第22話『VS〈嫌悪〉Ⅱ』
もう既に満身創痍もいいところの陸と海は、空の呼びかけに答えて、3人で遺跡の壁に穴を開けるつもりらしい。
余りにも無茶であった。
陸と海は、むしろ暫く安静にしていなければならないのに、無茶をして再起不能にでもなっては大変だ。
無論、そんな事はそう高頻度で起こりうる事はないが、あまり無茶を繰り返せば、その限りではない。
「おい空、2人の状態分かってんだろ!」
「……片桐先輩は黙ってて下さい」
「そんなこと言ってる場合か! あまり無茶させて、体壊したりしたらどうするんだ__」
「片桐先輩」
空の態度に憤りを覚える将真は激昴するが、それを止めたのは陸だった。
「あんまり俺らを侮らないでほしいですねぇ」
「そうだね、これでも……〈星宮家〉の一員なのだから」
空は、2人がどう動くのか、分かっていたのだろう。彼らは、どうせ何を言わずとも無茶を選ぶと。だから敢えて、命令する形にしたのだ。あくまで主として、従者に対して。
それに、現状動くだけでも辛い陸と空だが、大怪我をしているわけでもなく、そしてやる事自体は難しくもなければ大きな負担があるわけでもなかった。
主の、そして助けに来てくれた将真たちの命もかかっているこの時に、その程度の無茶を通すこと、2人にとっては大したことではなかった。
「よっしゃ……、やるぜ、海」
「もちろん。先輩達は、邪魔が入らないように、吸血鬼たちの足止めを……」
「……わかった。体壊すような無茶だけはすんなよ」
(それ、将真くんが言うかなぁ?)
思わずそう思ったリンだったが、正直口に出していたところで、仲間たちが一緒だったなら同意してくれていただろう。
だがとりあえず、後輩達の前なのであえて口に出すことはしなかった。
近づいてくるクローン吸血鬼たちは、その大半を将真が受け持ち、リンがサポートしながら撃墜していく。
その間に、陸と海は壁に両手をつけて魔力を流し込んだ。
それから少し経つと、徐々に壁が歪んできた。
否、ぬかるんできているのだ。2人の魔力属性、〈地〉と〈水〉が合わさることで、ただの壁となり果てた遺跡の壁を崩しているのである。
ただ、このままでは範囲が広すぎるため、途中でやめなければ行けない。そして止める前に、そこから抜ける穴も作り出さなくてはいけない。
そこで空の出番だ。
空の魔力属性は、〈風〉と〈光〉の2つだが、今回必要となるのは前者だ。
その手に魔力で形成された小さな竜巻を生み出し、それをぬかるんだ壁に叩きつける。それと同時に、空は竜巻を一気に膨張させた。
するとどうだろうか。ぬかるんだ部分は竜巻で吹き飛ばされ、大きな穴ができたのだ。
「マジか!」
「すごい……、合体技だね!」
将真とリンの感心した声に、だがまだ3人は安心していなかった。
このままでは、すぐに穴が崩れる。そうなる前に、この状態で固めなくてはいけない。
陸と海が、再び魔力を込めて、形を維持しようとしたその時、
「2人とも、ストップだ」
将真から制止の声がかけられる。
何事かと振り向けば、左手に持つ剣でクローン吸血鬼を叩き落としながら、空たちが作った空洞に右手を突き出していた。
「固めるだけでいいんだろ? だったら俺がやる。これ以上はやめとけ」
「いや、そんなこと言ったって、出来るんですか? 片桐先輩__っ!?」
ジト目で将真を見る空だったが、その瞳に宿る狂気じみた気配を感じて、空たちは思わず息を飲んだ。
だが、暴走している訳では無い。
「〈魔王〉の力使ってるとさ、魔属性魔力がすごい簡単に操れるんだよ。だからそれくらいは、やってみるさ。やったことは無いけど」
「将真くん、あんまりその力使い過ぎちゃダメだからね? たとえ外傷が無くても、負担は凄いんだから。無茶しちゃダメなのは、将真くんだって同じなんだからね?」
「勿論分かってるよ」
そう言うと、将真は突き出した右手を徐々に閉じていく。
崩れそうだった穴は、不思議な力に固定され、固められたわけでもなくぬかるんだ状態のまま、歪にも穴の形を保っていた。
「……どういう原理なんすかこれ」
「さすが将真先輩……。常識が通じませんね」
関心半分呆れ半分と、いつも他の人が将真に向けるような感情を抱いた陸と海であった。
とにかく、これでここからの脱出が可能となった。
将真は、背後の莉緒に急ぎ声をかける。
「莉緒っ、すぐにでも脱出できるぞ急げ!」
「いや、先に行ってくださいっす! どうせすぐに追いつくんで!」
莉緒の考えとしては、将真たちが脱出すると同時に自分が戦闘から離脱すれば、ちょうどタイミングよく将真たちと合流できるというものだった。
莉緒の速さを考えれば、それは十分可能であったし、逆に同時に離脱していては、すぐに追いつかれ危険が増すというのも事実だった。
将真がそれを理解しているかはわからないが、それを理解した空が、リンと将真の袖を引っ張る。
「先に出ましょう。迷惑にならないうちに」
「……うん、わかった」
「ちっ、仕方ないか」
何か考えがあるということだけは、リンと将真にも理解が及んだ。
だから、空の遊道に従い、外に出ることにした。
空が陸を抱え、リンが海を抱える。そうして4人が脱出したところで、将真は自分も脱出しようとしながら背後を振り向く。
そのタイミングで莉緒は一瞬だけ、全力で〈嫌悪〉を押し返して振り払う。
そして地面に足をつけ、一気に穴へと飛び込もうとした莉緒__その背中を、〈嫌悪〉の手刀が貫いた。
「は……」
「……え?」
押し返されたはずの〈嫌悪〉が、あまりにも体勢を立て直すのが早すぎて、2人の認識が間に合わなかったのだ。
ようやく認識が追いついた莉緒は吐血し、体はそのまま地面に倒れる。貫かれた傷口からも、血が流れだしていた。
動けない莉緒の襟首を掴みあげて、莉緒の顔を見上げるような形で、〈嫌悪〉はニヤリと笑みを浮かべる。
「最後の最後に油断したな?」
「う、ぐ……」
(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃぃぃっ!?)
何とか口に出すことも、表情に出すこともなかったが、その傷は今までにないほど痛く、今すぐにでも泣き出してしまいそうな程だった。
それこそ、思わず内心絶叫してしまうくらいには。
確かにそこそこの大怪我だが、実のところ将真のような、典型的な近接戦闘型の魔導師にとってはそこまで珍しくはない。
特に仲間内では、杏果や響弥がかなりタフだ。おそらく今の莉緒と同じ傷を負っても、暫くは痛みと戦いながらでも動けるし、その間に治癒も完了しているだろう。
だが、莉緒は近接戦闘型ではあるが他の魔導師たちとは違い、ずば抜けた速さを活かした戦闘スタイルであり、ヒットアンドアウェイに重点を置いている。
そのため、攻撃を受けることが少なく、ここまでの大怪我を負うような経験が全くと言っていいほどないのである。その為、痛みに慣れていないのだ。
無論、戦闘による怪我は珍しくないし、身体中ボロボロという経験もあるが、それらは今回負った傷に比べれば遥かにマシだと言えるだろう。
そして今の状況は莉緒にとって、今までにないほどのピンチだった。激痛で体を動かすのも辛く、魔力制御も上手くいかないから治癒にも時間がかかって、徐々に意識が薄れている。
〈嫌悪〉は、空たちを生かしたが、それは人質として使うためだ。莉緒たちが学生の割に危険で、自身の障害になると判断した以上、生かしておくことは無い。このまま、抵抗できない莉緒を、容易く殺してしまうだろう。
(そんな事、させてたまるか!)
莉緒の襟首を掴んでいる腕とは逆の拳に、魔力が溜まっていく。
〈嫌悪〉の狙いは腹。拳でぶち抜いて、今度こそ莉緒を殺すつもりで、その拳を振りぬこうとする。
その時、〈嫌悪〉は見た。
莉緒の姿に隠れて気付きにくかったが、いつの間にかすぐ側まで迫っていた、将真の影に。
〈嫌悪〉は莉緒への攻撃を中断し、将真が振り下ろす剣を振り払うように腕を薙いだ。
だが、将真を吹き飛ばすことは叶わず、2人の力が拮抗する。
「……その手を離せ」
「そういう訳にもいかん。少し遊びが過ぎたからな。流石にこれ以上はこっちも、ほかの連中が黙ってない。仕事はしなくちゃあな?」
僅かに力で勝った〈嫌悪〉が、将真を押し返す。
将真が着地するまでの間、〈嫌悪〉は考えていた。
次に突っ込んできたら、手負いの莉緒を突き返してやろうと。
そして隙だらけの将真を気絶させて生け捕りにした後、今度こそ残る莉緒やリンたちを殺すつもりなのだ。
だが、その計画が実行に移されることは無かった。
何故なら、着地と同時に地面を蹴った将真が、〈嫌悪〉の予想を遥かに超える速度で、懐へと潜り込んだからだ。
「なにっ!?」
(先程のあの速度は偶然ではないのか!?)
驚いた〈嫌悪〉は、慌てて空いている拳を振り抜いた。
とはいえ、驚きはしたものの、慌てるほどのことではないのだ。結局、莉緒よりは遅く、そして将真よりも〈嫌悪〉の力が強いのは、先程の接触で明らかだったのだから。
そんな〈嫌悪〉の思考を嘲笑うかのように、将真が振り抜いた右拳が、〈嫌悪〉の拳を弾き返した。
「ぐっ……!」
「離すつもりがないなら、離すまでぶっ飛ばすまでだ!」
更に2発目の拳が、〈嫌悪〉の眼前に迫り、動揺を見せた〈嫌悪〉は、莉緒を掴んでいた手を離して受け止めていた。
「案外、あっさり離してくれたな!」
「くそっ……!」
完全に侮っていた将真相手に、動揺して莉緒を逃がしてしまった。その事に対して悔しさを覚えると同時に疑問が浮かんでくる。
この常軌を逸した動きは、〈魔王〉の力だけではない。暴走しているのなら十分ありえる動きだが、実際のところは暴走している様子はない。
などと考えている間に、将真は莉緒を抱えて脱出しようとする。
遅まきながらもそれに気がついた〈嫌悪〉が、地面を蹴って急接近した。
「逃がさん__!?」
だが、追いついたと同時、将真が抱えていたはずの莉緒が見当たらないことに気がつく。
すぐさま奇襲を警戒した〈嫌悪〉は焦りがあって気がついていなかった。
そもそも、莉緒が動けるような状態ではないことに。
そして、上手く作られた脱出口の外で、落下していく莉緒を見た。
そう。将真は莉緒を穴の外へと投げ飛ばしたのだ。
下で待っているリンたちが何とか受け止めてくれることを信じて。
そして、構えた〈嫌悪〉に向かって、将真が斬撃を放った。
「〈黒断〉!」
「ぐっ!?」
やはり不可解な地力の上昇に理解が追いつかぬまま、〈嫌悪〉は穴の外へと放り出された。
そして大きな衝撃を受けた遺跡は、徐々に崩壊を始める。
そこから焦ること無く悠々と脱出した将真が、宙に浮く〈嫌悪〉を睨みつけた。
「あいつら助けるために来ただけなんだがなぁ。見逃してくれないなら、ここでお前を倒していくよ!」
「……そうか、お前も使えたか。〈エクス・ブラスター〉」
〈嫌悪〉はようやく理解したと言うように呟き、怒りを湛えた目で将真を睨む。その気迫に、思わず将真は息を飲んだ。
「学生で、このレベルの〈エクス・ブラスター〉……となるとそうはいない。だから〈嫌い〉なんだよ」
「……何がだよ!」
嫌な感じがして、そうそうに決着をつけようと飛び出した将真。だが〈嫌悪〉は慌てること無く将真を待ち構え、上から力ずくで叩き潰した。
「がハッ……!?」
「__お前のような天才型がだよ!」
そして将真は気がついた。
〈嫌悪〉の魔力が、徐々に膨れ上がっていることに。
つい今まで、僅かな間逆転していた力の差が、再びひっくり返されかけているということに。




