第12話『将真、学習しない』
1日遅れました。
事件が起きたのは、将真が柚葉から例の話を聞いた翌日のことだった。
昼休みが終わろうとして、皆がそれぞれ、任務なり専門授業なりに向かい始めた頃。
将真は、〈肉体強化・肉体活性魔法〉の常時発動の鍛錬を開始していた。
勿論、はじめから無茶をするような真似はしない。
とはいえ、5パーセントでもかなりの負荷で、これでペンや箸を持とうものなら、即座に粉々に握り潰してしまうだろう。
だが、まずはこの5パーセントの維持もできるようにならなければならない。
集中して、力の制御を誤らないように、慎重に行動する。
そんな時、将真の様子がおかしいと思ったリンが、背後から呼びかけたのだ。
「……将真くん?」
「うおっ」
鍛錬の方に意識を集中させるあまり、周囲に注意がいっていなかった将真は、リンの接近に気づけず、突然の声に驚いた。
驚いたら当然、集中力は切れる。
そして、昨日の学園長室出会った時同様、制御を誤った将真の足が、床を踏み抜いていた。
「えっ、ちょ、将真くん大丈夫!?」
「だ、大丈夫__ぅ?」
リンの声に振り返ろうとした将真だが、踏み抜いた床に足を取られて__そのまま、呆然としているリンを、押し倒すような形でバランスを崩した。
「うひゃっ」
「いでぇ!」
膝を強打した将真は、思わず呻き声をあげる。
だが、次いだ手の中の感触に、妙な違和感を覚えた。
打ち付けた膝とは違い、弾力があって柔らかい。
恐る恐る目を開けると……、案の定、と言うべきか。
将真の手は、リンの胸を鷲掴みにしていた。
「っ……!」
(あぁ、やっちまった……)
リンの顔が、みるみるうちに赤くなり、将真は冷や汗を垂らしながら心の中で呟いていた。
柚葉に、他社に迷惑をかけない程度にと言われたばかりで、しかも分かっていると返事を返したというのに。
「リン、こ、これはだな……」
「……将真くん」
「は、はい……」
言い訳をしようとする将真を、リンが静かな口調で呼ぶ。そして静かな口調というのがまた、将真の不安を煽っていた。
そして、キッと涙目を浮かべたリンが、平手を振り抜いた。
「バカァ__!」
「すんまヘブンッ!?」
ビンタを食らった将真の体が、ふわりと浮いた。
魔導に関しては不調続きのリンだが、それを補うために鍛えていた彼女自身の力は、以前よりもずっと増しているわけで。
それを実感しながら、将真は頭から床に激突した。
回想終わり。
そして、今に至る。
何とも、間抜けな結果であった。
それにしても、リンらしからぬ機嫌の悪さだったが、そちらについては不調続きで焦っているのだと容易に予測がつく。
ちなみに、いつの間にか2人のそばに立っていた莉緒は、面白半分呆れ半分というような、微妙な笑みを浮かべていた。
「まあその辺にしときましょうリンさん。別に珍しいことでもないっすしね」
「いや、そこまでの頻度はねーよ……」
莉緒の口振りに不満を申す将真だが、問題を起こした今、あまり強くは言えないのだった。
「それにほら、揉まれたら大きくなるって話もあるくらいっすよ?」
「じゃあ莉緒ちゃんの方が……、あ、ご、ごめんなさい」
「自分は別に気にしないっすよ? ほら、貧乳は希少価値って言うじゃないっすか」
「そ、そういうものなの?」
苛立ちで、言うに事欠いて莉緒に失礼な事を口に仕掛けたリンだったが、莉緒はポジティブに考えているようで、気にした様子は見受けられない。
とりあえず、莉緒との会話で少し落ち着いたリンが、ため息をついて将真に視線を戻す。
「将真くん……。なんでこんなことしたの?」
「なんでって言われても……、じ、事故?」
「事故でリンさんにエッチなことしてるの何回目っすか」
「エッチなことって……、まあ、悪かったよ……」
どの道、言い訳しても納得してもらえそうにはなく、自分が何をしていたのかを説明した。
あまり口外しない方がいいと柚葉に言われてはいたが、誤魔化しは効かなさそうであったから。
それを聞いたリンと莉緒は、少し感心したような表情に変わる。
「〈肉体強化魔法〉と〈肉体活性魔法〉の同時使用を、常時続ける鍛錬って……」
「相当ハードっすよねー、それ」
「さっきボクの……、胸を触ったのは」
「ほんとゴメン……。強化の制御を誤って、踏み抜いた床でコケただけだよ」
将真はもう、何度目か分からない謝罪を口にする。
だが、リンはもう気が紛れたのか、その話よりも将真の新しい鍛錬に食いついた。
「ボクでもできるの?」
「柚姉が言ってたように、相応の魔力が必要だから、今のリンではちょっと無茶じゃないかな」
「自分も、魔力量はほどほどなんで、そんな自信ないっすねー。まあ、やってみるだけやってもいいんすけど」
確かに、試して見る分には個人の自由である。
それに、莉緒は魔導師として非常に優秀だ。もしかしたら、容易く習得してしまうやもしれない。
すると、ふと思いついたように、リンがポンと手を叩く。
「あ、そうだ。彩先生に試しに行ってみない?」
「えぇ……。あんまり行きたくねー」
リンの提案に、将真はあまり乗り気になれなかった。
彩先生、と言うのは、将真たちのクラスを担当する教師だ。
本名は『美空彩』で、かつては〈美空家〉の名に恥じない、天才的な才能があったというが、怪我による故障で、魔導師としては戦えなくなってしまい、教職についたらしい。
だが、その強さは健在で、彼女の授業を受けた生徒の大半は、彼女に勝てないまま卒業していくことになると言うほど。
勿論将真もその強さを直に体験している。そして、あまりの強さに、出来れば戦いたくないと思うのが本心だった。
彩の授業は、午後にしかない。
学園生は、午後からは任務を受けるか専門授業を受けるかのどちらかを選べる。
専門授業だけでは当然、単位は足りないので、程よい難易度の任務で単位を稼ぐのが1番効率がいい。
だが、将真たちのような幸か不幸か、やたら難易度から外れた高難易度の任務ばかりやらされているせいで単位が足りすぎているほどに足りている者は、どちらを受けるも自由だった。
人手不足解消のためなのだろうが、どんな難易度であっても校則で月5回は任務に出なくてはいけないが。
そして授業の内容だが、〈肉体強化魔法〉や〈肉体活性魔法〉のような補助魔法は許可されているが、〈武器生成魔法〉は勿論、その他の魔術・魔法は全て禁止の状態で、素手での戦闘、というものである。
現状、将真と同学年で彩といい勝負が出来るのは、遥樹、虎生、そして最近、不調を補うためにハードな鍛錬を続けているリンくらいである。
「なぁ、リン。どうせあの人とやっても俺がボロ負けするのは目に見えてるだろ? 俺としてあまり行きたくないんだけど……」
おそるおそるといった様子で将真はやんわりと拒否を示したのだが、するとリンは、ムスッとした表情を作ってボソッと呟いた。
「…………セクハラ」
「行きます、行かせてください」
堪らず将真は折れた。
その様子を見て、リンは微笑を浮かべた。
「じゃあ、早く行こっ」
「久しぶりに、って感じっすねぇ」
「仕方ないか……」
珍しくウキウキしているリンを見ながら、将真は諦めのため息をついて、2人のあとをついて行った。
「__せぇい!」
「まだ遅いぞ」
少女が突き出した拳が、長身の女性に躱される。
それだけでは終わらず、少女の突き出した腕を女性が掴むと、凄い勢いで、手加減なしの背負投に持っていき、少女を地面に叩きつけた。
「かハッ……!」
叩きつけられた衝撃で、少女は肺の中の空気を苦悶と共に吐き出す。
よろよろと、呼吸を荒くしながら立ち上がろうとする少女を横目に、女性は他の生徒たちの様子を眺める。
(去年が異常すぎたんだろうな。私に勝てないと言っても、そこそこ見どころの多いやつはいたし……、それどころか、勝つやつまでいたからな)
それを思い出すと、女性の口から思わず本音がポロリと溢れる。
「物足りん……」
「ちょ、私だって頑張ってるんですけどぉー!?」
荒い呼吸をしながら、あんまりな呟きに講義する少女__星宮空。
その近くでは、膝をついて、空と同じように息が荒い陸と海の姿もあった。
ちなみに、この授業は1年から3年までの、自由参加型合同授業なので、チラホラと2年、3年の生徒も見られる。
(まあ確かに、今年の1年で見どころがあるのはこの3人か。いや待てよ、そう言えばまだ序列2位と3位とはやってないな。……今度誘ってみるか)
などと考えていると、少し遠くから女性を呼ぶ声がした。
「彩先生ー、ボクたちも参加していいですかー?」
「……ん、莉緒小隊か。別に構わんよ」
彩先生と呼ばれた女性は、仏頂面が少し緩んで微笑を浮かべ頷く。
そして、授業の様子を見ていた将真が、少し唖然としていた。
今年の1年の中でも特別優秀と聞いている星宮兄妹だが、それが3人でかかっても相手にならない、という様子だったからだ。
「うわぁ、やっぱやりたくねー……」
「そう言うな。お前達は手合わせしていてなかなか楽しい。それにいい線いっているからな。なかなか来てくれんから、毎度期待しているとも」
「あんまり期待されてもなぁ……」
意外な評価はありがたいものであったが、その実感はあまり無い。未だ勝ったことがないのだから、当たり前だ。
「だが、その前にゆず……、学園長から言伝を預かっている」
「今、柚姉のこと名前で呼ぼうとしました?」
「今日、お前には学園長が誘った相手と戦ってもらう」
「無視ですか」
詳しく話を聞こうとも思ったが、どうやら言伝を預かったというものの、その相手が誰なのかは、彩も知らないという。
すると、噂をすればなんとやら。
あとから3人の生徒がやってきた。
そして、その3人のうち1人を見た瞬間、空が「げっ」と顔を顰めた。
「おぉ、お前達だったか。それなら私が戦いたいくらいだったが……」
「初めまして、美空先生。〈真尋小隊〉、今から授業に参加します」
〈真尋小隊〉、という名前でありながら、真尋の代わりに紫闇がそう告げた。
勿論、将真たちも〈真尋小隊〉のことは知っている。
特に紫闇の強さは、2年の間でも有名だ。
進級組では間違いなく最強と思われる空が、いくら相性の問題があるとはいえ、編入組の紫闇相手に防戦一方だったのだから、嫌でも有名になる。
という感想を以前、ポロリと口にしてしまった将真は、
「まるで去年の将真くんみたいだね」
とリンに言われてしまったのだが。
将真とて、そんなつもりはなかったのだ。ただ、体が勝手に動いてしまっただけである。
「さて、改めてだ。将真、お前には紫闇と戦ってもらう」
「……え!?」
「よろしくお願いします」
彩の指示のもと、軽く一礼を将真に向ける紫闇。
その様子を見ながら、将真は模擬戦の結果を想像してみた。
紫闇の実力から、よく知っている人物で遥樹に例える。
彼が高等部1年生に進級したばかりの頃は、流石に今よりは多少未熟だっただろうが、それでも有名なくらいの実力者だった。
さて、当時彼とまともにぶつかり合って無事でいられる先輩が、何人いるだろうか。
(……か、勝てる気がしねぇー!)




