第1話『想定外の組み合わせ』
結局盆中ろくに更新もなくすいません…
序列戦第三試合。
将真は前回、この段階で猛と戦い、惜敗という結果に終わった。
今回の彼の目標最低ラインは、この第三試合の突破なのだが……。
「お前、本当に魔導師一年目かっ!?」
「正しくその通りだよっ!」
相対する男子生徒の魔術は、いとも容易く将真が生成した剣で薙ぎ払われて消滅する。
普通は魔術を切り落とすなど、簡単な技術ではない。実際、将真もそんなことは出来ない。
だが、彼の魔力の性質上、並の魔力では将真の剣に触れると同時、消滅させられてしまうのだ。
お返しとばかりに将真が魔属性魔力で作り出した十センチ程度の3個の球体、〈魔弾〉を投げ返す。
一弾目、二弾目は何とか回避する男子生徒だったが、三弾目は直撃となってしまった。
それだけならばまだいいが、見た目よりも遥かに威力の高いそれは、直撃と共に爆発し、男子生徒を吹き飛ばす。
「うわぁっ!」
「よしっ」
直撃を確認し、小さくガッツポーズを作ると、すぐに腰を低く下げて、一気に地面を蹴り加速する。
将真の接近に気がついた男子生徒だったが、ダメージのせいでうまく動けない。
それでも突き出される剣を紙一重で体を掠める程度に済んでいた。直撃していたら、おそらく戦闘不能は確実なものとなる。
だが、男子生徒の悲劇はそれでは終わらない。反撃をしようと〈水弾〉を放つが、その時既に、将真はその場に立っていなかった。
闘技場の外から見ていれば気がつけるだろうが、凄まじい速さでスライド回避した将真が、そのまま男子生徒の背後に回り込んだのだ。
目で追えないような、尋常な速さという訳では無い。だが勿論、遅い訳では無いので、死角をつかれた男子生徒には消えたような錯覚すら覚えていた。
そして男子生徒は、不意に足が沈むような感覚に驚愕する。
足を引っ掛けられたのだと理解した時には、既に地面に倒れていた。
そうして目を開くと、体を屈めて、剣を突き立てるように、自分の顔めがけて振り下ろす将真の姿が目に映った。
外野が息を呑む中、恐怖に目を閉じるまもなく__剣先は、男子生徒の目の前で止められていた。
「……こ、降参。俺の負けだ……」
『試合終了。__勝者、片桐将真』
相変わらずの無機質な機械音声が決着を告げる。
観戦席で見ていた生徒達がそれぞれに声を上げて、口々に賞賛を口にしたり、二人の健闘に拍手をしたりしていたが、勝った将真の表情はあまり晴れやかではない。むしろ険しいくらいだった。
(最低目標は超えた。次は第四試合か……)
そしてその相手の名前を見て、将真は顔を顰めていた。
やっぱりそうなったか、と。
将真の次の相手は、幸か不幸か、今もまだ十席の中に居座る強者。
ブロック戦準決勝で当たることになるのはあまり幸先がいいとはいえないが、ここで勝てば十席入りも夢ではない。
そうやって気を引き締め直していると、丁度次の対戦相手が目の前に姿を現す。
「あ、将真さん。次試合だね」
「そうだな。胸を借りるつもりで挑ませてもらうよ、真那」
小隊の序列は学年トップ、学園で見ても最強クラスの〈遥樹小隊〉に所属する真那は、今のところ三度連続で学年序列8位の座を守っている。
闘技場があまり広くない以上、彼女は全力を発揮しにくいというハンデを負っているわけだが、得意とする遠距離戦を徹底すれば遥樹にすら負けることは無い程の実力があるのだ。当然、伊達ではない。
だが、今回の将真は特に、容易く負ける訳にはいかなかった。
(初戦で終わったリンの分まで、俺は勝ち続けてやりたいからな)
真那は、やる気十分な将真の表情を見ると、普段あまり表情を出さない顔に、僅かに笑みを浮かべて立ち去っていった。
次の試合まではまだ少し時間がある。
将真は、少し足早に医務室へと向かうのだった。
医務室で将真を待ち構えていたのは、意識のないリンと、その様子を見守る莉緒だった。
「おっ、将真さん。第三試合、お疲れっす」
「おう。それでリンは……、まだ起きないか」
「そうっすねぇ。そんなヤバいダメージではないはずなんで、今日中にも目を覚ますとは思うんすけど」
今回は初戦敗退で終わったリン。
その結果に改めて直面するのだろうと思うと、目を覚ましてからのリンが少し不憫だと思う。
だが、今回の敗北は、仕方ないものだった。
リンは確かに、魔導師としての能力は衰えているが、単純な戦闘能力は上がっている。
基礎的な魔術や魔法は使えるのだから、自分と同じ生徒を相手に、そう簡単には負けはしない。
だが、今回リンの相手をしたのはなんと杏果だったのだ。
二人の今までの序列を考えれば、まずブロック戦決勝まで当たることの無い組み合わせ。
もう決定事項となっていたがために、変更することも出来なかった。
「__まあ、イレギュラーな事態なのは認めるしかないけど、いつかは当たるんだし。それに、久しぶりにリンとは戦ってみたいと思っていたのよ」
「……うん、そうだね。ボクも、今自分がどのくらいなのか、改めて確かめたいと思ってたんだ」
遡ること数時間。
理解できない事態だが、杏果は呆れたように苦笑を浮かべるだけで、心境としては余裕があった。
だが、リンはそういう訳にもいかない。不調でなくとも杏果の実力はリンより上だ。加えて、弱体化していくリンとは違い、杏果もまた当然のように成長しているだろう。
タダでさえ勝ち目が薄いというのに、初戦の相手というのだから、溜まったものではない。
それでも、焦燥をできる限り押し殺して、強ばった笑みを杏果に返した。
二人が位置につく。
いつも通り、機械音声がカウントを始め、試合開始の合図を鳴らす。
すぐさま、リンが飛び出していった。
長期戦になれば完全に勝ち目がなくなると理解しているのだ。
鋭い突きが杏果に迫る。
だが、やはり肉体強化すら満足に使えない状態では、さほど速度は上がらない。
これでも並の学生なら十分やれるが、杏果に直撃させるには遅く、難なく回避されてしまう。
それを理解していながら、リンは次々と刺突を繰り返す。
その絶妙な狙い方は、最近の鍛錬で得た技術であり、繰り返されると流石に、杏果も回避し続けるのは難易度が高かった。
仕方なく後退する杏果。その跳躍するタイミングを狙って、リンが魔術を放つ。
彼女がよく使う、〈ウインド・スラッシュ〉だ。
杏果の着地と共に、彼女に吸い込まれるように飛んでいった魔術が、直撃と同時に爆風を起こす。
リンはまだ、休まない。
そのまま地面を蹴り出して、巻き上げられた砂煙の中に突撃していく。
杏果の場所をだいたい補足してからの突撃だ。このまま直進で杏果に辿り着ける。
握る槍に、魔力が充填されていく。
ただしこれは、リンの切り札である神技〈魔槍〉では無い。
それを模した、単純かつ強力な一撃だ。
砂煙の中、杏果の姿を確認出来ると、魔力を纏う槍を躊躇なく突き出す。
リンの作戦では、上手く行けばこれで杏果は詰みだった。
果たして杏果は__自身の斧で、迫る槍を叩き割った。
「えっ……!?」
「流石ね、やるじゃない__!」
呆気に取られているリンの鳩尾を、杏果が戦斧の柄で思い切り突く。
たちまち砂煙の中から放り出されたリンは、攻撃によるダメージで吐きそうになるのを必死に抑えていた。
(……そんな事だろうとは思ってたけど)
リンは、消えつつある砂煙の中から出てくる杏果を見て思う。
戦斧で一気に勝負を決めることも出来たはずだが、杏果はそれをしなかった。
明らかに手を抜かれている。
リンには甘い杏果の事だから、それは仕方のないことだったのだろう。だが、リンからしてみれば、これ以上に悔しいことはない。
(杏果ちゃんの性格からして、ボクを侮辱することはないと思うけど……、手を抜かれるのはやっぱり嫌だなぁ)
苦しさを抑えて、少しふらつく足でゆっくりと立ち上がる。
杏果は、そんなリンの姿を見て、少し辛そうに表情を顰めた。
(……傷つけたくないし、あの子の不調は分かってる。だから、出来れば降参してほしいんだけどね)
だが、リンの思いも知っている。
だから杏果は、リンに諦める気が毛頭ないことは理解していた。
そして、そんな無茶をする親友に対して、今自分が出来ることも。
(我ながら手加減ってものを知らないからね、私は。少し手荒になるけど__速攻でカタをつける!)
本当なら真っ当に成長したリンと力比べをしてみたかったのだが、原因不明の不調でそれも望めない。楽しみではあったが、ここはリンのためにも早いところ決着をつけるのだ。
足取りがおぼつかないリンは、迫る杏果の攻撃に反応しきれない。
結果的に、杏果の横殴りに振り回された一撃をほとんどそのままの威力で体に受けて、吹き飛ばされてしまった。
「あぐっ……!」
「意外と、タフじゃない!」
今の一撃で意識を借り取れなかったところを見て、少し意外そうにした杏果だったが、すぐに切り替えて再び攻撃を仕掛けに来る。
(まだだ、こんな簡単に、負けられない!)
気合で何とか体勢を整えると、横に飛んで振り下ろされる戦斧を危ないところで回避する。
まさか今のリンの体力で躱されると思っていなかった杏果は、驚いた様子で隙を見せていた。だが、流石にすぐに攻撃に移れるほどの体力も残っておらず、リンはその場に留まる。
結果、リンの体にはダメージが蓄積されているものの、振り出しに戻ったような形だ。
「……ねえ、リン。まだこれで終わりって訳でもないんだし……、今回はここで諦めて、降参するつもりは無い?」
「……ごめんね、付き合わせちゃって。でも、降参なんて、絶対しない!」
ここまでやられても、闘志が衰える様子はない。
ならば、と杏果は新技を披露することを決めた。ただし、リンにとっては既に見ている技でもあるのだが。
動きはほとんど変わらない。
リンに攻撃を仕掛けに、杏果がいつもより強く地面を蹴る。
警戒していたリンだが、注視しているとあることに気がつく。
あまり大きな差ではないのだが、いつもより速いのだ。迫ってくる速度が。
反応できないほどではないが、いつもと違う攻撃のテンポが、接触の度にリンの調子を狂わせる。
それだけではない。
攻撃特化であるためかよりわかりやすく、攻撃力が増していた。
互いの武器が交錯する度に手に伝わる衝撃に、遂に耐えきれなくなったリンが手を離す。
瞬間、狙っていたかのように、がら空きの胴に杏果が蹴りを叩き込む。
「かふっ……!」
吹き飛んだリンは地面を一度跳ねるように叩きつけられると、そのままの勢いで壁に衝突。肺の中の空気を全て出し切って、苦しそうに悶える。
(ど、どういう事なの……?)
杏果の動きが理解出来ずに顔を上げると、いつの間にかその本人が目の前にいた。
「あっ……」
「……何よその顔は。しぶとく諦めるつもりは無いんでしょ?」
リンの表情が一瞬、怯えたようなものになったのを見て、杏果は少し呆れるように嘆息した。
「……なにを、したの?」
「……なんだと思う?」
そんな風に杏果が問いかけてくるが、それを考える思考力すら残されているか、怪しいものだった。
それを見て理解したのか、杏果はすぐに口を開く。
「学園長から教えて貰ってね。私にぴったりだと思ったから、習得しちゃったのよ」
「……何を?」
「〈エクス・ブラスター〉よ。まだ、未完成な状態だけどね」
思わずリンは絶句した。
将真が現在習得し、完成に近づけようと躍起になっている、自身を強化する魔法。
彼も大概早かったが、杏果も習得までの時間がかなり早いように思えた。
リンたちが任務を終えたのは一瞬間ほど前。そして〈エクス・ブラスター〉の話をしたのもその時。つまり早くても、杏果がその話を聞いたのは一週間ほど前ということになるのだから。
もうほとんど動けない状態で、それでも起き上がろうとするリンを見下ろし、杏果は静かに斧を振り上げる。
「……安心して。そんなに痛くはしないつもりだから」
「く、うぅっ……!」
苦悶の声を漏らしながら、悔しそうな表情を浮かべるリン。そんな彼女の頭上から、無慈悲な一撃が襲いかかり、リンの意識を容易く刈り取った。
後にリン自身も認める事だが、予想以上に粘ったとはいえ、杏果にあっさりと敗北してしまった。その結果に同情を覚える生徒達は多かったが、リンはただただ悔しいばかりだった。




