今日から僕は 50
「個人設定は基本的にはそこに座って、パイロット認証システムを起動するだけで後は全部機械がやってくれるから」
明華は投げやりにそう言った。
ハード屋の彼女にとって、そちらのほうは全て吉田とヨハン、そして島田に任せてあるという分野だった。
彼女は14歳で遼北人民軍大学校を卒業してから開発・運用・整備畑を歩んできたがそれにしてもこの機体は経験では図れない機体のように感じていた。
『法術システムって何?』
仕様書でその概念の理屈を見たときに有る程度は彼女も理解していた。
簡単に言えば、遼州人の一部には強力な思念波を発生させられる人間がいる。その思念波を増幅し時空間そのものに干渉してしまうという凄まじいシステムを積んだ05式乙型。
だが、その基礎理論をネットで拾おうとすると軍や軍事産業会社、それどころか研究機関や大学に至るまですべての情報にプロテクトがかけられていた。
彼女の出身の遼北に於いてすら技術大佐のランクのアクセス権限では役に立つような情報は皆無だった。
その方面での専門家のヨハンもその基礎理論や乙式の法術系兵装やオペレーションシステムのブラックボックスについては口をつぐんでしまうばかりだった。
『しかし、そんな才能があの新入りにあるのかしら』
明華はそう思って画面の中で嬉しそうに個人設定を行っている誠を眺めた。どう見てもうだつがあがらない新入社員といったところだ。
新入隊員歓迎会で二回とも全裸になろうとして周りの人間に袋叩きにされている姿はいかにも体育会系の下っ端と言う感じであまり好感を持ってはいなかった。
そんな誠は設定画面が起動したのか、いかにも嬉しそうに作業を続けている。
明華はモニターを続けながら暇つぶしに誠のデータ入力速度を計ってみた。
それなりだ。特に変わったところは無い。
手元に送られてきた脳内各種波動は典型的な遼州人のそれであり、この機体のシステムを動かすには不十分な数値しか出なかった。
『嵯峨隊長は何か隠してるわね』
その数値が逆に明華の探究心を刺激した。
「何見てんのかな?」
突然後ろから声をかけられて、明華は驚いて振り返った。
いつランニングの列から抜けてきたのか、嵯峨がつまらなそうに周りの機材類を見渡している。
「今回は隠し事はしてないよ。少なくともお前さんが不安に思っている情報統制に関しては俺なんか手が出せない上の方の方針だ。俺がどうこうできる話じゃない」
そう言うと嵯峨は誠の作業の様子が映っている明華の携帯端末を覗いた。
「今回はと言うことは、いつもはしているということですね?」
嵯峨に隣に張り付かれて不愉快そうな表情を浮かべながら明華はそう言った。
「絡むねえ。確かに遼南内戦の時はお前さんにも秘密にしてたことが結構あったけどね。まあ情報なら吉田に聞けば良いじゃん。俺は本当に今回は隠し事はしてないんだって」
そう言うと嵯峨は引きつっている明華のまゆ毛を見つけて後ずさりした。
「遼南内戦の時の隊長の愛機のカネミツに関するデータを尋ねた時同じようなことを聞いた様な気がするんですがね」
そう振ってみたが嵯峨は別に表情を崩すわけでもなく、誠の作業の進捗状況を見ていた。
もうすでにデータ入力は完了して機械のほうが勝手にシステムの再構築を行っていた。
「俺はね、明華よ。皆さんが無事にここを卒業してくれりゃあそれでいいと思ってんだよ。それまで退屈せずに和気藹々とお仕事できる環境を作るのが俺の仕事だ。お前さんは勘ぐるよりまず、目の前の仕事やってくれや」
この人は読めない。
いつもの事ながら明華はもてあそばれている様な気がして視線を落とした。
嵯峨はそれを見やると親指で目の前の特機を指した。
「それとこいつ等の運用試験。胡州の海軍演習場でやるから。ヨロシクね」
突然の話に明華は目が点になった。
「何でそんな遠くで……東和の菱川系の実験場とかじゃ……」
うろたえる明華に満面の笑みを浮かべる嵯峨。
「今度は隠し事させてもらうけど、そこじゃなきゃいけないわけがあるんだよ。まあ、そのうち話すから待っててね。それとこの件で吉田に聞いても無駄だよ。明華に一番初めに話したんだ。奴も俺がそっちに手を回していることくらいしか知らんはずだよ」
相変わらず食えない人だ。
明華はそう思いながら再び明石達のランニングに付き合おうと去っていく嵯峨の後姿を見ていた。




