですら疑問に思ったに違いない。
だが、柚葉は首を横に振った。
そしてそれは、今まで学び、教えてきた常識を否定するものでも、結界の頑丈さを否定するものではなく。
「結界を壊したのは、吸血鬼じゃないわ」
「……え、違うのか?」
高位魔族の攻撃にすら耐えるう結界を破壊した、未知の存在。
その危険性を想像してしまい、思わず鳥肌が浮き出るものすらいた。
柚葉は少し逡巡していたが、やがて意を決したようにウインドウに向き直り、画面を操作する。
そうして映し出されたのは、結界を破壊した、一人の少女だった。
将真が魔王の力を使っている時にも似た、長い黒衣。
夜闇でわかりづらいが、肌は褐色、恐らくは純粋な黒髪。そして、黒の双眸には、真っ赤な瞳。
何より驚いたのは、その容姿だ。
所々違えど、顔立ちや体格は間違いなく__
「……リンと瓜二つじゃないか」
体の色素が丁度、今のリンを反転させたような、黒いリン。
彼女が、結界を砕き、城壁を崩壊させた張本人。
「な、なんでリンがもう一人いるのよ……?」
「そりゃなんでって……、取られたって言ってたリンの力じゃないのか?」
「アレが?」
杏果の疑問に答えた響弥だが、その回答に杏果は納得出来ないようで、画面越しに見る彼女を指さしながら、改めて響弥に問う。
「力が実体化したっていうの? そんなことが可能なの? だとしたら、どうやって?」
「…………え? やれるんじゃねーの?」
「だから、その方法を聞いてるんじゃない」
「いや、知らねーけど、できるんじゃねーの?」
どうやら、特に確信めいたものがあるわけでもなく、適当に言っていただけのようだった。
思わず呆れてため息をつくが、響弥の予想外の発言は、予想外の人物に肯定されることになる。
「いや、考え方を変えれば、可能かもしれない」
「……考え方?」
「そう。考え方だよ」
そう言って肯定したのは、遥樹であった。
全員の視線が集まる中、遥樹は緊急事態ということで持ち出した魔導器〈擬似聖剣〉の柄に手を添えた。
「ここにいるみんなは一応、〈武器生成魔法〉は使えるよね?」
「そりゃ勿論」
簡単ではないが、基礎魔法の一つだ。
程々の魔力コントロールと、明確なイメージから生み出される、魔力で作られた武器。
それ故に、武器をわざわざ持ち歩く必要がなく、いつでも好きな時に、イメージした武器を幾らでも作り出すことが出来る。勿論、魔力が続く限りではあるが。
そして、便利な反面、この魔法にはデメリットもある。
どうしても脆さが目立つ点。
いかに明確なイメージあろうとも、強度を左右するのは魔力の強さであるという点。
そもそも魔力の強さとは、魔力の質と量を総じて言うものである。
同じ魔術や魔法を使っても、その威力や効果は人によって違ってくる。これが魔力の質と言うもので、質がよければその分、より多くの種類の魔術や魔法が使えたりもする。
魔力の量は言うまでもないことではあるのだが、同じ魔術や魔法であっても、やはり使用回数には限度がある。この回数が多いものほど、魔力量が多いという訳だ。
つまり、『多種に渡る魔術や魔法を、高い効力で発揮できて、尚且つ連発が可能』。これが、『魔力の強い』魔導師の定義である。
そして、この定義に当てはまらない魔導師や学生は少なくない。
更には、魔法との相性が悪く、中々〈武器生成魔法〉を使えないものも、ゼロではない。
そういう時に便利なのが、遥樹も持っている魔導器である。
魔導器は魔道具とは違い、基本的な形はただの球体である。
魔物や魔族から取れた魔石を加工し作られるその球体は、魔導器の核だ。
そして、剣ならば剣、槍ならば槍といったように、使い手に合った武器を生成するための術式が刻印されている。
魔力を流し込むだけで容易く使える、そんな便利アイテム。
「勿論、僕も使える。だけど、魔導器はただ、〈武器生成魔法〉を容易く使えるようにするためだけのものでは無いんだよ」
「ってことは、他にも用途があるのか?」
「うーん……、と言うよりは、本来はそんな単純な効果では無いんだ」
魔導器の本来の効果は、使用者の魔法使用をサポートすること。イメージを補強し、確実な術式で、きちんとした形で発動できるように。
そして、核が壊されなければ、通常の〈武器生成魔法〉よりも強固だ。
ましてや遥樹のように、核だけでなく、魔力ではなく本物の質量を持つ剣であれば。
遥樹が魔導器を持ち歩く理由はつまり、イメージの補強と、武器の耐久性だ。
特に遥樹の場合は、素のままの人間では扱えないとされている、〈聖属性〉の魔力の使い手だ。いくら優秀な〈風間家〉の魔導師といっても、普段はランクダウンした、〈光属性〉としてしか使用できない。
だが、遥樹にはどうしても神技が必要だったのだ。アーサー王伝説で有名な、〈聖剣〉の力が。
その暴力的なまでの力を制御し、使いこなす為の魔導器〈擬似聖剣〉である。
「で、結局何が言いたいの?」
杏果の疑問は尤もであるが、聡いものにはもう、察しがついていた。
「悪気がある訳では無いから、落ち着いて聞いて貰えるかな?」
「え? ……まあ、分かったわよ」
「……黒い球体で、リンは力を根こそぎ奪われたんだろう?」
「えっ。わ、私はそんなに覚えてないんだけど……」
「確かにこの目で見たっすよ。将真さんと一緒に」
リンの代わりに、莉緒が証言をして、将真も頷いて肯定する。
すると、神妙な面持ちで、遥樹は少し間を開けて口を開く。
「……仮にあの黒いリンを魔導器と例えよう。そしてその核は、リンの力を奪ったという黒い球体」
「……おい、まさか」
「勿論、彼女は武器ではないけれど、見方によっては一種の武器……、というか、生体兵器だ。人体を生成するのは非常に難しいと思うけど、リンが魔人で、抜き取られた力がその大元であるのなら、実体化できる力はあると思う。さらに、術者が余程の天才であれば或いは……」
「……実体化は、可能だって言うのか……?」
現実味のない話だが、それはおそらく、自分たちではできない芸当だからだろう。
遥樹の推測はあくまで可能性だが、話を聞いてしまった今は、それが妙にしっくりきていて、おそらく正解なのだろうと思う。
「とにかく、遥樹の予想通りなら、魔人の力ほぼそのままの、もう一人のリンが敵ってわけ」
「しかも、城壁ごと結界を壊したってなりゃ、相当やべぇな戦闘力が……」
「ええ、そうよ。それも、たった一撃でヒビを入れて、間髪入れずたったの二撃目で、だからね」
『たったの二回で!?』
冗談のような柚葉の告白に、流石に驚きを隠せず声を揃える生徒たち。
今の話が本当ならば、自警団のトップにすら劣らないような、化け物じみた攻撃力を有していることになる。
まともに接触し、受けに回ったものなら、生徒どころか、自警団の魔導師ですら、命の保証はないだろう。
だが、彼女の脅威を知ったところで、事態が悪化していく現状、ここでじっとしている訳にも行かない。
「一応、みんなにも動いてもらうわよ。戦闘を強制するつもりは無いから、避難誘導でも構わないわ。ただ、どちらにせよ、今の都市内は有害な魔素が流れ込んできている状態だから、各自で都市の外に出る時と同じように対策しなさい」
「分かってますよ」
「勿論、俺達も戦うぜ!」
杏果が柚葉に理解を示すと、掌に拳を叩きつけて、響弥がにっと笑みを浮かべる。
どうやら、ここに集まっている生徒達の意思は、響弥と同じく、戦うつもりでいるらしい。
それに関しては、柚葉としてもありがたい話であった。
何せ、学生魔導師でありながら、彼らほど吸血鬼を相手取った経験のある生徒はいないだろうから。その経験を経た過程が、幸か不幸かはともかくとして。
だが、学園長としてもそうだが、一家族として、柚葉には許容しかねるところがあった。
「将真、あとリンも。あんた達は避難しなさい」
「はっ……!?」
「え……」
やはり参戦するつもりだったらしい二人に、思わず柚葉は嘆息した。
「リン、あなた今、まともに戦えるような状態じゃないでしょう。出ていっても、死にに行くようなものよ」
「そ、それは……、そうですけど……」
「俺は別にいいだろ!?」
「ダメよ!」
戦うことを許可されなかったことに納得いかず、声を荒らげた将真だったが、予想外に強い拒絶を浴びせられて、思わず言葉を詰まらせる。
「あんた、昨日〈魔王〉の力を暴走させかけたみたいじゃない」
「それがどうしたって言うんだよ!」
「その力が、どれだけ体に負担かけてるかって、自覚してるの!? 加えて暴走しかけてたんじゃ、侵食をどんどん早めていくだけよ! タダでさえ解決策が見つけられない状態なんだから、少しは周りの心配も考えて、大人しくしてなさい!」
「う、ぐ……」
何とか反論したい所だったが、普通に論破されてしまい、何も言い返せなかった。
将真が大人しくなったところを見ると、柚葉は少しだけ行きをつく。
「わかったら、ちゃんと避難しなさいよ。リンを連れてね」
「…………わかった」
少し長めの沈黙の末に、将真は渋々了解を口にした。
言質を取れたことで一安心した柚葉は、改めて遥樹たちを連れながら指示を出す。
そうして、病室で二人だけになってから、どれくらいの時間がたっただろうか。
呆然として、ベットに座り込み動けない将真に、不意にリンが囁きかける。
「ねえ、将真くん。私たちも、やっぱり行かない?」
「……無理だよ」
そんな将真の返答に、リンは正直驚いていた。
何だかんだで、動くだろうと思っていたからだ。
だが、将真も馬鹿ではないし、考えなしではなかった。
「〈魔王〉の侵食が進んでるなんて、言われるまでもなく自覚してるよ。それでも別に、俺一人の問題ならいいけどさ……、俺一人の、問題じゃ済まないんだよなぁ……」
特に柚葉は、大切な人を失っている。
将真と同じく、〈魔王〉の宿主となり、力を暴走させ、呑まれそうになってしまった、大事な恋人を。
そして柚葉は、彼を殺した。
それが、〈魔王〉に呑まれかけの、朧気な意識の中で最後に、その人が望んだことだったから。
「これ以上、柚姉に同じ思いをさせたり、無駄な心配かけられるほど、俺は非情にはなれない」
「……そっか。そうだよね」
将真の考えを聞くと、リンは少し落ち込むように声を落とす。
だが、諦めたのかと将真が思ったのもつかの間、リンはベッドから出て立ち上がる。
「……リン?」
「だったら、私一人でもいくよ」
「なっ……」
いつもだったら、こういう無茶を言うのも、実行するのも、将真だっただろう。
リンも無茶をする方だったが、将真に比べれば、もう少し考えて動いていたはずだ。
そんな彼女の方から、無茶な発言が出るとは思わなかったのだ。
「将真くんを無理につきあわせることはできないけど、これは、私の問題でもあるから」
「いや、だとしても戦えないだろ! 大丈夫だよ、任せておけばなんとか……!」
「確かに、戦うのは難しいよ。でも、このまま、逃げ続けたくない」
そう言うとリンは、将真に向かって微笑みかけた。
「ボクは、自分と向き合うよ」
「…………」
「ボクが、力とられちゃったのも、原因だしね」
リンは少し、バツの悪そうな苦笑をうかべる。
そんな彼女を見た将真は、何も言えずに俯いていた。
「それじゃあ、行ってくるね__」
「待て」
「……将真くん?」
自分と向き合う。その目的を果たすために病室を出ようとしたリンは、将真の静止に振り返って首を傾げる。
将真はと言うと、引き止めたものの、煮え切らない様子で考え込んだり頭を掻いたりしていた。
「えっと……」
「…………あぁ、くそっ。後でこっぴどく叱られそうだな」
「って事は……」
ため息とともに吐き出したその言葉に、リンは表情を明るくした。
将真は立ちあがり、腰に手を当てて苦笑を向ける。
「リン一人に行かせるわけには行かないしな。仕方ないし、俺も行くよ」
「……うん、ありがとう! ……って、あれ?」
将真は、笑顔を見せるリンの後ろへと回り込む。リンはどうやら、将真が何をしようとしているのか、検討がつかないようだ。
そんなリンを尻目に、背後へ回り込むと、将真はリンを抱えあげた。
いわゆる、お姫様抱っこである。
「はぅわっ……!?」
「今のお前の足じゃ多分、時間かかるしな。悪いけど、抱えていくぞ」
「へっ、あっ、は、はい。お願いします……」
あまりに急だったために、驚きと羞恥を隠せないでいるリン。
そして将真は、そんなリンに構うこと無く床を蹴って、窓を蹴破り夜の街へと飛び出して行った。




