今日から僕は 94
カウラは叫んでいた。
「下河内特機連隊だと!馬鹿言うな!あそこの連隊長の油田中佐は……」
「それ以前に下河内連隊の初代連隊長が叔父貴だって事を忘れるなよ。ヨハン!対応に当たった部隊はどこだ?」
激高するカウラの肩を押さえつけ、要が冷静な調子で切り出した。
「出動したのは海軍第三艦隊教導戦闘隊。つまり、オヤッサンのとこの妹君だ」
ヨハンの緊張感の無い声が低く響く。
「なるほどねえ。で、油田の旦那。なにか声明でもだしたか?」
「声明等はまるで無し。ただ通用門に完全武装の警備員を配置。最新の飛燕改42型三機を起動させて警戒しているそうだ」
「声明は無しか。同調する部隊はあるのか?」
「今の所は胡州の衛星軌道コロニーの警備部隊の一部が動いてるらしい。ただ軍団司令クラスは全て憲兵隊が眼を光らせている。動きたくても動けないってのが現状なんじゃないのか」
ヨハンはようやく振り向いて要の顔を見上げた。
笑みが浮かんだ所から始まり、要は大声で笑い始めた。
「何がおかしい!」
カウラがそう尋ねても要は腹を抱えて笑い続けていた。
「西園寺さん?」
ようやく一息ついたところを見計らって誠がそう声をかけた。
「叔父貴の野郎!仕掛けやがった!まったく……近藤の旦那もご愁傷様だ。これであの旦那は退路を絶たれたわけだからな」
「どう言う事だ!西園寺!」
突然の要の言葉に戸惑いつつカウラが口を開く。
要は未だ笑いが止まらないとでも言うようにしてゆっくりと語った。
「分かっちまったよ。油田中佐は叔父貴の直参、先の大戦を叔父貴の指揮の下生き残った下河内連隊の生え抜きだ。叔父貴が動けと言わなければ絶対動かん。つまりだ……」
「隊長がそう指示したと?」
「他にどう説明する?それに対応部隊は楓が隊長をしている。事後のことを考えればうやむやにできる条件は揃っている。しかもこのところの幹部の逮捕や天誅組騒ぎ。近藤一派で今、冷静に対応できる連中がどれだけいるか……本部詰め上がりの馬鹿タレにゃあそれを求めるのは無理ってもんだ」
「それじゃあ、何のために嵯峨大佐はこんなことを?」
思わず誠はそう口走っていた。
要はようやく落ち着いたとでも言うように誠を見つめた。
これまでに無いような残忍な瞳が誠の意識を貫いた。
「あのオッサンはな、見せるつもりなんだよ。これまで公然の秘密とされていたこと。押し隠され、誰もが口にすることをはばかっていた力の存在を」
誠はそこで気づいた。
「現在、遼州星系近辺に展開中の地球の大国や他の植民星系の独立軍を証人としてその力の保有を宣言すること。衆人環視の下での法術兵器の使用のデモンストレーション。それが叔父貴の狙いだ。あの人格破綻者め、天地をひっくり返すつもりだぜ……」
その言葉はゆっくりと誠の心の中を滞留した。
対する言葉を一つとして持たないまま。
そしてその中心に自分という存在があることを。




