今日から僕は 90
「結局、タコ殴りですか」
「気にするな。最後のミッションではあの許大佐を無力化させるところまで行ったじゃないか」
シミュレーターでの模擬戦は無残なものだった。
まず明華達は誠を無視してカウラ機に集中攻撃を行い、確実に仕留めてから何も出来ない誠を狩り出した。
カウラが言う戦いでも、彼女が勝ちに乗る明華を引っ張りまわした所に、たまたま飛び出してサーベルでライフルを叩き切っただけで、中破が精一杯だった。
もちろんその後に残った三機から集中砲火を浴びたことは言うまでもない。
それが実戦だったら、こうして食堂でチキンカレーをカウラと向かい合って食べることなど出来ないだろう。
そう思うとどうしても食が進まない。
「気にするな。相手が05式と隊長向けカスタムの四式だ。胡州第六艦隊の主力は疾風と火龍だ。性能的にはかなりこちらに分がある」
「なに甘いこと抜かしてんだ?新米隊長さんよ」
カレーの皿を持った要がいつの間にかカウラの横に座っていた。
「確かに性能の差はでかい。けど、こんな使えない新人さんとご一緒するわけだ。パニクられでもしたら、怯えた新兵の流れ弾浴びて間抜け面して地獄行き、なんてことになるんだぜ?」
要はそう言うとカレーを口の中に流し込むと言った風情で食べ始めた。
「その為に神前少尉には接敵予定時間までシミュレーションでの模擬戦訓練のメニューを多めにとってある」
「ふうん。それでアタシと新米隊長さんがシミュレーションの予定が入れられないと」
「これは明石中佐の作成したプログラムだ。私にどうにかできるというものではない」
「なんだろねえ。アタシが言いたいのはだな。こんな役立たずに訓練させる時間があったら、アタシ等の実機搭乗による模擬戦とかやった方がより建設的だって言うことなんだよ。05式の機種転換訓練は地上の菱川重工の演習所でやったが、宇宙は初めてだ。それにあんだけの時間で慣れろって言う方が……」
「そうか、貴様が臆病なのはよく分かった」
挑発するような笑みを浮かべてカウラが小声でそう言った。
要が握っていたスプーンを親指で簡単に折り曲げた。
山犬と呼ばれた彼女らしい残酷さを帯びた視線がカウラのそれと鉢合わせしている。
誠はこの場をどう切り抜けるか策をめぐらすが、二人の険悪な雰囲気に飲まれて何も出来ないでいた。
「なんだ。決闘でも始めるつもりか?なんなら見届けてやってもいいぞ」
そう声をかけてきたのがマリアだった。
警備部の部下を連れて、隣のテーブルを占拠する。
「分かったよマリアの姐さん。ここは引いとくがカウラ!今度の出撃の時は背中に気をつけることだな」
「餓鬼みたいなこと言っている状況か?それよりついに天誅組が出たそうだ」
マリアの言葉は要とカウラに水をかけるような効果があった。
「狙われたのは親父か?」
真剣な調子で要が口を開いた。
「さすがにVIPを狙うほど国権派の勢力は大きくない。まして西園寺首相の周りにはシークレットサービスだけじゃなく胡州警察が警備要員を相当数貼り付けているし、同盟公安局のエージェントが報道にまぎれて目を光らせている」
「じゃああれか?陸軍省内部か?」
「正解。作戦部付の将校が出勤してきた小見胡州陸軍諜報部長を撃ったそうだ。撃った将校はすぐ捕らえられ現在取調べ中。完全黙秘を続けてるらしい」
『追い詰められているのか』
誠は心の中でそう思った。
戦闘艦の内惑星での長空間転移が禁止されている東都条約が有効である以上、その法規の管理者であるという側面もある保安隊には状況をなすすべも無く見守るしかない。
しかし、明らかに胡州の混乱は拡大しつつある。
そう思うとまた先ほどの模擬戦の無様な負け方が気になり始めた。




