今日から僕は 6
長いものには巻かれるたちの誠は明石の背中を見ながら薄暗い通路を二人は歩いていく。空調はもちろんだが、電灯すらついていない。こもった空気が油の匂いで満ちている。
「中佐、電気はつけないんですか?」
思わず口を押さえながら誠はそう言った。振り返った明石は気持ちはわかると言うように誠の肩に手を乗せる。
「アブドゥールの旦那が節電しろちゅうけ、昼間は付けとらん。そして着いたぞ、ここが実働部隊の詰め所じゃ」
そう言うと明石はアルミの薄い扉を開いた。ついていく誠の目の前に前近代的な事務机が並んだ雑然とした部屋が展開している。誠は一瞬唖然とした。
小さな町工場の事務所にもネットに繋がる端末があるご時勢である。それに一応吉田と言う電子戦のプロが常駐する部隊である。しかし、そこの電話は懐古趣味の胡州でも見かけないであろうダイヤル式の黒電話。そして、各机には背に手書きで隊員の名前を書き付けた報告書用のファイルまである。
「ああ、そこの奥の机がワレの席じゃ。掃除は昨日カウラとアイシャがやっとったから汚れてはおらんと思うぞ」
明石はそのまま手前の自分の部隊長席の上に置いてあった野球の週刊誌をぱらぱらとめくった。誠は言われるままに、北向きの窓側と言ういかにも期待されていない新人を迎えるには最適な位置にある自分の席に腰掛けた。
「端末とかは無いんですか?報告書とかシミュレーションとかミーティングは……」
引き出しを開けて確認するが、中古ではあるがそれほど汚くは無かった。明石の言うように掃除も済んでいるようで、埃も積もっていない。
「そんなものは無い!それに管理部にあげる伝票以外の報告書は手書きが原則じゃ。隊長が吉田に報告書作らせておったのがばれて、それで全部端末は取り上げられたからのう。まったくあのお人はどこまでいいかげんなものやら……ってそこ!何しとるか!」
明石はふと手にした雑誌から目を離すと部屋の入り口の方に向かって叫んだ。
ばつが悪そうに三人の女性士官が入ってきた。ばれるのがわかっていたとでも言うような照れ笑いを浮かべる彼女達。
その髪の色を見れば彼女達がカウラと同じ人造人間であることはすぐにわかった。しかし、どう見てもその好奇心に引っ張られるようにのこのこ歩いてくる彼女等の表情は、これまで誠が会った人造人間達とは違っていた。先頭に立つ紺色の長い髪をなびかせている女性士官の濡れた瞳に見られて、誠はそのままおずおずと視線を落としてしまった。
明石は彼女達の侵入を予想していたようにあきれ果てた顔をしながら手にしている雑誌を机に置いた。そして青い髪の女性士官にたしなめるような調子で語りかける。
「アイシャの。悪いがおめえの思うような展開にはならんけ」
「本当に残念ねえ。誠ちゃん。あなたもそう思うでしょ?」
誠が再び顔を上げれば誘惑するような凛とした趣のある瞳が誠を捕らえた」
「まあええか。いざっちゅう時に知らんとまずいけ紹介しとくわ。こいつらがブリッジ三人娘って奴じゃ」
投げやりな明石の言葉に三人がずっこけたようなアクションをしたので、つい誠は噴出してしまっていた。すぐさま態勢を立て直した誠を見つめている濃紺の切れ長な瞳の女性士官がすぐさま口を開いた。
「明石中佐!そんな一まとめで紹介しないでください。私がアイシャ・クラウゼ大尉。一応『高雄』の操舵手担当してるわ。この娘がパーラ・ラビロフ中尉。管制官で通常の体制の出動の際は彼女か吉田少佐の管制で動いてもらうことになるわね。そしてこのアホ娘が・・・・」
二人と比べると小柄に見える燃え上がるような赤い髪と瞳の女性士官がアイシャの言葉に噛み付く。
「アホ娘って何よ!」
ことさら赤いショートヘアーが誠の前で揺れている。
「私はサラ・グリファン少尉よ。それにしてもあなたがあの有名な神前君?」
サラとアイシャと名乗った女性士官がまじまじとこちらを見つめるので誠は少しばかりたじろいだ。
有名だと言う話が出るとしたら明石の口から出ると思っていた。明石が先ほど眺めていた雑誌に誠が一度だけ出たことがあった。大学三年の秋に翌年のドラフト候補として二三行だが誠のことが載ったことがあった。
それを思い出すと、誠は少し頭痛のようなものを感じた。そんなことは過去の話だ、有名人扱いされる覚えは他に無い。誠はそう思うと少し陰鬱な気分になった。
だが、アイシャの口から出た言葉は誠の予想の斜め上を行っていた。
「あなたコミケでフィギュア売ってたでしょ?しかも殆ど開店直後に完売してたじゃないの……あたし達の同人誌なんて結構売れ残ったのに……」
誠は耳まで赤くなる自分に気付いていた。去年、久しぶりに大学の後輩の誘いで趣味で作ったフィギュアをコミケで売ったのは事実である。しかし、その客の中に保安隊の隊員がいるとは知らなかった。
しかも『有名』と言うことは野球部と同時に入部していた東都理科大学アニメ研究会の同人誌に書いたイラストを見ていると考えられた。オタクの割合が高い理系の単科大学のアニメ研究会で誠のオリジナルファンタジー系の美少女キャラはそれなりに売り上げに貢献していた。
アイシャは相変わらず誘惑するような甘い視線を誠に送っている。
サラは相変わらずきらきらした視線で誠を見つめている。そしてピンクのセミロングの髪のパーラは一緒にするのはやめてくれとでも言うように静かに少しづつ下がっていくのが誠には滑稽に見えた。
「そらお前らのホモ雑誌、ワシも読まされたが・・・引くぞあれは」
明石は頭を撫でながらアイシャに声をかけた。
「明石中佐!ホモ雑誌じゃありません。ボーイズラブです!美しいもののロマンスに性別は関係ないんですよ!それがわからない人には口出ししてもらいたくありません!まあ呼びたければ腐女子とでも呼べば良いじゃないですか!私達は……」
明らかにパーラが一歩部屋のドアから引き下がった。
「アイシャ。その私達には私も入ってるの?」
パーラが困惑したようにそうたずねる。アイシャとサラがさもそれが当然と言う風にパーラを見つめた。
天を仰ぐパーラ。
「あのーそれでなにか……」
誠は険悪な雰囲気が流れつつある三人の間に入って恐る恐るたずねた。先ほどの誘惑の視線の効果があったと喜ぶかのように目を細めたアイシャが早口でまくし立ててくる。
「それよそれ、あなたあれだけのものが作れるって凄いわよね。それと少しエッチな誠ちゃんのキャラ、あれ私も好きなのよ」
そう言うとアイシャがゆっくりと誠のところに向かって近づいてきた。
「ああ!あれだけのものってアイシャ買えたの!ずっこい!始まってすぐは私とシャムに売り子させてどっか行ってたのそれのせいなんだ!」
頬を膨らましてサラが叫ぶ。助けを求めようと明石の方に視線を向けた誠だが、そこには再び野球雑誌を手にとってこの騒動から逃避している明石の姿があった。
「良いじゃないのよサラ。ここにフィギュア職人がいるんだから、あとでいくらでも上官命令で作らせるわよ。それよりやっぱりシャムの絵じゃどうも売れ行きがね……。それにあの娘はどちらかと言うと変身ヒーローとかの方が描きたいって駄々こねるし」
アイシャは誠の手が届くところまで歩いてくると少し考え込むようにうつむいた。
時が流れる。
気になって誠が一歩近づくとアイシャは力強く顔を上げ誠のあごの下を柔らかな指でさすった。
「それであなたに書いてもらいたいのよ!目くるめく大人の官能の世界を!!」
自分の言葉にうっとりとして酔っているアイシャ。ドアのところではパーラが米神を押さえてうつむいている。
「BLモノですか?」
誠は困惑した。雑誌を読む振りをして好奇の目で明石が自分を見ているのが痛いほど分かる。それだけにここは何とかごまかさないといけないと思った。しかし、年上の女性の甘い瞳ににらみつけられた誠はただおたおたするばかりで声を出すことも出来ずにいた。
「駄目なの?」
甘くささやくアイシャの手が再び伸びようとした時、誠は意を決して口を開いた。
「僕は最近ではオリジナル系はやめて『魔法少女エリー』関係しかやらないんで……」
誠はとりあえず昨日もチェックしたアニメの名前を挙げた。少しがっかりしたと言う表情のアイシャはそのまま一歩退いた。変わりに話が会いそうだと目を輝かせてサラが身を乗り出してくる、その肩にアイシャは手を置いて引き下がらせた。
「しょうがないわね。女の子しか書きたくないんでしょ?まあ良いわ、これ以上ここにいると明石中佐に後で何言われるか……またあとでお話しましょう」
そう言うとアイシャは二人を連れて詰め所から出て行った。
確かにこの部隊は普通ではない。誠の疑問はここで確信に変わった。
女性比率の高さは、遼北並みだ。同盟機構直属と言うことで正規部隊からの人員の供給が少なかった為、人造人間などに頼らなければならなかったと考えれば納得がいくのでそれはいい。
それ以上にこの部隊が異常なのは明らかに濃いキャラクターで埋め尽くされていることだ。これだけ濃い面々に出会うと、どこから見てもヤクザと言う風体の隣に立っている明石が当たり前の常識人に見えてきた。




