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今日から僕は 37

 廊下の奥から顔を出した島田は要の目に入らないように足を忍ばせて顔を覗かせている。

 明らかに自分を見殺しにしようとしている島田を見つめて誠は泣きそうな表情を浮かべた。島田は手をあわせるとその後ろから顔を出そうとしているサラを押しとどめて自分の部屋に引きずって行った。

 要はソファーの上で足を組みながら天井にタバコの煙を吐き出す。

「ったく贅沢だぜお前等。士官は自分で住処を探すのが規定なんだぜ、ったく……」 

 要はそう言うとくわえていたタバコを携帯灰皿に押し付け、すぐさま次のタバコに火をともす。

「すいません」 

 なんとなく気が咎めて頭を下げる誠を要が鋭い目つきでにらみつけた。

「オメエ、馬鹿だろ。オメエが決めた規則じゃねえんだ。何でも謝るのは悪い癖だぜ。特にこの仕事続けるなら自分が原因でも喧嘩を売るぐらいの気迫がねえとやっていけないぞ!」 

 怒鳴りつけられて誠の気分はさらに沈んだ。

 熱くなった自分を反省するように要は深呼吸をする。そして黙ってうつむいている誠を見ながら要は髪の毛を掻きながら静かにつぶやいた。

「悪かったな」 

 本当に小さな声だった。誠は彼女が何を言おうとしているのかわからなかった。ただ明らかにこれまでの横柄な要らしい態度から急変して頬を朱に染めて下を向いている要が目の前にいる。

 その信じられない光景にしばらく誠は動けなくなっていた。

「聞こえねえのか?悪かったって言ってんだよ!」 

 下を向いたまま要が叫ぶ。まだ誠には要が何でこんな行動に出ているのかわからなかった。

「あのー、何の話ですか?」 

 誠がそう言うと要は急に立ち上がってくわえたタバコの煙を吐き出しながら襟首をつかんで誠を力任せに壁に押し付けた。

「皆まで言わせんじゃねえよ!この前のオメエが人質になった時のことだよ!」

 そこまで言ってから要は自分のしている行動が謝ろうと言う意思とはかけ離れていることに気付いて誠の襟首から手を離した。

 誠は要から解放されてほっとしながら、彼女が謝ろうとしていることに気付いて伏し目がちな要を見下ろした。

「あの時オメエのこと……」 

 どうにも自分の心を伝えられないもどかしさに頭をかきむしる要は意を決して誠を見上げた。

 それでもその先にある誠の視線に気づくと要はまた顔を下に向けた。

「ともかく、あん時はアタシも強引過ぎた。それが言いたかっただけだ……」

 そう言うと要は再びソファーに身を投げてタバコをふかした。 

「ツンデレだー!」 

 要が腰掛けていたソファーの後ろから緊張感の無いシャムの声が響いて要は目を白黒させて立ち上がった。

 振り返った要はキッと目を見開いてシャムの方を見つめるが次の瞬間腹を抱えて笑い始めた。

 誠もあわせてそちらのほうを見つめた。そして意識が凍りついた。

「あのー、シャム先輩?その黄色い帽子とランドセルは何のつもりですか?」 

 そこには黄色い帽子に赤いランドセル姿のシャムがいた。さらに着ているのは熊の絵の描かれた白いタンクトップにデニム地のミニスカートである。その格好が身長138cmと言う小柄で童顔なシャムにはあまりにもはまりすぎていた。

 誠の質問に首をかしげているシャムがようやく誠の質問の答えを見つけたというように微笑んだ。

 その答えは予想できたが、誠はそれが外れてくれるのを心から願っていた。

「小学生!」 

 最悪の答えが返ってきた。誠は頭を抱える。確かにシャムの言うとおりどこから見ても小学生だった。

 階段を上がってきて誠と目のあった明石が他人の振りを装うように口笛を吹いている。

「明石中佐……」 

 誠は呆れるというよりあきらめていた。

「ワシに聞くな!こいつはこういう奴じゃ!言いたいことはそんだけじゃ。それよりいい話があるんだ、島田とエンゲルバーグには連絡してあるはずだが……」

 シャムを視界に入れないように注意しながら明石が巨体を揺らして階段を上がってくる。 

「エンゲルバーグって人いましたか?」 

 聞きなれない響きに誠は首をかしげた。当然できるだけシャムを見ないですむように視線を落とさずに明石のサングラスを見つめることは忘れなかった。

「ヨハンのデブのことだよ。さっき厨房で大量のソーセージ抱えて歩いてたぞ?」 

 要が吐き捨てるようにそういうと、誠の部屋のほうに歩き始めた。

「何が始まるんですか?」 

 誠は空気が読めずに明石にそうたずねた。

「野球同好会が野球部に昇格したお祝いじゃ。幸い、ここの個人部屋は贅沢なくらい広いからな」 

 そういうと手にした一升瓶を掲げる。

「わかってるじゃんタコ。じゃあ宴会の準備しに行こうぜ!」 

 ようやく自分の言いたかったことを言えて安心したように要が誠の肩を叩いて誠に部屋に戻るように促した。

 三人はそのまま誠の部屋に向かった。

「置いてかないでよ!」

 なんちゃって小学生スタイルのシャムは彼らに無視されているのに気がついて三人を追いかけた。



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