今日から僕は 65
胡州海軍加古級重巡洋艦『那珂』は現在、第六艦隊とは離れて胡州第三演習宙域にある揚陸戦用コロニー116に停泊していた。
その幹部用私室、近藤忠久中佐はモニターに映る彼と同じ『憂国の士』達のやり取りを見つめていた。
「近藤君。君が言っていることは分かる。私としても今の西園寺内閣の姿勢には義憤を感じるものの一人だ。だからこうして君の非公然組織にも助力してきた。しかし今回は……」
胡州陸軍の将軍の徽章をつけた老人が、モニターの中で髭を弄りながらうつむいて話す。
「そうだとも!我々はここまで来たのだ!悪いことは言わん、これは罠だ。西園寺兄弟、大河内海軍大臣、そして赤松や醍醐。この連中に真っ向から勝負を挑もうというのか?君は」
ゆったりとした執務用の椅子に腰掛けた近藤は、どれも消極的な支援者に対し薄ら笑いで答えた。
「皆さんはこれまでしてきたことが何のためかお忘れのようだ。西園寺基義首相の明らかに枢密院を無視した強引なやり口。大河内吉元元帥、赤松忠満中将の海軍での、また醍醐文隆大将による陸軍での売国政策。お忘れになったわけではないでしょう?」
その挑発的にも見える笑みに、海軍・陸軍の高官達は黙り込んだ。
「これまで我々は卑屈に過ぎました。思えば『官派の乱』と呼ばれた、先の西園寺家と烏丸家の私闘。これに乗り遅れた時点で我々は遅きに失したんじゃないでしょうか?西園寺兄弟の罠にまんまとはまり込んだ。その結果が先の内戦の結果の西園寺売国内閣ですよ。だが、今なら分断できる。西園寺兄弟の弟、嵯峨惟基は中途半端な部隊に……」
「中途半端と言うが君!彼はそれだけの実績を上げている!」
参謀部長の徽章をつけた高官が、そう横槍を入れる。
だが近藤は表情一つ変えずに言葉を続けた。
「それは相手が状況を生かしきれていない有象無象だったからですよ。私だって作戦本部に長年勤めて嵯峨惟基と言う男の得意とする戦術は理解しているつもりです。彼は連隊規模以上の部隊を運用した経験が無い。当然、彼を入れる為の『檻』として作られた部隊はその規模を超えるはずが無い。だがそこに付け入る隙はある」
淡々として話す近藤。高官たちは少しづつその弁舌に飲まれつつあった。
「強力な敵には迂回し、その力が最小となった時点での奇襲による一撃。これで勝負をつけるのが嵯峨大佐のやり方だ。それならばそれを逆手にとって最初からこちらも戦力を拡散し、相手が懐に飛び込むのを待つ。つまり嵯峨惟基はこちらのシナリオに完全に乗ってもらうわけですよ。分かりますか?」
近藤が頬に嘲笑の笑みを浮かべる。
『臆病者が!あなた達の決起を待っていては軍の主導権などいつまでたっても取れやしない!』
心の中で苦虫を噛み潰しながら支援者の顔を観察していた。
「分かった。好きにしたまえ。しかしこのことは……」
「この会合は存在していない。それでよろしいんですね?」
「そうだ!健闘を祈る!」
次々と高官たちがモニターから消える。
「いよいよですか?」
近藤の後ろに立っていた艦長は静かにそう尋ねた。
近藤は静かに椅子を立つと、窓から演習地帯の方に目を向けた。
「国を憂える誰かが立たねばならんのだ!なぜそのことが理解できない!」
これまでの冷静な言葉遣いとは違う心から搾り出された声が部屋に響いた。
「心中お察しします」
艦長は静かに近藤に会釈する。
近藤はただじっと星の瞬く闇を見つめながら、艦長から手渡された保安隊の演習要綱の写しをめくって見せた。
「私が海軍に奉職して以来、最大の賭けだ。多少は楽しませてくれたまえ」
近藤手の上の冊子をめくりながらは一人呟いた。




