今日から僕は 69
誠は急にこれまで見たことの無い要の無表情に寒気を覚えた。
現在の義体製作技術は殆ど生身の人間と区別のつかない表情を使用者に与える。
しかし、今の要には表情がまるで無かった。
暗い眼差しからはよどんだ殺気がもれている。
「演習区域のすぐそばにいるアメリカ海兵隊の連中をひきつけるために領有権でもめている宙域での演習か。考えたな叔父貴も……」
誠は一瞬だけ残忍そうな笑みを浮かべる要に恐怖を覚えた。
「さらに言おうか?第六艦隊司令の本間少将と近藤中佐が犬猿の仲だって噂もある……いや西園寺なら知ってるんじゃないか?近藤中佐の略歴ぐらい」
吉田がけしかけるようにして、要の顔を見つめた。
明らかに不機嫌そうに要は語りはじめた。
「統合作戦本部付のいけ好かないエリート士官だよ、あのおっさんは。アタシも海軍特務隊の助っ人で何度かあのおっさんの立てた作戦指示で行動したが、ひでえもんだよ。現場の兵隊も軍人である前に人間だ。それなのに奴はまるであたし等が機械か何かみたいに、タイトで残忍な作戦立てやがる」
「しかもその多くが表ざたに出来ないような作戦ばかりだからな」
ふざけた調子でそう言った吉田を要が殺意を込めた視線でにらみつける。
「おいおい!事実をそのままに言っただけだろうが。東都コネクション。神前少尉も知ってるだろ?」
「はい、遼南及びベルルカンの不安定国家で密造される麻薬とそこに流入する武器のルート。六年前、遼南のルートが皇帝を務める師範代、じゃ無かった隊長の政策により摘発されてパイが少なくなったベルルカンのルートをめぐり、シンジケートや各国の非正規特殊部隊がかち合う抗争に発展したってとこですね、通称『東都戦争』」
吉田が少し感心したように誠を見つめながら言葉を続ける。
「まあそんな所だが。結局、相当な人死にを出して手打ちとなったが、そこで一番太いルートを築いたのが、胡州だ。そしてその利益で政界や軍有力者を動かしている非公然組織のリーダーが近藤忠久。それにこの前までゲルパルトの戦犯なんかもかくまっていた疑惑もある」
「おととい胡州下院で閣外協力していた愛国者党が離脱を宣言したのも、枢密院の改革が原因ではなく近藤資金が原因か?」
「何だ知ってるじゃないか西園寺!」
いたずらっ子のような楽しげな表情を浮かべながらしゃべる吉田。
要は口にくわえたタバコをぷらぷらさせながら吉田を眺めている。
「今回の愛国者党の行動は胡州軍部による倒閣運動に発展する可能性も有る。陸軍の近藤シンパの青年将校からは既に決起を募る回状まで回ってるのも事実だ。同盟設立に貢献した西園寺内閣が倒れれば、最悪、胡州の同盟からの離脱まで考えられる。そうなれば今のこの遼州系を支えているミリタリーバランスはもろくも崩れることになる」
誠は全員の顔を見回した。
カウラは淡々と話に聞き入っている。
シャムはかなり思いつめた表情で吉田を見上げている。
いつもならオチャラケたことを言ってもおかしくないはずのアイシャもこの時ばかりはまじめだ。
「終わったらしいねえ、お茶会は。まあ俺がこんなこと言ったなんてオヤッサンやタコ中には言うなよな、めんどいから。シャム!荷物の整理するんだろ。行くぞ」
吉田とシャムはそそくさと居住区へ向かった。




