今日から僕は 56
「生中二つです!若頭と兄弟子!次、何にしますか?」
呆れたついでに喉の渇きをビールで癒した誠にきゃぴきゃぴした声で小夏がそうたずねてくる。先ほどまでの汚いものを見るような瞳はそこには無かった。
誠はさすが飲み屋の娘と感心しながら彼女を見つめる。
元気そうなショートカットの髪に気が強そうな瞳。要を目の仇にするのはもしかして近親憎悪なのかもしれない。そう思うと少しにやけた笑みが自然とできる。
さすがにどっしりと腰を下ろしている明石の払いである、彼の意向には逆らえないと言う風に誠は明石のほうを見た。
「ほいじゃあワシはポン酒や!神前は生中でええなあ?」
野球部設立に反対する理論派のシンを情熱で押し切った熱血漢らしいどら声が誠の耳にも届く。
「じゃあ生酒二合に、生中で……つまみは……?」
明石が吉田の顔を眺める。
「じゃあエイひれもらおうかな……シャム!どうする?食うか?」
そう明石から声をかけられるとシャムは満面の笑みをその子供のような顔に浮かべた。
『うん!豚玉三つ!』
吉田とシャムがそう答えた。
「ナンバルゲニア中尉!豚玉三つは多くないですか?」
さすがに誠も明石の持ち出しと言うこともあって遠慮がちにシャムに声をかけた。
「気にすんなや。奴にしてはこれで抑え気味なんじゃ」
誠の心配をよそにカラカラと明石は笑った。
「ちーす!」
島田、菰田、キムの三人組が階段を上がってきた。
「ご苦労さん。他の連中はどうした?」
笑顔で三人に頭を下げる小夏を見ながら明石が声をかける。
「アイシャ達はまた漫画でも買いに行ったんじゃないすか?それとベルガー大尉達はなんか揉めてましたから」
菰田はそう言うと下座の鉄板に居を固めた。
「まったく、あの連中はどうしようもないのう」
ジョッキの底の泡を飲み尽くして、明石はそう言った。
「いい加減俺と要の免停止めたほうが良いんじゃないのか?」
吉田が突き出しのひじきをくわえている。
「お前はすぐそうやってハッキングで何でも解決しようとするのう。罰は罰じゃ、ちゃんと免停中は運転せずに……」
明石が眉をひそめる。そこに仕込み担当の元さんと呼ばれている白髪の料理人がお盆に豚玉を持って現れた。
『春子さんだな。ナンバルゲニア中尉はいつも豚玉三個がノルマだし……』
誠はそんなことを考えながら元さんからお盆を受け取っている小夏を見つめていた。
「はいはい!小夏ちゃん!こっちだよ!」
「師匠!豚玉お待たせしました!」
小夏から豚玉を受け取り喜ぶシャム。だが、まだ鉄板が温まっていないと言うように隣の吉田が鉄板に豚玉を乗せようとするシャムを手でさえぎった。
「旦那達はどうしますか?」
小夏はキムに尋ねた。
「じゃあ俺は海老玉とポン酒。島田はどうする?」
「じゃあ俺はたこ焼きに生中で、菰田は?」
「自分はレモンサワーに同じくたこ焼き」
キム、島田、菰田の三人はそれぞれ注文をした。
小夏はすぐさま身を翻そうとしたがそこに立っていた要に素早くガンを飛ばした。
「んだよ、ガキ!アタシが居ちゃあ迷惑だって言うのか?」
要は小夏に向けてまたガンを飛ばす。
「お客にゃあ丁寧なんだよアタシは。まあ、外道を客に入れるかどうかは……」
小夏もまけずに要をにらみ返す。一歩も引かない二人に全員の視線が釘付けになった。
「客だろうがアタシは!さっさとアタシのボトルとカウラに出す烏龍茶もってこい」
小夏がそう言うと明石と誠が座っている上座の鉄板に腰を下ろした。
「へいへい」
そう言うと小夏は、上がってきたカウラを避けながら階下へと駆け下りていった。




