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今日から僕は 41

 マスクをつけた明石がグラウンドに小走りで現れる。

 吉田をはじめとした隊員達が誠の緊張した姿を見に人垣を作っていた。

「なに、ぼーっとしとる。アイシャの、何か注文があるんじゃ……」

 ホームベースの後ろでミットを叩きながら明石が尋ねた。

「そうですね、とりあえずストレート、チェンジアップ、スライダーの順で投げてみてもらえますか?とりあえず球筋が見たいんで」 

 そう言うとアイシャは流し目を誠に向けた。

 明石からボールを受けると誠は左手の上で転がす。

 肩は先ほどまで続けていた投球練習でかなり出来上がっていた。確かに大学時代に比べれば球威は無いが素人に打たれるような気はしなかった。

「なかなか、ええチョイスしとるのう。コースの指定とかは無くてええのか?」 

「ええ、とりあえず先生が自信を持ってるだろうコースをリードしてもらえば」 

 そう言うとアイシャは不敵な笑みを誠に投げかけた。

 打たれる。

 誠はそう直感した。昔からこういう時の勘は外れたことが無い。

 ネガティブな思考がピッチャーにとって致命的なのは自分でも分かっていたがこれだけはどうしようもなかった。

 ボールを何度か指に絡ませてマウンドの上で明石のミットが定まるのを待った。

 初球はインハイにミットがある。

 左ピッチャーならではのクロスファイアーを決めるのに、うってつけのコースだ。

 誠はゆっくりと振りかぶる。しかし、どこかで先ほどのアイシャの笑みが拭いきれない。

『出来るだけ前でボールをリリースする』 

 昨日カウラから聞いた一言で、それを何とか拭い去ろうとした。

 事実指先までの感覚は全て納得がいくフォームだった。しかし、ボールはシュート回転して少し内側へと曲がりこみストライクゾーンの中に決まった。

「打ちごろね」 

 アイシャはそれだけ言うと軽くそのコースの球を、右方向におっつけるようなスイングをして見せた。

 明石もその後ろのカウラも昨日より球の切れは増していることは認めたがコースが不味いというような顔をしていた。

 何も言わずに明石がボールを返す。

『僕が一番それを分かってるんだ』

 誠はそう思った。

 次はチェンジアップ。

 明石のミットはもうすでにインコースの膝元に定まっている。どうやら明石のリードはかなり強気らしい。

 アイシャの先ほどのスイングから見て基本的に反対方向へ持っていく型のバッターなのだろう。そう誠は思うと自然に体に緊張が走った。

 コーナーワークが命綱の誠にとって引っ張りにかかる大物打ちのバッターの方が御しやすい相手だった。アイシャのようなタイプは緩急を使って体勢を崩しても外角のストライクゾーンに甘く入ればそのままライト線に流されて長打を打たれることもありうる。

 誠はボールの握りを作るとゆっくりと振りかぶった。

 今度は決めて見せる。しかし……。

 迷っている自分を意識している分、ボールを離すタイミングがわずかに遅れた。

 今度はボールは明らかに低すぎるコースでミットの中に納まった。

「ちゃんと、振る気になるような球投げてくれなきゃ参考にならないじゃないの」 

 アイシャがぼやいた。

 泣き言を言いたいのはこっちの方だ。誠は心の中でそう思った。

 次はスライダー。

 もう明石はアウトコース低め一杯にミットを構えている。

 あのコースへのスライダーは自信がある。ただし……。

 誠は心がすでに折れている自分が分かっていた。それでもカウラの真剣な眼差しが、少しばかり彼に勇気をもたらした。

 今度は自信を持って、リラックスしてモーションに入った。

 どうせ見るだけだ。相手がいなければ……誠はそう割り切って素早く腕を切るように振り切った。

 ストレートと遜色の無いスピードの球が鋭く縦に落ち、微動だにせぬ明石のミットの中にずばりと収まった。

 野次馬達から大きな歓声が上がる。

 ようやくアイシャは満足したような顔を浮かべるとバッターボックスを外して三回素振りをして見せた。



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