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第8話『驕りの結果』

一番近くにいる真尋は、当然その変化に気がついていた。

繰り返される紫闇の攻撃を受け続け、ついにひびが入り始めた結界の限界に。


(魔力の供給があればひびも修復される……って、思ってたんだけどなぁ)


実のところ、真尋の予想は間違っていない。

『十分な』魔力供給さえあれば、結界は傷ついても再生する。

だが……、今の真尋の魔力は、結界の意地で精一杯の状態。再生に回せるほど、魔力が足りていないのである。


「だったら__!」


真尋が、〈白蘭〉の機体を操り、右手を前に突き出す。

そこから生成されたのは、火の玉だ。

それも、かなり大きな。


「近づかせなければ、同じでしょ!」

「うっ……!」


〈炎球〉かと思われた魔術が、予想を超える速度で迫ってくる様子を見て、焦った紫闇は仰向けに体を倒して、スライディングでぎりぎりその下を躱していく。


「……今のは〈炎弾〉?」


流石に紫闇も、驚いた様子だ。

だが、それも仕方がない事だ。なにせ、前回真尋が同じ魔術を使おうとした時は、彼女の体が耐えられずに、血反吐を吐いて倒れたのだから。


改めて顔を上げて、真尋の様子を確認する。

その表情は、少し疲れが見え始めているものの、前回のような負荷がかかっているようには見えなかった。


「このロボット、魔術の行使でかかる負荷も軽減してくれるってこと……?」


だとしたらとことん、能力不足の魔導師に適した魔導兵器である。

それに真尋は、決して落ちこぼれなどではなく、一年生の中では優秀なほうなのだから、紫闇からしてみれば、厄介なものであった。


だが、紫闇は既に勝ちを確信していた。

結界に入ったヒビは、当然攻撃した紫闇も気がついている。それが修復されないということは、おそらく魔力が足りていない、つまり、あまり長くは持たないだろう。

その予測の他にもう一つ、紫闇が勝ちを確信している理由がある。

それは、あまりに単純なことだった。


真尋が、紫闇を近づけまいと繰り返し〈炎弾〉を放ち続ける。

〈白蘭〉の手は、当たり前だが人のそれより大きく、特別支えがなくとも、真尋でも片手で行使できるくらいの余裕があった。

その為、連射性にも優れている。あくまで、普段の真尋と比べて、だが。


多少の疲労は見えるものの、〈炎弾〉の連発で体に特別負荷がかかっているように見えないところを見るとやはり、紫闇の予想通りなのだろう。


紫闇は、〈炎弾〉を躱しながら、時折防御して直撃から身を守ったりしながら、自信に注意を引きつける。

その結果、既に真尋の視界には__晃の姿が入っていなかった。


再び、紫闇が特攻を仕掛けに行く。

そして、同じように結界に阻まれ、攻撃の反動で真尋と紫闇はバランスを崩して倒れる。

結界のヒビが、また少し大きくなった。


(__狙い通りね)


真尋の様子を確認すると、紫闇は突然、前方に向かって叫ぶ。


「__晃!」

「おぅよぉ!」

「あっ……」


焦って、紫闇しか見えていなかった真尋の前に、魔力を溜め込んだ拳を振りかぶる晃が姿を現した。

晃の攻撃を受けてはまずい。それは当然、真尋も理解していた。

だが、尻餅をついて、地面に手をついているような状態に加えて、慣れない魔導兵器を使用している最中だ。

理解していても、すぐに動き出すことは出来なかった。


そして、晃の拳が結界を叩き、硝子が割れるような破砕音を響かせて、結界が砕け散った。


「あっ……」


呆然としたような声が、真尋の口から溢れる。

そうしてすぐさま、紫闇が動き出して、真尋の心臓目がけて、その凶悪な手を振りかざそうとする。


「ちょっ……」

「おい待て、お前何するつもり__」


紫闇の思わぬ行動に、不意を突かれた観戦席の柚葉や猛は間に合わない。

その間にも、紫闇の右手が容赦なく真尋の心臓に振り下ろされ__


体に直撃する寸でのところで、紫闇はその手を止めた。


間に合わないとわかっていても、反射的に動き始めていた猛たちは、目を丸くしながら不格好な状態で、観戦席からその様子を見ていた。


「ひぇ……」

「__はい、おしまい」


紫闇はゆっくりと手を引きながら体を起こすと、パンパンと手を払うように叩いて、ため息をつく。

その後ろでは、晃がニッと笑みを浮かべていた。


「真尋ー、途中で俺もいること忘れてたろ」

「うっ……、なんかごめん」

「まあお陰で不意打ちに成功したわけだけどな!」


真尋に忘れられ、紫闇にいいように使われたにも拘らず、晃はまるで気にしていないかのように笑いとばした。

対して紫闇の表情は、少し険しい。


「確かにその兵器の特殊能力は厄介だったけど、使いこなせてる訳でもないんだから調子に乗らないの。大体、試験で吐血したの忘れてない?」

「お、覚えてるよ〜……」

「また無茶したら、前みたいになるわよ。あるいはもっと酷い事に……」

「う、うぅぅ〜……」


紫闇に説教される真尋。説教の内容は正論ばかりで、真尋は反論も出来ずに唸ることしか出来なかった。

そこに、観戦席から降りてきた将真たちも降りてくる。


「流石に今のは、見ててヒヤッとしたぞ」

「片桐先輩も甘いですね。これくらいの方がいいんですよ。痛い目を見た方が戒めとしては効果的です」

「だからって、あそこまでやることはねぇだろ」

「……文句あるんですか?」

「あ?」


猛の小言に対して紫闇が突っかかると、明らかに不愉快そうな態度を見せる猛。

一触即発の雰囲気に、真尋やリンは少しオロオロしていたが、晃と将真が割と本気で二人の頭を引っぱたくことで霧散した。


「いてぇじゃねぇか……」

「何すんのよ……」

「先輩相手に態度がデカすぎだよ。ちょっと落ち着けって」

「お前もだよ猛。後輩の言葉に一々腹立ててもしょうがないぞ。大人気ないし」

『ぐっ……』


紫闇も猛も、納得はしていないようだが、その場はとりあえず矛を収めてくれた。

落ち着いた様子を確認すると、今度は柚葉が口を開く。


「まあ何はともあれ、〈白蘭〉のデータも取れたし助かったわ。暫くは調整のために預るけど、今後持ち主は真尋だから、必要になったら私に連絡してくれればいいわ」

「はーい!」


ついさっきまで、説教されていたにも拘らず、元気な返事を返す真尋。

その様子に思わず笑みを溢しながら、柚葉は〈白蘭〉を回収し、その場を後にした。


ここは瑠衣の影の中に生み出された空間だ。

いつまでも無駄に居座っていては、彼女に迷惑がかかってしまう。


「それじゃ、俺らも出るか」

「うん、そうだね。任務のあとのこれだったから、お腹空いちゃった」

「いいっすねぇ。じゃあみんなでどっか食べに行きましょうか」


リンの提案に賛成する莉緒が、どんどん話を進めていく。

真尋の体も、魔力が少し不足している以外に異常はないようなので、〈莉緒小隊〉と〈真尋小隊〉、猛という珍しい面子で、外食をすることになった。




手近なファミレスで簡単な夕食を済ませ、他愛ない話をした後、七人は別れた。

その帰りの道中、神妙な声音でリンが二人に声をかける。


「……ねぇ、将真くん、莉緒ちゃん」

「ん?」

「どうかしたっすか?」


その声に振り向くと、リンの表情は真剣味を帯びていた。


「……やっぱり、ボクはこのままじゃダメかなって思うんだ」

「……まあ、確かに」

「悩みどころではあるっすねぇ」

「うん、だからね……、明日、柚葉さんに、改めてお話してみようと思うの」


柚葉には今、都市の外での任務を禁じられている。

それは、リンの不調スランプにより続く弱体化と、将真の〈魔王化〉による負担を考えてのことだった。

まあ、将真に関していえば、多少とはいえ〈エクス・ブラスター〉をものにしている。ゆえに、あえて〈魔王化〉までして、体に負担をかける必要はそこまでなくなりつつあるのだが。


だがリンは、今日の真尋の様子を見ていて、妙に落ち着かない気持ちになったのだ。


このままでは、仲間や、後輩にも置いていかれるのではないかと。


「焦りが良くないのは分かってるけど、でもやっぱり、実戦もしないで不調が回復するとも思えないんだ」

「……そりゃ、体はなまるだろうな、やっぱり」

「だから、明日話をしようと思う。それで、できたら二人にもついてきて欲しいなー……、って」

「なんだ、そんな事っすか」


少し申し訳なさそうなリンに、莉緒は呆れたように息をつくと、にっと笑みを浮かべた。


「当然ついてくっすよ。そもそも、同じ小隊メンバーじゃないっすか」

「……うん、そうだね」


そう言いながらも、リンは安堵の表情を浮かべて少しだけ笑った。

今日はもう任務は愚か、話をつけに行くにしても遅い時間だ。

そのまま三人で学生寮に戻り、それぞれの部屋でゆっくり体を休め、明日へと備えるのだった。




そして翌日。

三人は朝礼が始まる前に集まると、足早に学園長室へと、話をつけに向かった。

話の内容は勿論、都市の外への外出許可と任務許可。


「……そう言われてもねぇ」


リンの話を聞いた柚葉は、深刻ではないものの悩ましい表情でそう溢した。

柚葉とて、理不尽でそんな命令を出している訳では無い。むしろ、〈莉緒小隊〉を心配しての事なのだ。

将真は戦闘が続くほどに魔王の力を使い、その侵食が進んでいく。将真の魔力源は魔王によるものなので、どう足掻いても少なからず、魔王の力に頼ることになる。

リンも不調が回復しない。少し前までは、制御不能で暴走するか、弱体化するかを交互に繰り返していたが、今では弱体化が続いている。まともな戦闘ができるかも怪しいのだ。

そしていくら莉緒でも、そんな爆弾二人を抱えて、十全に戦えるかはわからない。

タダでさえ、魔王を宿す将真と不幸体質気味なリンのせいで、良くないことに巻き込まれやすいのだから。

だが、ここで引くくらいなら、勿論リンも話には来ない。


「危険なのは分かっています! でも……、このまま安全地帯でじっとしているよりは、体動かした方が、早く調子を取り戻せると思うんです! ……多分」

「多分って……」


呆れたようにため息をついて、柚葉は考え込む。

やはり柚葉としては、今の将真とリンを、都市の外に出したくはない。

将真は実の弟であり、リンはリンで、妹のような存在でもあるからだ。


(でも確かに、このままじっとしていても、調子が戻るとは思えない……)


少なくとも、良くはならないだろう。

良くて精々、脱不調程度のものに違いない。

それならいっそ、都市の外での簡単な任務を任せた方がいい気もする。


(いやでも、リンとか将真が面倒事を引っ張ってくるかもしれない。特に今のリンでは、そうなったら対処できないし……)


唸るような声を漏らしながら、難しい顔で考え続ける柚葉に、莉緒が声をかける。


「大丈夫っすよ、学園長」

「莉緒……」

「今までも何とかなってきたじゃないっすか。特に将真さんなんか、知らない間に強くなって、窮地を脱するすべもある。楽観視する訳では無いっすけど、そこまで厳重に縛る事もわないんじゃないっすか?」

「……油断は禁物よ、なんて言うまでもないか」

「勿論、心得てますよ」


莉緒の言葉に、深々とため息をつくと、また少し考え込む。その間向けられ続けている視線に耐えられなかったのか、ようやく柚葉は根負けして口を開いた。


「はぁ……、もう、わかった。いいわよ、許可します」

「ホントですか!?」

「冗談なんて言うつもりは無いもの。ただし、任務は私が指定するから。文句があるなら許可は出せないわよ?」

「あ、ありません!」

「っし、久しぶりの外だな」


説得が成功し、リンの後ろで話を聞くに徹していた将真も喜んでいた。

実年齢より少し大人びていて、柚葉の気持ちもわかるのだが、リンの気持ちもわかるため、口を挟めないでいたのだ。

こう見えても将真は、普段は冷静な少年なのである。


「それで、任務の内容はなんすか?」

「んー、そうねぇ……」


柚葉が個人的に持つ、少し大きめの端末。その画面には、今ある全ての任務が表記されていた。


(この中でまだ受注されてなくて、今のこの子達でも安全にこなせるような任務は……)


暫く画面をスクロールしていくと、丁度いい感じの任務が視界に入ってきた。


「……じゃあ、これをやってもらおうかしら」

「これは……」

「え……?」


莉緒がその任務内容を確認していると、後ろから覗き込んでいた将真が、思わず声を漏らす。

だが、別に脅威的な難易度という訳でもない。むしろ簡単すぎるくらいなのではないか。

将真が驚いたのは、まさかいるとは思わなかったからである。


そして柚葉は、改めて将真たちに告げる。


「あなた達には、スライム退治をやってもらうわ」

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