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今日から僕は 80

 パーラと要とシャムがじゃれあっている光景を誠は眺めながらどうにか掠め取った焼けた鮭の身を一口食べてみた。

 アイシャはと言えば、要達が占拠した鉄板の上の鮭の丸焼きの身を、味噌味の野菜炒めと混ぜながら自分の皿に盛り付けて、優雅にご馳走を楽しんでいる。

「ったくしゃあねえなあ。神前の。どうだい?ウチのことがよく分かったか?」 

 タバコをすいながら嵯峨がほろ酔い加減に歩み寄ってくる。

「まあ、日々驚かされることの連続ですが」 

「つまり刺激的で退屈しないと。まあそう受け取っとくよ」 

 嵯峨はそう言うとアイシャの鉄板から、アイシャが混ぜ終わった鮭と野菜の塊を取ろうとした。

「隊長はもう十分食べたでしょ!これは先生の分です!それじゃあ盛り付けますね!」 

 いかにも嬉しそうにアイシャが笑う。

「なんだかなあ。一応、俺、隊長なんだけど」 

 そう言いつつもその口元には笑みが浮かんでいる。

 誠はその笑みの理由を尋ねようとしてやめた。

 この人は今の状況、特に慌てふためく各陣営の悩み苦しんでいるさまを楽しんでいる。

 もしかするとこの46歳と言う年の割りに若く見える高級将校は、まるでトランプゲームでもするように世の中を見ているんじゃないだろうか?

『お前が何を考えてるか当ててやろうか?』

 そんな言葉が飛び込んでこないのが不思議なくらいだ。

「なんじゃ?食わんのか?アイシャの、ワシも食うとらんのじゃが」 

「しょうがない軟体動物ですねえ!じゃあこの皿使ってください!」 

「すまんのう」 

 ビール瓶を片手に明石がアイシャとそんなやり取りをしていた。

 誠はなぜこの嵯峨惟基という人物を彼等が信用しているのか不思議に思った。

 遼南王朝末期。ムジャンタ・ムスガ帝の長男として生まれたものの、父と対立。

 わずか12歳で父の陣営との内戦に敗れて東和を経て胡州に亡命。

 胡州で四大公の筆頭、西園寺家の養子となり、後に絶家となっていた殿上嵯峨家当主となった。

 陸軍大学校を卒業後、東和大使館付き二等武官を勤め、次いで遼南方面特務憲兵中隊長、下河内特機連隊隊長などを歴任、遼北軍の『スチームローラー』と呼ばれた猛攻を生き延びた男。

 遼南内戦においては軍閥の長を務めながらも、常に前線に立ち人民軍の勝利に貢献し、人民軍が割れると見るやすかさずクーデターを起こして全権を握り、遼南帝国を再建した策士。

 常にその左腰に釣り下げられた赤い鞘の日本刀『長船兼光』を手に抜刀突撃を繰り返すその様を、ある人は『人斬り』と呼んだ。

 五年前に一方的に退位を宣言して東和に移ってからは誠の実家である道場にも顔を出すようになり、飄々とした言動で周囲を煙に巻くその言動、誠としてはそれなりにこの男のことが分かっているつもりでいた。

 しかし、今のこれからこの船が向かう先の状況を見ても、部下の質問にただ薄ら笑いだけで答えるこの人物とはなんだろう?

 そう考えると誠は背筋に寒いものを感じた。



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