第16話『夜襲』
「ところで〈大賢者〉」
『何ですかねェ?』
これは、少女が目覚めた時に、たまたま記憶されていた、とある二人の会話の内容である。
少女には、その意味が理解できなかった。
それはある意味、救いだったのかもしれないが。
「こいつにかけた幻術? ってのは、一体どんなものなんだ?」
『そうですねェ……。幻術というよりは、催眠術とか暗示って感じですがねェ』
そして、〈大賢者〉は言った。幻術と称したものの、内容を。
『「〈魔王〉を騙る不届き者を殺せ。邪魔者も等しく排除しろ」って、感じですかねェ』
リンの容姿を知っていた警備の魔導師は、炎に照らされた一瞬だけ、彼女と見間違えた。
確かに、姿はそっくりどころか、瓜二つとすら言ってもいい。
だが、所々が大きく違う。
あの眩いくらいの銀髪とは違い、正確な色はわかりにくいが、塗りつぶしたような黒髪。
何度も戦闘を経験しているにも拘わらず、白いと言ってしまえるような肌の色は、褐色だ。
そして、こちらを見据える黒い双眸の中に、一切の光を伴わない、真っ赤な両眼。
顔立ちや髪型、背格好まで酷似しているというのに、これだけ違う点があれば、おそらく違う人物なのだろうが。
それでも、あまりに似すぎていたために、彼は動揺を隠せないでいた。
そんな時、彼女が不意に口を開く。
「__どいて」
「……な、に?」
ただ短く、静かな夜とはいえ、そこまで声を張っていなかった。
聞こえなかった訳ではなく、聞き間違えたのではないか。そう思って聞き直したのだが。
「そこを、どいて。とおれない」
「……通せると思うか?」
改めて聞き直すと、声さえも、彼女にそっくりだった。
これがリンだったのなら、もしかしたら彼らも通していたかもしれない。
だが、似ていると言っても、雰囲気はまるで別人だ。こんな怪しいものを、素直に中に入れる訳にはいかない。
三人は、少女の如何なる行動にも対処できるように構える。
そして少女は、三人の敵対意思を感じ取ると、静かに目を伏せた。
「わかった。それじゃあ、こじあけていくね」
そう言うと、真紅の長槍を生成した。
三人は、すぐさま攻撃に移る。
彼らは小隊のようなもので、よく任務を共にするため、連携をとることは容易だった。
いつもやっているようにやればいいだけの話だ。
そう思って、まずは一人が火属性の魔術を撃ち出す。
これで回避したところに、追撃を加えて行くのだ。……本来なら。
だが、残念な事に、作戦通りとは行かなかった。
少女は、そのまま突貫してきたのだ。
そして槍を突き出し、振り払うように薙ぐ。それだけで、いとも容易く魔術はかき消された。
驚きはしたが、そこは長らく魔導師をしている自警団の実力者。すぐに切り替えて、別の作戦で少女をたたく。
そのつもりで構えたのだが。
「ガッ……!?」
「うぐっ!」
「うぁ……っ!」
あまりに一瞬でわからなかったが、少女が急に加速したのだ。加えて、相当な速さだった。
一人は腹を殴られ悶絶し、一人は背中を蹴られて受身も取れずに転倒。そして一人は石突きで強烈な突きを貰い、壁に強く叩きつけれた。
たったの一秒程度。
それだけで、自警団の実力者が、たった一人の少女を相手に、戦闘不能にさせられた。
それがいかに脅威的かなんて、考えなくてもわかる。
邪魔者もいなくなったことで、少女は迷いなくゲートを潜ろうとする。だが、〈日本都市〉を覆う結界にも、一応は自動的な防衛機能も働いている。
例え門番が倒されても、簡単には侵入者を通さないように。
行く手が遮られたことがわかると、少女は結界に触れ、少し後退した。
そのままこの場を去ってくれることを願ったが、魔導師たちの願いどころか、予想すら裏切って、少女は宙を浮いた。
「なっ……」
空を飛ぶ魔法は、簡単には習得できない。
ただひたすらに慣れでしかなく、余程才能がない限りは、努力すれば習得出来るものではあるが、これが中々慣れないのだ。
それを、こうもあっさりとやってのけるとは、思っていなかったのである。
そして呆然と少女を見上げていると、少女の体から魔力が吹き出した。
嫌な予感がする。
だが、とりあえず今は自分たちから興味が離れたようだと気づき、まだ意識のある魔導師は、自警団に報告を入れようとする。
通常の通信ではなく、緊急用の通信を。
『__こちら管制室。緊急連絡の通信のようですが、何がありましたか?』
「あ、ああ。それがだな……」
通信がつながり、安堵した魔導師は、落ち着いて状況説明をしようとする。
そして見上げていた少女が、その手に再び長槍を生成したかと思うと、その槍に凄まじい魔力が込められていくのがわかった。
(アレは、ヤバい……!)
少女がやろうとしていることを理解した魔導師は、焦燥に駆られる。
管制室の方でも、流石にこれだけの魔力が近くで発生すれば、嫌でも気づく。通信越しでしかわからないが、彼らもまた、焦っているのだということが容易に感じ取れた。
『〈日本都市〉の城壁すぐ側、西側ゲートの入口付近! 急な魔力反応の発生を確認!』
『それも、かなり大きいぞ!』
「襲撃だ! しかも結界を壊そうとしてやがる! 全員、衝撃に備えろ!」
一番近くで現状を見ている魔導師が、一番状況を理解している。
管制室に向けて叫ぶような声で指示を飛ばす。
そしてまもなく、少女の手に握られた長槍が、凄まじい魔力を伴い、結界に突き出される。
「__〈魔槍〉」
その一撃が結界を、そして〈日本都市〉をも、轟音と共に激震させた。
まさに、巨大地震並みの震動である。
「ぐうぅっ!?」
『うわぁぁぁぁあっ!』
凄まじい揺れに耐える自警団の男。
そして通信先の管制室からは阿鼻叫喚の悲鳴が上がる。
『こ、こちら管制室、状況は!? 状況はどうなっている!?』
「それは……」
揺れが収まると、すぐに管制室側から現状を問われ、顔を上げる。
そうして視界に入ったのは驚くべき光景だった。
「結界はまだ、破壊されていない」
『そ、そうか、それはよかった。では今からそちらに援軍を__』
「壊されてはいないが……、巨大なヒビが入っているっ……!」
『なにっ!?』
結界は、辛うじて一撃を耐えている、という状態だった。かなりの強度で、吸血鬼の猛攻にも耐えうると言われている、そんな結界が、たったの一撃で壊れかけていた。
それこそ、もうあと一撃で、破壊されてしまうような、そんな現状。
「今は俺たちから……、興味が離れているようだ。だから早いうちに、住民の避難と、結界を突破された後のことを考えて、街中に戦力を集中させるべきだ!」
『……わかった。そちらに送るのは少人数として、残りは防衛に回そう。__緊急事態だ、すぐに都市全域に状況を伝えろ!』
とりあえずの処置は取れた。
安心した自警団の男だったが、そこでまた、予想外のことが起こる。
確かに少女は、結界に巨大なヒビを入れた。
だが、それだけの高威力ともなれば、そう連発できるものではあるまい。
だから、次弾までの間に、それなりのインターバルを必要とするものだと思い込んでいた。
少女は既に、第二撃目を放とうと構えている所だった。
(ば、馬鹿な……)
思わず唖然としてしまったが、それも一瞬。すぐに彼は、管制室へと現状を報告する。
「二回目が来る! 振動に備えろ! 今度は揺れだけじゃ済まないぞ!」
そして、その報告をしている間にも二撃目が放たれた。
激震。だがそれだけではない。
轟音は破壊音へと変わり、崩壊していく音が、城壁を確認するまでもなく、現状を伝えていた。
『結界が、破壊された……! 城壁も壊されている。これでは、防壁として機能しない……!』
『早く、都市に通達を!』
結界は、今の一撃を受けたところを起点に砕け散り、なんの対策もない状態では、魔導師たちにとっても有害な大気中の魔素が、簡単に都市の中へと入り込んでしまう事態となった。
城壁も、攻撃を受けたあたりが崩壊し、容易く侵入を許してしまうことだろう。
そして、不幸な事にそこで終わりではなかった。
気配も感じさせずに、どこに待機していたのか。ざっと百はくだらない数の吸血鬼の大軍が、空を飛び、押し寄せてくる。
これが、低位魔族や魔物であれば、この程度の数はどうということも無いのだが、吸血鬼と言っても、ただの吸血鬼ではない。その中には、十体ほど貴族クラスと思わしき者もいた。
奇襲としてはむしろ、オーバーキルとも言えるほどの戦力。十分、大軍の域に達して余りある。
もう、三人を助けるために自警団が動いたとしても、吸血鬼が見逃さない限り、助かる余地はないだろう。
そしてそれを、自警団側が理解していれば、増援の話はなくなり、限りなく零に近い確率で助けられたとして、それは今回のこの襲撃を退けられた後しかあるまい。
退けることすら、困難なこの戦力を相手に、とても助かるなどと楽観的に考えることは出来なかった。
現に吸血鬼たちのうち何体かは、倒れる三人に気がついて、視線を落としていたのだから。
「くっ、そおぉぉぉぉおっ!」
彼の悔しげな咆哮が、夜闇に消えていった。
リンと色々な話をしている中、リンと将真も、都市を揺らす振動は感じていた。
だが、それは一度目のものであり、元々地形的に地震が多い国であるために、あまり気にしてはいなかった。
だが、二度目の振動はそうも行かなかった。
一度目よりも強く、爆発音と、何かが割れたような大きな音が響いたのだ。
「えっ……」
「なんだ……?」
異常を察知した将真は、病室の窓から外を覗く。
そうして視認できたのは、都市を囲う城壁の、西側の出入口付近が崩壊して形を変え、煙が上がっている様子だった。
「うそ……」
「おいおい、冗談だろ……?」
リンもその状態に気がついて、将真と共に呆然と声を漏らしていた。
城壁は、結界の起点となる装置の一部でもある。そんなものが、こうも派手に壊されているというのは、大変な事態であった。
距離があるために、はっきりと見えた訳では無いが、何が細かいものが、崩壊した壁の向こう側から入ってくるのが見えた。
おそらく、何者かの襲撃を受け、侵入を許したのだろうが。
(そんな簡単に、結界が壊されたってのか……!?)
酷く焦燥感に駆られる中で、病院の中であるにも拘らず、バタバタと足音が聞こえてきた。
そして病室が開け放たれ、飛び出すように莉緒と柚葉が飛び出してきた。
「将真さん、リンさん!」
「緊急事態よ!」
慌てる二人を前に、リンと顔を合わせながら、将真は嫌な予感をヒシヒシと感じ取っていた。




