今日から僕は 93
「来ると思ったよ」
ヨハン・シュぺルター中尉はハンガーの隣の制御ルームで待ち構えていた。
その巨体を預けるにはいささか心許ない椅子に座って、ポテトチップスをつまみながら端末に入力を続けていた。
「出所は明石中佐かシュバーキナ大尉だろう?まあ隊長もそこらへん汲んでたから、話せることは話すつもりだよ」
誠、要、カウラ。
三人とも明らかに成人病予備軍と言った感じのヨハンの背中を見ながら話を切り出すタイミングをうかがっていた。
「シュぺルター中尉。まず事実なのか?シュバーキナ大尉の言ったことは?」
静かにカウラがそう言った。
「俺はその場にいたわけじゃないから分からないけど、まあ自分の能力についていったんだろうな。まああの人が法術適正者であることは俺も知ってるよ。彼女がロシア軍に出向していた時に受けていたその手の訓練のデータも見てる。まあシャムやオヤッサンの力と比べたら無いも同然程度の力だがな。これで満足か?あとシン大尉は間違いなくパイロキネシストだよ。東ムスリム紛争の折に何度かその力を使用した事実は確認されていて、記録もちゃんと残ってる。まあそれだけだけどな」
それ以上は全然説明をする気はないとでも言うように、ヨハンはのんびりした動きで背中をかいている。
「ヨハン!テメエやる気ねえだろ!」
そんな態度に切れかける要。
それを制して誠は話し始めた。
「僕はそんな力があるなんて自覚も無いですし、訓練も受けてないですよ。なのにいきなり実戦でそれを使えと言われてできるわけが無いじゃないですか」
「まあ言い分は分かる。神前の今の状況はかわいそうだなあと俺は思うよ。だけどまあ、お偉いさんと一部の研究機関の他は情報公開する気がまるっきり無いだけじゃなく、積極的に隠蔽工作を続けてきたのがこれまでの歴史さ」
ヨハンはそう言うとコンソールパネルの上に重ねられたデータディスクの山を漁って、一枚のディスクを手に取った。
「ベルガー大尉。一応小隊長権限ならこのディスクは見れるようになってるよ。どうしても不安ならこいつを見な」
むくんでいるように見えるヨハンの手からディスクを受け取るカウラ。
「つまりアタシと新入りは見るなって事か?」
「しょうがねえだろ?この手の話は上の方でもかなりデリケートな対応が要求されているんだ、今のところは。俺も自分の身がかわいいからな」
「今の所はと言ったな。シュぺルター中尉」
カウラはディスクのラベルを確認するとそう言った。
「そう。『今の所』だな」
自分の言葉をかみ締めるようにしてヨハンはそう繰り返した。
「それより面白い話があるんだが知ってるか?」
ようやく回転椅子を軋ませながらヨハンが振り返る。
「面白い話?」
「とうとう出たよ、近藤中佐に同調して外部との連絡を絶って篭城した部隊」
聞き入るカウラと要。
それに対してペースを変えずにポテトチップスを食べ続けるヨハン。
「どこの部隊だ」
きつい口調で要が詰問する。
「西部軍管区下河内特機連隊」
その言葉に要は表情を変えた。




