今日から僕は 91
「状況は全て嵯峨隊長の思惑通りと言うわけだ」
マリアは部下からカレーの皿を受け取りながらそう続けた。
「この状態が隊長の望んだことなのですか?」
その意外なマリアの言葉におずおずと誠がため息を漏らす。それを見ながらマリアは言葉を続けた。
「私はあまり隠し事は上手くないほうだから言ってしまおう。隊長は以前から、それこそ遼南帝国皇帝の地位にあった時から近藤資金に関する情報を手にしていた。しかし、同盟の成立には胡州の安定が不可欠だった。また、遼州各国の政権の弱体化に繋がりかねないと言うことで情報収集以外の行動は取れなかった」
「なるほどねえ。結果、各種の非合法取引のルートが遮断されその主力ルートが遼南から東和経由となり、そのルートの持つ利潤をめぐりシンジケートや各国の非正規活動団体による抗争『東都戦争』が発生した。そんなことは当事者のアタシもすぐ気がついたよ」
要はそう言いながら胸のポケットからいったん取り出すも、カウラの責めるような視線に手を離さなければならなくなった。
「近藤中佐は胡州海軍の現役の将校だ。さらに彼の非公然組織のネットワークの過激な排外思想は特に陸軍の若手将校たちには大変受けがいい。『国家の秩序再建』と言う名目での軍部の政府からの独立、『旧領に関する強硬姿勢』と言う聞こえのいい拡大思考。どちらも国家主義的な嗜好を持つ軍や産業界、政界やマスコミなんかが喜びそうなスローガンだ」
マリアはそこまで言うと目の前に置かれた番茶を飲んだ。
その話の大きさに戸惑っている誠を一瞥した後、彼女はさらに話を続けた。
「だがスローガンだけでは人は動かない。潤沢な資金はシンパを募る際には最大の武器になる。しかし一度表に出れば大スキャンダルに発展するというリスクを負うことにもなる。内偵は進めているものの同盟のこれまでの司法機関は手を出せば自分が利権に関わる政府や軍の高官に切られるということで首を突っ込む奴などいなかった」
「まあそうだよな。アタシも何度か近藤中佐立案の作戦に従事したが、明らかにお偉いさんの汚職の尻拭いと言うような仕事もあったからな」
要はそう言うと誠の顔を見つめた。
「そしてそのネットワークが機能を始めると、反対勢力の矛先を避ける為に自ら艦隊任務に転属して中央を離れた。ほとぼりが冷めるまでのんびり構えるつもりだろう」
そう言うとカウラはコップの水を飲み干した。
「加盟国の出兵を伴わず、内政干渉と捕らえられる可能性の少ない司法機関直下の機動部隊か。じゃあ新入りの嘘情報を吉田の馬鹿がリークしたのはなぜだ?少なくとも近藤の旦那の懐が暖まるようなもんじゃないと思うが」
あまりの言い草にただ誠は要の顔を見つめるしかなかった。
「こいつが口が悪いのはいつものことだ。気にするな神前少尉。じゃあ西園寺。この状況下でなぜ地球の列強が直接行動に出ないと思う?」
マリアは何かスイッチが入ったとでも言うように、冷たく整った面差しの中に鋭利な刃物のような笑みを浮かべてそう言った。
「軍を動かす口実が無いからだろ?遼南内戦で無駄に自国民に死人が出てからはどの国も遼州での戦闘行動には慎重になってるからな」
「半分は正解だが、半分は不正解だな。口実や国内世論さえあれば叩けるというのなら、前の大戦で遼南はとうの昔に植民地になっているし、胡州も無事では済まなかったろう」
マリアは目の前に置かれたカレーを混ぜ始めた。
「地球勢力は直接的にこの星系に干渉することを恐れているように見えるな。まるで腫れ物に触れるのを恐れるように。地球外での唯一の原住知的生命体が居た星だ、判断が慎重になるのもわかるといえばわかる」
一口カレーを口に含むとマリアは少しばかり驚いたような顔をして、コップの水を一気に飲み干した。
沈黙が周りを支配する。
マリアも要もカウラも口を開くつもりは無いとでも言うようだった。
「いつも気になっていたんですが、その近藤中佐が正体を見せるきっかけになった僕の力ってなんですか?それが気になってしょうがないんですが……」
思わず何も考えずに誠が口にした言葉に、マリアは笑顔で答えた。
「法術。先遼州文明の遺産。分かりやすく言えば超能力みたいなものだ」
要の視線が鋭くマリアの表情を殺した目を刺した。
カウラは何かを思い出したように要と誠を見比べる。
「法術……ですか?魔法みたいなものですか?」
唐突にマリアが発した言葉に誠は面食らっていた。
しかもその中心人物が自分だということに戸惑いを隠せなかった。




