第3話『星宮兄妹と編入組』
将真たちが任務の最中、学園では、高等部の新1年生たちが、筆記試験を終えて実技試験に移っていた。
勿論将真たちも経験した、身体能力テストと、適応能力テストの2つだ。
どちらも一日ずつかけて行われ、計2日間に渡る試験で、特に消耗が激しくなる適応能力テストは、後半に当てられていた。
「__よし、やってやるわよ!」
力こぶを左手で掴む空。
「気合い入ってんな」
「当たり前じゃない。中等部みたいな実質お遊びとは違って、高等部こそ本番でしょう?」
「こらこら」
「その一番初めの試験で、気合が入ってない方がおかしいわ!」
中等部時代を軽んじる発言を窘めながらも、空と似たような気持ちは、陸と海にもあった。
空のように、中等部時代の努力を軽んじるつもりは無いが、それでもやはり、どれだけ優秀であろうと、やらせてもらえることは少ない。
高等部に上がった今、まだ学生の身とはいえ、ようやく魔導師らしい活動ができるようになるのだ。
そして、自身の実力を確かめる試験。これで何も感じないはずがない。
陸と海の中にも、高揚感が自覚できるほどに、それは強く湧き上がっていた。
そんな時、3人から少し離れた場所で声が上がる。
「……なんだ?」
「さあ?」
「……揉めてるように見えるね」
視線の先には、少し人だかりができていて、その中心にいる何人かのうちの一人は、すぐに確認できた。
理由は単純で、その少年の背が、かなり高いからだ。
「__だから、悪かったって」
「ぶつかっておいてその態度はなんだよ!」
「編入組のくせに、態度がでかいんだよ!」
「うわぁ、面倒臭いこと言ってるわね……」
「ったく、仕方ねーなぁ」
「無駄にプライド高いのも考えものだよね。ちょっと行ってくるよ」
「程々にしなさいよー」
少し呆れた様子で、空が手を振って2人を送り出した。
陸と海は、すぐに人だかりに割って入っていく。
どうやら、編入組のでかい少年が言いがかりをつけられているようだった。
「ちょい、お前らなにしてんだよ」
「はぁ? 何ってこいつが……、げっ。星宮……」
陸に声をかけられて振り向いた少年は、顔を見ると、嫌そうな表情を浮かべた。
陸は意外にも、礼儀正しいところがあり、そして他者を貶める行為を見逃せないお人好しであった。
海は見ての通り温厚で常識人。そして世話焼きである。その為、こうして陸の行動に付き合うことは珍しくないことだった。
「そういう編入組に対する偏見とか横柄な態度はどうにかならないのか?」
「うるさい、お前には関係ない!」
「いいのか、そんなこと言って?」
「なに?」
「君たちよりも、そこのでっかい人の方が強かったらどうするのかなって事だよ」
それは、ない事とは言いきれない。
特例とはいえ、事実として、昨年編入組で入った将真は、今やそこらの魔導師よりもずっと強いのだから。
それに、編入組は総合的に見るとそこまで期待できるほどの実力は無いものの、一番成績が優秀なものは、それこそ学年でもトップクラスの実力に匹敵する。
そんな事は、進級組の彼らも理解しているはずなのだが。
悔しそうに歯噛みする少年たちに、陸がダメ押しをいれる。
「じゃあ俺とやるか? 威張った手前、編入組の前でコテンパンにやられたいなら相手になるぜ」
「ちっ、もういい、行くぞ!」
彼らも決して実力がない訳では無いが、流石に学年トップクラスが相手となれば、勝ち目がないことは理解していた。
忌々しそうに、先導者っぽい少年が立ち去ると、それに続いて少年たちはその場を離れていった。
「全く、編入組に対する偏見というか、無駄なプライドというか……」
「まあ事実、編入組に特別成績が優秀な人は少ないんだけど、魔導師として教育を受け続けていた僕らと比べるのはおかしいよね」
「……という訳だが、大丈夫だったか?」
「おう、助かったぜ」
陸が見上げると、大柄な少年が礼を口にした。
こうして近くで見ると、本当に大きかった。この年の男子としては、陸も海も少し背の高いくらいだが、その2人が見上げなければいけないような身長である。
「楽しい事ならいいけど、面倒ごとはゴメンだからな」
「お前の実力は知らねーけど、ああいう時はなんならぶっ飛ばしていいんだぞ?」
「弱肉強食の世界だからね。勝者が全て正しい訳では無いけど、我を通そうと思ったら、実力を示せばいいんだ」
「マジで? それじゃあ当たり前のようにあちこちで暴力沙汰が起きるんじゃないか?」
「大丈夫だよ。力も権力も一番の自警団が、街の警備もしてくれてるからね」
弱肉強食のこの世界でそれは、事実安全を保証されているということだった。
自警団団員が物騒な事を考えない限りは、実力もあって、権限もある自警団が、悪を罰してくれるのだから。
「クラスは違うけど、困った事があれば相談に乗るぜ」
「そうだなぁ。まあ、そういう時があったら頼むわ。お前ら優秀みたいだし、そんな奴が味方してくれるなら頼もしい限りだ」
「そう言ってくれると有難いよ」
そして3人は、短く会話を終わらせて、大柄の少年が自分のクラスへと戻っていく。
その背中を見ながら、陸はボソリと呟いた。
「……なぁ、海?」
「何が言いたいかは大体察しがついてるけど……、なにかな?」
「あいつさ……」
「そうだね……。ちょっと気を引き締めた方がいいかも」
2人は、気がついていたのだ。
大柄の少年から滲み出る、強力な魔力を。
だが、それ以降2人はそれを心に留めておくだけで口には出さず、空の元に戻って自身の試験に集中していくのだった。
はじめに行われたのは、ハンドボール投げである。
身体能力テストは、普通に〈表世界〉の学生たちも行っているものと同じである。違いはない。
強いてあげるなら、基準値の高さか。
何せ、無意識の間に、身体に浸透している魔力で、強化しなくとも一般人よりも強い。〈表世界〉の男子生徒の中でもかなり優秀な記録は、〈裏世界〉では、女子生徒の平均程度なのだから。
「__せぇい!」
力強く投げる球が、綺麗な弧を描いて地面に落ちる。
「記録、59メートル」
「うぐっ」
記録係の読み上げに、悔しげな呻き声をあげるのは空だ。
勿論、女子生徒の平均を超える程度は余裕だと思っていたが、どうせそこまで飛ぶのならあと1メートル、と思わずにはいられなかったのである。
そして続くは海、陸である。
「フッ__!」
「……記録、77メートル」
「まあ、こんなものかな」
「オラァ!」
「……記録、85メートル」
「うっし、いい感じ!」
「ぐぬぬ……」
どうやら、各々満足のいく結果が出たらしく、それが逆に空の悔しさを加速させていた。
そんな彼らのクラスの隣では、別のクラスが同じくハンドボール投げをしていた。
「次、日向晃」
「うっす」
名前を呼ばれて立ち上がった少年を見て、陸と海は驚いたように目を見開く。
それは、先程の大柄な少年だったのだ。
「日向晃……」
「そう言えば、名前聞いてなかったね」
「ああ。それにしてもこれは……」
陸の胸中には、期待が膨らんでいた。
先程の顔を合わせていた時に感じた、あの滲み出る魔力。抑えていても漏れ出るほどなのか、大した量ではないが抑えられなく垂れ流しなのかは分からないが、恐らく前者だろうと陸は踏んでいた。
そして。
「__そぉい!」
力一杯振り抜かれた腕。そこから放たれたボールは。
「……消えたな」
「消えたね」
「アイツ馬鹿なの?」
記録は計測不可。だがそれは、空の言うとおりでもあった。
すぐに計測していた教師が、晃の元に歩み寄ると、生成したハリセンで気持ちよく晃の頭を引っぱたく。
「たわけ! 魔力を使わない試験だと言っただろう!」
「す、すんません……」
頭を擦りながら謝罪する晃は、そこまで痛そうな表情ではなかった。
気を取り直して、再度ボールを掴む晃。
学生魔導師たちが行う身体能力テストは、基本的に1回の計測で、2回目は殆ど使わない。
こうして、1度目の記録が計測不可等にならなければ。
深呼吸をして、晃は腕を後ろに引く。
そして、気合いと共に、腕を振り抜いた。
「そぉい!」
「……記録、105メートル」
『……は?』
「いよっしゃぁ!」
(ちょっと待てえぇぇっ!?)
サークル内でガッツポーズを握って喜びを露わにする晃。
だが、それを見ていた生徒達は、星宮家の3人を含め驚きを顕にしていた。
それもそのはず、1年生で3桁をたたき出したという話など、ごく稀にしか聞かない。
実を言うと、昨年の杏果が101メートル飛ばしているが、その記録すら上回る、普段時の腕力。それは間違いなく、凄まじいものだった。
そして、驚きが冷めぬまま、次の生徒が名前を呼ばれる。
「次……、えーっと、御暗紫闇?」
「……はい」
名前が読みにくかったのか、計測係をしていた教師が、指名に詰まる。そして立ち上がった生徒は、やる気のなさそうな女子だった。
両手でボールを拾うと、少し遠くを見て、躊躇わずに投げる紫闇。
余りに気の抜けた投げ方で、そのボールはすぐに勢いを失った。
「記録、34メートル」
「見ない顔ね」
「編入組だろうな」
「まあ、編入組なら、これくらいの記録でもおかしくはないかもね」
予想通りの結果に、空たちの興味は薄れかけていた。だが、再び記録係の教師が、その生徒のところに向かって何かを話していた。
その声は、先程晃を叱った時と違い小声で、空たちからの距離では聞こえなかった。
周りに聞かれると困る話なのかもしれない。
「ねえ海。あれって、何話してるかわかる?」
「……あんまり褒められたことじゃないんだけどなぁ」
そういうと、海は教師と紫闇のほうをじっと見つめる。
見ているのは、教師の口の動きだ。
海は、多少読唇術が使える。早口で動く口や、あまり離れていると読み取れないが、この距離で、普通の速さで話しているのなら、ある程度はわかる。
「……手加減している?」
「手加減?」
「何のために?」
「それは分からないけど……、手を抜かずに本気でやれって言ってるみたい」
空と陸は、納得したように頷いていたが、海にはまだ、言っていない情報があった。意味がよく理解出来ずに、言わずにいたのだが……。
(あの辺にお前の嫌いなタイプの人間がいると想定して……って、どういう事だろう?)
紫闇が、教師に言われた事に渋々頷くと、教師はその場から離れていく。
そして再び球を手に取った紫闇。
その瞬間、周囲に痺れるような感覚が駆け巡る。
「なっ……!?」
「え……、何この感じ、殺気!?」
陸も空も、その感覚に動揺を示す。
紫闇は、教師に言われたあたりを睨めつけて、勢いよく腕を振り抜く。
その球は、地面に水平__否、地面に落ちていく軌道で飛んでいく。
そして球が、地面に落ちて。
「記録……、78メートル」
『……はあぁぁぁぁぁっ!?』
読み上げられた記録に、それを見ていた生徒一同は信じられないというような声を上げた。
その声を聞いていた紫闇は、彼女の雰囲気に反して珍しく、肩を揺らして驚いていた。
だが、驚かされていた生徒のほぼ全員が、進級組の生徒達であり、その記録が以下にぶっ飛んだものなのかは、容易に理解出来た。
まず、魔力も使わずに、そうそう女子が出せるような記録ではないこと。そしてその球は、弧を描いて飛んだ訳ではなく、地面に水平どころか、やや下に向かって投げられていた。
普通なら、もっと早く落ちていいところで、この記録。もし弧を描くように投げていたのなら、もしかしたら晃並に飛ばしていたかもしれない。
そして驚くべきは、晃も紫闇も、編入組である事だった。
「な、なんなのよこいつら……」
元々、編入組を侮っていた訳では無い陸と海ですら驚いているのに、ほかの進級組よりマシとはいえ、編入組を侮っていた空だ。
その呟きは、ほかの生徒達の気持ちを偶然にも代弁するような形になったのだった。