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今日から僕は 42

「ようやくまともな球が来たわね」 

 軽く素振りをするとアイシャはそう言って笑いかけてきた。

 誠の顔に笑みは無い。

 確かに満足が出来る球だった。だがそれ以前の二球で、もうすでに負けが決まってからの球だ。

「勝負か?ならヒット性のあたりが出たら、アイシャの勝ちと言うのはどうだ」

 カウラがそう言った。 

「異存ないわよ」 

 アイシャはカウラの提案に即答する。

 誠は少し迷った後、縦に首を振った。

「こっちが有利なんじゃ!軽い気持ちで投げんかい!」 

 明石はボールを返しながらそう言った。昨日の飲み会ですでにサインは決まっていた。誠はボールを受けるとそのままセットに入った。

 明石はミットの下からサインを出す。

 初球はいきなりインローにカットボールだ。先ほど見せた球とは違う指示に卑怯だとは思いつつも逆らえずに誠は首を縦に振った。

 ボールをグラブの中で転がしながら、誠はアイシャの表情を探った。

 ニコニコ笑みを浮かべているばかりで本心はまるで読めない。ただ先ほど投げさせた三球のうちのどれかに山を張っていることは間違いない。

 それならと誠は振りかぶって手首を切るようにして球を投げ込んだ。

 アイシャはスイングに行ったが中途半端なところでバットを止め球をカットする。打球は右方向のファールグラウンドに転がっていく。

「いきなり卑怯なんじゃないですか?中佐?」 

 アイシャはマスクをして黙っている明石に向かってそう言った。なじるような調子ではなく挑発するような言葉。誠にはそう言った後、誠を見つめてからいったんバッターボックスを外すというアイシャの一つ一つの動作に余裕が感じられた。

 カウラが予備のボールを明石に渡し、明石は間髪おかずそれを誠に投げつける。

 ボールを受け取った誠は明石の次のサインを待った。

 明石がだしたのは、外角低めのカーブ。

 また見せた球と違う要求。誠は頷くと今度は軽く振りかぶり、ゆったりとしたフォームで投げ込もうとした。

 しかし、アイシャはすぐにこちらの意図を察したのか完全に見逃しの体勢に入っている。

 その明らかに打つ気の無いというアイシャのポーズに誠の左腕に力が入った。ドロンとした大きく落ちる変化球はホームベース上でワンバウンドして明石のミットに収まった。

「いい加減、まともな球、投げてよねー」 

 軽くスイングを繰り返しながら、アイシャはそう言った。

 明らかに誠に心理戦を仕掛けようとしているアイシャを眺めて明石は誠の意思を確認するように、鋭い視線を向けてきた。

 投げ返されたボール。

 誠はボールを左手で握り締める。その先に見える明石のミットの下から出るサインはインローのスライダー。間違いなくアイシャが狙っているだろう球とコースだ。

 誠はグラブの中でボールの握りを確かめながら、モーションを起こした。


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