今日から僕は 45
電光石火とはこのことを言うんだろう。要の動きを見て誠はそう思った。
実戦での拳銃の射撃の腕前は先日の人質騒ぎで分かっていたことだが射場に来るとさらにそれは凄まじいものになる。
3秒間の殆どフルオートではないかという連続した轟音。弾を撃ち尽くしスライドがストップしているが、要は素早く空のマガジンを捨て次のマガジンを装填しようとしていた。
「別にタクティカルリロードの実演なんて必要ないよ」
嵯峨が止めたのでようやく気が済んだとでも言うように要はゆっくりと手にした予備マガジンを銃に入れスライドを閉鎖した。
誠は視線を要からターゲットに移した。三十メートル先の人型のターゲットの首の辺りに横一列に弾痕が残っている。狙わなければこんな芸当は出来ないがそもそも生身の人間に出来る話ではない。
『よしてくださいよ、こんなのと一緒にされても……』
誠は正直、戸惑っていた。
「さすが、『胡州の山犬』の一噛みと言うところか?」
満足げに嵯峨はターゲットを見つめている。
「こんなのただのお座敷芸だぜ。まあ、生身じゃあ出来ない芸当だろうがなあ?」
そう言って要はカウラに視線を向ける。
嵯峨の言った『胡州の山犬』と言う言葉に誠は額の汗が増しているように感じた。
誠もその噂としか思えない殺人機械の異名は大学時代に噂で聞いたことがあった。東都戦争でマフィアばかりでなく、裏ルートで動いている大国のエージェントがいたという事実はネットで東和中に広まっていた。
その一つの部隊が胡州帝国陸軍の非正規特殊部隊。その『胡州の山犬』の残忍な手口、すべての対立勢力をたった一人で皆殺しにする手口。東和警察に助けを求めた事情も聞かされていない三下でさえ警察官の目の前でなぶり殺しにするという手口はゴシップモノの雑誌の電車の吊り広告でも見たことがあった。
『西園寺さんてそんな人物だったのか……』
少しばかり軍の内情を知り、非正規部隊が自国の裏情報・資金ルート確保のために東都戦争を利用していたことが事実だと分かった今、その中の伝説的存在『山犬』が目の前にいると知って誠は恐怖していた。
「新入り、なんか顔色悪いぜ。お前のためにやってるんだ。しっかり見てろ。それじゃあカウラさん。生身でどれだけできるか見せてもらおうじゃねえの」
要は誠の思惑など気にする風でもなく、嘲笑うかのようにカウラにそう言って見せる。
呆けていたカウラもその言葉でスイッチが入ったかのようにエメラルドグリーンの瞳の色に生気が戻った。
銃口をゆっくりと上げ、美しい力の入っていないフォームで二発づつの射撃を8回続けた。銃のマガジンが空になりスライドストップがかかる。
「ダブルタップのお手本だね」
嵯峨がやる気なさげにそう言った。
ターゲットを見る。急所と思われる場所に確実に2発の弾痕を、8つ作っている。
カウラは表情を変えるわけでもなく、静かに空のマガジンを外して銃を台の上に載せた。要はニヤつきながらそんなカウラを見つめている。
「まあ、見本はこれくらいにしてだ。神前!お手本どおりに撃ってみろや」
嵯峨はそう言うと04式9mmけん銃を指し示した。
誠は仕方ないという調子でそれを手に取り、弾が薬室に入っているのを確認すると狙いを定めた。




