今日から僕は 53
誠は明石について行って、駐車場にひときわ目立つ黒塗りの大型セダンの前で止まった。
「ん?なんじゃい。ワシの車になんかついとるんか?」
明石はそういうと無造作にドアを開けた。
スモークシート入りのドイツ車。本当のヤクザが喜んで乗りそうな車だ。
「鍵はあいとるぞ。さっさとのらんかい!」
「はい!ただいま!」
誠はおっかなびっくり重い高級車のドアを開けると身をシートに投げ出した。
意外にも中は丁寧に掃除されており、豪放磊落な普段の明石の中にこんな几帳面さがあるのかと感心させられた。
「それじゃあ、出るぞ」
明石はそう言うと車を走らせた。
高級車らしく、エンジン音など車内では微塵も感じられない。
「しかし、コミケってなあずいぶんと命削ってやっとるんじゃのう。あの遼南レンジャーの教官資格持っとるシャムですらくたびれとったわ」
そう言って明石はからからと笑った。誠は目が死んでいたシャムの顔を思い出す。
「遼南レンジャーって、あのナイフ一本で三ヶ月生き延びる訓練やるって言うあれですか?」
誠は名前だけならこれほど驚くことは無かったろう。
本人は140cmと言うが吉田が正確には138cmと言う小さな体と子供のような純真なシャムを知るようになってから彼女が地獄のレンジャー教官でもあることを思い出して驚いている自分に気付いた。
「まあな。あいつが銀河一過酷な訓練メニュー考えたんじゃ。まあ、あいつにはナイフ一本でジャングルを生き抜くのは普通のことじゃけ、なんも考えんと企画書出したのが通ったちゅうとったがのう」
入り口の検問で警備班に挨拶を済ませながら、明石は淡々とそう答えた。
「しかし……ワレがオヤッサンの弟弟子だとは……。今度申し合いしたいもんじゃな」
やはりこの話が出てくるかと明石の向ける視線に頭を描く誠。
「そうですね。明石中佐は短槍ですか?短槍は相手にすると厄介なんですよ、それに……」
話を膨らまそうとするが明石の方がそう言ったことは上手だった。
「ワシが気になっとるのはそこやない。ワレの両親がオヤッサンに稽古つけとったという話じゃ。それにオヤッサン、ワレのお袋から一本とったことが無いって言うとったがそれは……」 誠は初めて耳にする話に驚いた。ここ数年、彼の母親が竹刀を持っている姿を見たことが無かった。
父との稽古の時に母親の太刀筋と自分の太刀筋が似てると父に言われただけで、実際小学校高学年になってからは母親と剣を交えた記憶が無かった。
「おい聞いとんのか?まあええ。ワシは今日はホンマええ気分なんじゃ。ワレはワシが見込んだだけのことはある。自信持てや」
そう言うと明石はカラカラと笑った。
明石は見た目は怖いしカッコウや車はヤクザのそれだが悪い人ではない。明石の人柄がわかってきて誠は少しばかり安心していた。
「もうすぐ着くで」
明石はそう言うと繁華街の裏道を進む。太陽はすっかり夕焼けに染まり、中途半端な高さのビルの陰が道に伸びている。
車はそのまま対向車の来ない裏道を進んで以前カウラの車が止まった駐車場に乗り入れていた。




