プロローグ『そしてその日がやってくる』
更新遅れました。
二章開始です。
時折、相当深い眠りにつくと、無意識のうちにたどり着く夢の世界がある。
目を覚ますと、夢を見ていたような気がするだけで、どんな夢を見ていたかなど、思い出せもしないが。
それでも、この無意識の世界に来るたびに思い出す。
ああ、また夢か、と。
だが、今日はいつも見る夢とは違った。
暗い世界に、自分と徐々に明確になっていく人影の夢__ではなかった。
見上げれば空。
厚い雲がかかっているが、時刻としては日のある時間帯なのだろうか。雲間から日差しが差し込んできて、光の帯が大地へと降り注ぐ、幻想的な光景。
対して、見下ろせば荒野。
元々多くはなかったであろう緑は、おそらく戦地になったせいだろう。芝は踏み荒らされ、所々生えていたのであろう木々も倒され、地面すら乾いてヒビが入り始めていた。
そして、無数の使い物にならなくなった武器が突き立てられ、或いは無造作に打ち捨てられていた。
そして将真は気がつく。
視界に映る、山というにはいささか小さすぎるそれを。
せいぜい、10メートルにも及ばないそれは、有象無象の魔族の骸。それが山のように積み重なったものだった。
その頂上には、遥か遠くを見上げる人影が確認できた。
するとその人物は、将真に気がついたように振り向く。
黒いローブが揺れ、白くくすんだ長い髪が、風になびいていた。
その表情までは見ることが出来なかったが__確かに涙を流していた。
その姿が、あまりに哀しく見えて、心の奥底が締め付けられるような、何ともいいようのない感情が湧き上がる。
だが、不意に意識が遠のき、浮遊感を覚えると、そのまま何かを考える間もなく、急速に景色が遠のいていって__
再び、将真の記憶に蓋を置いた。
早朝。
ここ最近の彼女は、変わらずいつも焦ったように、山を駆け登っては駆け下りてくる。
普段の鍛錬メニューも、もう1年くらいにはなるだろうか。少しずつ、苦痛を覚え始めていたのは。
だが、その苦痛は鍛錬の内容によるものではなく、成長どころか衰えていく様子が目に見えているがゆえの、精神的なものだった。
そのタイムは、30分に達しそうで、一年前よりも目に見えて遅くなっていたのである。
「……くそっ、これじゃダメなのに……、何がダメなの?」
理由のわからない不調に、不安と苛立ちを覚えながらも、リンは変わらず、鍛錬に勤しむのだった。
各々が準備を始める中で、のんびりと布団で起き上がり、伸びをする。
いつもは鍛錬の時間だが、将真たちと考え方が違う莉緒は、むしろ余裕を持って眠りから覚めた。
完治には間に合わず、絶対安静と言われていたが、それを無視して学生寮の自室へと戻ってきていたのだ。
勿論将真たちには止められたが、最近は任務を控えているし、鍛錬も少し体を動かす程度にとどめているので、そこまで影響はない。
まだ本調子とは言い難いが、今のところは問題ないと言ったところだ。
「ふぁ……、あぁ、よく寝た……」
「__よっしゃ今日は、俺の勝ち!」
「ひょえっ」
唐突に、寮の部屋が強く開け放たれて、まだ寝ぼけていた莉緒の頭は、間抜けな声と共に完全な覚醒状態へと移行した。
そして、息切れをしていた将真の背後では、同じように息を切らしていたリンがいた。
「あぁ、もう、ちょっとしんどい……」
「朝から何やってんすか?」
「あっ、莉緒ちゃんおはよう」
「お前、体調は問題ないのか?」
本来ならば鍛錬の不参加を咎められるところだが、莉緒の体調が万全でないことは2人とも理解しているので責めることは無い。
……まあ、元々莉緒はそこまでストイックではないのだが。
そして将真も、以前までのリンも、そこまでストイックでは無い。
今のリンは、かなり焦っているようで、ストイックな鍛錬を繰り返しているわけだが。
「とりあえず試験に参加できるくらいではあるっすけどね。それよか、試験日こそ体を休めるべきだと思うんすけど」
そう。今日は2年生に進級して初の序列戦試験だ。将真とリンが熱くなるのも無理はないが。
「いや、体を温めておいた方が、試験中動きやすいだろ?」
「それにこれは習慣だし……」
「まあ、そうっすよねぇ」
2人とも趣味はあるのだが、あまり欲がない。その為、鍛錬に時間を割く事に抵抗が少ないのだ。
そしてそんな2人に、若干呆れる莉緒である。
「とりあえず俺は前より勝ち進むのが目標かな」
「おや、十席入りするとは言わないんすね」
「そこまで自惚れてないんだがな?」
確かに、将真の魔導師としての実力は、序列上位者と比べると未熟だ。
だが、今までの戦績や、仲間として近くで将真の戦いぶりを見ていた莉緒は、不可能だとは思っていなかった。
行き過ぎた謙遜だとすら、思えるほどに。
「ボクは……、うん。この不調が改善されるまでは、20位以内のキープを目指すよ」
「お? でもそれって、十席目指すという意味にも聞こえるっすよ?」
「もー、からかわないでよ。まあ、出来るなら狙うけど、流石に今のままではみんな強いから勝てないと思うし……」
リンが自覚しているように、流石に今のままではリンの十席入りはまだ望めそうにない。
「まあ自分も本調子じゃないんで、十席から落ちないように頑張る程度が目標っすかねー」
などと、三人ともあまり強気ではないような発言をしているが、実際は上位しか狙っていないという事実。
これを普通の生徒達が聞いていたらどう思うだろうか。寮部屋での会話なので、聞かれる心配もないのだが。
「とりあえず二人とも」
「おう?」
「うん?」
「汗臭いんで、学校行く前に早く体流してくださいっす」
「あっ……」
「おう……」
汗だくのまま立ち話をしていたことに気がついた将真とリンは、少し複雑な表情を浮かべた。
リンに先を譲り、将真も体を流し終えると、いつも通り食堂に立ち寄って朝食をとる。
先に来ていた、〈美緒小隊〉と〈杏果小隊〉もいっしょだ。
「将真、ちゃんと準備してきたか?」
「準備もないもねぇだろ」
「体は動かしてきたぞ?」
響弥の質問に横からツッコむ猛だったが、将真の返事を聞いて、「そういう事かよ」と食事に戻る。
杏果たちは莉緒の体調とリンの不調を心配していたが、いつも通りの彼女たちを見て、少し安心した様子だった。
「俺は前より上位を狙う」
「じゃあ今のリンとか前々回までの静音くらいね。まあ、猛も前よりやっぱ強くなってるし……」
「わ、私はいけると思うよ。うん」
杏果の言う通り、猛がかなりの勢いで伸びてきているのは事実だ。
以前伸び悩んでいただけに、今の伸び代が見えなくなった状態では、おそらくまだ強くなれるだろう。
佳奈恵も、少し高揚した様子で首を縦に振っていた。
ここにいる九人、当然それ以外の生徒達もそうだろうが、狙うは上位。
それぞれの目標は高く、実力を考えれば、それは十分に可能性のある話なのだ。
だからこそ、あんな事になるとは誰も、予想もしていなかったのである。
食事を終え、身支度を済ませて学園に行くと、二年生が集められ、改めて序列戦の説明を受ける。
そうして渡された序列戦の用紙を見せられて、リンと杏果が驚いたような表情を見せる。
二人を除くいつものメンバーは、驚いた様子は見えない。
それは当然で、渡される用紙と言うのは、自分のブロックのトーナメント表しか表示されていないからだ。
異変に気がついたのは、同じブロックの二人だったからこそである。
『これって……』
顔を見合わせたリンと杏果は、呆然と呟いた。
そんな二人を待ってくれるわけもなく、ついに序列戦は開始された。
『__もう時期、作戦決行の準備が整いそうですよぉ。協力感謝致しますぅ』
「わざわざ報告してくるとはらしくない」
明日は大雨か、と思いながら、魔王軍のリーダー代行者は肩を竦めた。
〈大賢者〉は基本的に自由人であるがゆえに、こうして連絡を寄越すこともなく、勝手な行動をとることが多い。それにより、自軍に損害が発生しようと、目的が果たせればお構い無しだ。
つい先日の件に関しても、〈外道〉が生み出したクローン吸血鬼の3割を失う事になったのだから。
『そう言わないでほしいものですねぇ。今回報告したのは、あなたに協力してもらうからなんですよぉ』
「それで、そろそろ聞かせてもらおうか。その作戦とやらを」
ここまできて、口を閉ざすことはないだろうなと〈大賢者〉を睨みつけ、強烈な威圧感を放つ。それを〈大賢者〉は意に介した様子もなく、だが、思いの外あっさりと口を開いた。
『〈魔人〉って、知ってます?』
「ああ。魔属性の魔力を有する魔導師だな」
その性質上、ほとんどが先天性であるのだが、魔属性魔力を持つ魔導師。それが〈魔人〉だ。
〈2度目の終焉〉以前はそんな呼称はなく、むしろ忌み嫌われる存在でもあった。魔族と同じ力を持った人間が生まれてくるのだから、無理もないのだが。
そして現代。世界中に〈魔人〉は、数えられる程度しかいないと言われている。
「それで、その〈魔人〉がどうした?」
『察しが悪いですねぇ。いるんですよ、その〈魔人〉が、〈日本都市〉に』
「片桐将真とは違うのか? 確か〈日本都市〉の自警団団長も魔属性魔力を持つ魔導師だったはずだが」
『どちらも違いますよぉ。片桐将真の場合はあくまで〈魔王〉の力。〈魔人〉とはまた違うんですよぉ。それと自警団団長もまた似たようなケースでして、内に秘めてる怪物が魔属性魔力を持っているだけなんでぇ』
「……つまり、定義として当てはまる、正真正銘の〈魔人〉がいると。〈日本都市〉に?」
『ええ、そうですとも』
大げさに頷いてみせる〈大賢者〉を見て、リーダーは考え込むように椅子に深く座る。
今までの報告でも、そんな化け物がいるとは聞いていない。
〈魔人〉とは、単純に魔属性魔力を有している訳では無い。ほかの魔導師たちと比べても一線を画する、極めて強力な力を持つ者なのだ。
それこそ、魔族にとっても十分すぎるほど脅威になるような。
『しかし利用したいのは山々ですが、どうもその力自体は封印されているようでしてねぇ。とりあえずその封印を解くなり力を分離させるなりして、こちらで上手く使えるように手を打たなければならないんですよねぇ』
「封印か……。しかし、本人の中に力は眠っているのだろう? どいつかは知らんが、分離なんて出来るのか?」
『その辺はお任せ下さい。それでは、上手くいったあとの動きですが__』
その後、二人は暫く作戦を吟味し、練っていく。
そうしてようやく、〈大賢者〉のいう作戦がリーダーの中で落とし込む事が出来たようで、その作戦の、正式な決行許可が出されたのであった。
作戦開始まで、あと数日ほどかかる見込みだったが。




