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第12話『危機』

空中で交わされる、高速の攻防。

いや、それは攻防と言うよりは、攻撃の応酬と言うべきものかもしれない。回避するだけで、防御に入ることがないからだ。

そしてそのせいで、地上のリンは、ろくにサポートも出来ずにいた。


狙いが定まらないため、下手に魔術を放てないのだ。無理に撃てば、将真や莉緒にあたる可能性もある。

元々そこまで得意ではない魔法も、この場面で打開策になることは無さそうだ。


「う、くぅぅぅ〜……。二人が戦ってるのに、ボクは……、何も出来ないなんて……!」


悔しさに唇を噛み締めるリン。

彼女もまた、将真たちと戦う吸血鬼に集中してしまっていたがために、気づけなかった。


彼女らの元へ迫る、危険な気配を。


迫ってきていたのは、逃げたと思われていたもう一体の吸血鬼。

彼は、森の中に姿を隠し、機会を伺っていたのだ。

そして今が、好機だったのだろう。

彼は、茂みから飛び出してきて、一直線にリンを狙ってきた。


「えっ……」


あまりに突然過ぎて、リンの反応は間に合わない。

だが、リンに護られていた自警団の魔導師たちは違った。

吸血鬼の接近に気がつき、リンを庇おうと前に飛び出す。


「邪魔だ!」

『ぐあぁぁぁっ!』


残念な事に、その努力は虚しく、みな一瞬で蹴散らされてしまったが、リンの防御がギリギリ間に合うくらいの、僅かな時間は稼げていた。

リンが咄嗟に生成した長槍が、吸血鬼の爪を防ぐ。

だが、やはり吸血鬼の膂力は凄まじいもので、正面から受け止めていては勝ち目は薄い。特に今は。

だから、リンは僅かに前に押し込もうとする姿勢を見せ、直後に重心を後ろに下げた。

ただ下げただけではなく、正面から来る力を逃がすように、うまく受け流したのだ。


「ぬっ!?」

「たぁっ!」


隙が生まれた吸血鬼の背中を、リンの長槍が薙いで切り裂く。


(よし、見える!)


魔導師としては弱体化しているが、戦士としては成長している。

自分自身が下手に強過ぎないためか、リンの体は、彼女の思い通りに動いていた。


そのせいで、リンは少し慢心した。

これならいける、と。


だが、その考えは甘かった。

空中で戦う吸血鬼程ではないが、リンの目の前にいる吸血鬼もまた、貴族クラス。その再生能力は高く、一瞬とはいかない迄も既に、リンにつけられた背中の傷は癒え始めていた。


そして、その程度のダメージで動きが鈍るほど、貴族クラスの吸血鬼は軟弱ではない。

数百年と生きている中で、幾度となく戦闘を経験している。

多少の痛みなど、無いに等しいのである。


それを示すかのように、吸血鬼は油断したリンに向かって突進してきた。

攻撃を受けて、バランスを崩したと思い込んだ……、否、バランスは崩していたが、それで動きを止めたと思い込んでしまった、リンの失敗であった。

強烈な頭突きが鳩尾を直撃し、吹き飛ばされたリンは、強烈な一撃に悶絶していた。


「おっ、う……!?」

「仲間は助けに来ないぞ。今回の目的はお前だからな、奴がしっかりと、足止めしてくれるだろう」


奴、というのが、空中で戦う吸血鬼を指しているのは、用意に察することができた。

だが、目的が自分だと言われたリンは、その理由を理解できずにいた。


込み上げてくる吐き気に耐えながら、リンはフラフラと立ち上がる。

リンが護ろうとしていた魔導師たちは、先程リンの盾になった時の攻撃で、気を失っていた。

死んでいないのは救いだが、それはつまり、同じように助けて貰えるという期待は持てない、という事でもある。


(ボク一人で、この場を切り抜けないと……!)


既にダメージを負った状態だったが、諦める訳にはいかない。

リンの両目は、いつの間にか紅く染まっていた。

その兆候を見ていた吸血鬼が、表情を僅かに動かす。それが、リンにはどういう心境なのかわからなかったが、再び吸血鬼が動き出す。


「フッ__」

「うっ……!」


ダメージのせいで動きは鈍くなっているものの、吸血鬼の動きはなんとか見えている。

苦痛に表情を歪めながらも、ギリギリの回避を繰り返すリン。

だが、回避しながら後退していくと、不幸にも足場の悪い所へと踏み込んでしまう。そして次の瞬間、大きくバランスを崩してしまった。

満身創痍に近い状態で、吸血鬼の攻撃にばかり気を取られていたものだから、仕方がない事だろうが。

そして、そのあまりにわかりやすい隙を吸血鬼が見逃すはずもなく、回し蹴りが脇腹を直撃。そのまま、勢いよく吹き飛ばされて、木の幹に叩きつけられる。


「運がなかったな」

「うっ、ゔえっ、〜〜〜っ!」


強烈な一撃に耐えきれず、今後こそ胃の中のものを全て吐き出してしまう。

その中に、血が混じっているのを見てしまったリンは、思わずギョッとした。

内臓まで傷ついているかもしれない。


(予想より、ダメージが大きすぎる……!)


やはり魔導師として弱体化している状態では、攻撃を受けてしまえば、ダメージはかなり大きい。

今すぐ吸血鬼から離れたいところだが、今のダメージで完全にガタが来たのか、体がまるで言うことを聞かない。


その様子を、吸血鬼はしっかりと観察していた。

そして、懐から何かを取り出すと、ゆっくりとリンの元へと近づいていく。

その手に持っているものは、黒い球体だった。


見た目に反して、その球体が放つ異様な気配を、リンは感じ取っていた。


(あれは……、ダメなやつだ。よくわかんないけど、下手したら死んじゃう……!)


逃げなくては、と戦慄を覚える。

だが、体はまるで言うことを聞かず、膝をついたまま、リンは動けずにいた。


「リン__!」

「今行くっすよ!」


空中で戦っている将真と莉緒が、リンを助けに行こうとする。

だが、簡単に見逃してもらえるはずもなく、将真は、吸血鬼に腕を掴まれる。

それだけでは終わらなかった。

ぐんっと引っ張られる感覚。踏ん張ることは勿論、出来なかった。

そして、吸血鬼の横を超高速で駆け抜けようとしていた莉緒目がけて、将真をぶつけて手を離す。


「あがっ!?」

「いっつ!?」


二人まとめて、きりもみ状態で吹き飛ばされ、地面に墜落。

明らかに隙が出来てしまったのだが、どういう訳か、吸血鬼は空中から見下ろすだけで、追っては来なかった。


「いってぇ……。悪い、大丈夫か莉緒」

「大丈夫、大したことないっすよ__」


苦笑いを将真に向けて、毅然とした態度を取ろうとするが、莉緒は突然、吐血した。

そこまで派手に撒き散らした訳では無いが、口端から血が流れ出す。


「お、おい、本当に大丈夫か?」

「……とりあえずは。ただ、ちょっと〈神話憑依〉使って無茶しすぎたみたいっすね」


吸血鬼の貴族クラスの中でも最強クラスを相手にしているのだ。互角にやり合うために強化し過ぎて、無意識のうちに、体に負荷をかけていたのだろう。

今のところ、吸血鬼が追い打ちを仕掛けてくる様子は見えない。

ならば、とリンの方へと向かおうとする将真と莉緒だったが、吸血鬼が追い打ちを仕掛けてこない理由が、今はっきりと理解出来た。


リンの心臓付近に、もう一体の吸血鬼が持っていた黒い球体が押し当てられている。


「あ……」


か細い声を漏らすリン。

見た目では何も変化はないが、押し当てられた球体から滲み出る禍々しいオーラが、リンを覆っていく。


(なんだよ、あれ……)


理解の追いつかない現象に、将真は呆然と眺めることしか出来なかった。

だが、少し経つと、リンの体がビクビクと痙攣し始める。目は虚ろになり、口から泡を吹いていた。


「って、おい!」

「これはまずいっすね……!」


立ち尽くしていた二人は、リンの変化に慌てて駆け出す。

その間にする事が終わったのか、吸血鬼はゆっくりと黒い球体をリンの体から離す。

ずるり、と引き抜かれるように引っ込んだ禍々しいオーラ。そして、球体の色は、少しだけ変化していた。

ただ塗りつぶしただけのような黒単色から、濃密な闇を湛えた、何色と例えるのも難しい、禍々しい色へと。

更には、禍々しいオーラだけではなく、尋常ではない魔力を有しているという事も、肌で感じとることが出来た。


吸血鬼がリンから離れ、ぐったりと倒れ込んで意識のないリンの体を、莉緒が起こして呼びかける。


「リンさん、しっかりするっすリンさん!」


莉緒がリンの体を揺さぶる。

だが、反応は薄い。将真もまた、リンの体に触れるが、その瞬間に気がついてしまった。


体が冷たかったのだ。

死に至った訳では無いが、脈は小さく呼吸も浅い。顔色は明らかに悪く、感じられる魔力も、ほとんど無いに等しい状態だ。


そんな彼女を目の当たりにした将真の体から、おぞましい気配が放たれる。


「うっ……、な、なんすかこれ……?」


すぐそばにいた莉緒が、将真の表情を見ようと顔を上げて、ギョッと目を見開いた。

完全に無意識だろうが、将真の容姿が、〈魔王〉の力を使う時の状態になっていたのだ。

更に、右手から侵食している魔王化の影響で、肩まで人外の表皮に覆われて凶悪な外観を晒し、肌にも、ヒビのような黒い呪印が広がっていく。

そして放たれる魔力は、収まり留まることを知らず、溢れ続けている。


将真の頭の中では、彼のものでは無い声が、響いていた。


ただ繰り返し、殺せと。怒りに身を任せて、殺意を振り撒けと。


「お前ら……、今ここで、殺してやるよ……!」


ゆらり、と立ち上がった将真の姿は幽鬼のようで、吸血鬼たちもまた、生唾を飲み込んだ。


「これで、完全じゃないのか……」

「流石、魔神とすら謳われた最強の魔王。その力は、俺たちでは想像するに余りあるってことか」


どうやら、吸血鬼たちもその様子を見て戦慄しているようであった。

だが、動揺して飛び出してくることは無く、冷静に観察に徹している。


「それより、ちゃんと回収出来たか?」

「ああ、勿論だ」


そう言って、リンと戦った吸血鬼は、凄まじい魔力を有した闇色の球体を見せる。

それをじっくり眺めると、将真立ちと戦っていた吸血鬼は頷き、将真たちへと向き直る。


「俺たちの用は済んだのでな、一度帰還させてもらうとしよう」

「逃がすと思うか……?」


〈武器生成魔法〉で作られた剣が、尋常ではない魔力を宿す。

そしてそれを、吸血鬼目がけて振り抜こうとした、その時だった。

将真の足を、誰かが掴んだのだ。

瘴気を失いかけた状態で視線を背後の足元へと落とす。


「……え?」


そして将真は、呆然と声を漏らす。

足を掴んでいたのは、死にかけていると思われていたリンだった。


「……ダ、メ……」

「な、んでだよ……。なんで、あんな奴らを庇って__!」

「……力、に……、飲まれちゃ……、ダメ……」

「っ……!」


弱々しくも、将真を案じるその言葉に、将真は僅かに正気を取り戻す。

そこから、何とか自力で抑え込むが、完全には抑えきれず、姿が元に戻るまでは行かなかった。

だがとりあえず、侵食は収まり、おぞましい程の殺意も、抑え難い憤怒へと落ち着いていた。落ち着いている、と言っていいのかはわからないが。


そして、将真が自力で魔王の力を押さえ込んだところを見ていた吸血鬼二人は、驚いたような表情を最後に浮かべながら、目的は果たしたと、その場を離脱する。


「あっ、くそっ、あいつら……!」

「将真さん、落ち着いてくださいっす」


まだ感情を抑えきれずにいきり立つ将真を、莉緒の冷静な声が諌める。

リンは再び意識を失ってしまったが、まだなんとか息はある。死んでしまった訳では無く、一度意識を取り戻したことからも、急げばまだ間に合う可能性はあるのだ。


「急いで戻るっすよ。その辺に転がってる自警団の人たちは叩き起して」

「……そう、だな」


ようやく落ち着きを取り戻した将真の体から、放たれていた魔王の力は自然に治まっていった。

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