今日から僕は 34
誠は慣れた様子で玄関で靴を脱いでスリッパに履き替えたアイシャとサラについて寮に入った。玄関にいると日差しが黄色く見えた。夕方は近い。
「誠ちゃんの部屋は二階だったわね」
「じゃあ行きましょう」
そう言ってようやく靴を履き替えたカウラとパーラを置いてサラとアイシャは階段を登り始めた。
二人の闖入には驚かない喫煙室の非番の警備部員もその後ろにカウラがいるのを見つけて珍しそうに腰を乗り出して玄関を眺めている。
「それじゃあ行きましょうか」
誠はそう言うとカウラとパーラを連れて階段を登った。
二階の廊下には人気が無い。ちょうど通常勤務の連中はあと一時間で勤務が終わると時計を眺めている時間だろう。
「早く先生!」
誠の部屋の前でアイシャが手を振っている。サラは中腰になってドアノブの鍵穴を覗き込んでいた。
「今開けますから、待ってください」
そう言うと誠は腰のポケットから財布を取り出してその中に入れてある鍵を取り出した。
「鍵を財布に入れるのは感心しないな」
ポツリとカウラがつぶやく。しかし、すぐさまアイシャとサラがにやけながら彼女を見つめるので黙ってしまった。
ドアが開いたとたん、待ちきれないと言うようにサラが誠の部屋に飛び込む。
スリッパをドアのところで脱ぎ散らかすと、彼女は部屋を満遍なく眺めた。
「アイシャの部屋みたい!」
サラの第一声はそれだった。書庫に並んだ漫画、フィギュア、プラモ。
誠の性格を反映するかのように、几帳面にそれは並べられていた。
カウラとパーラも思わず息を呑んでいた。
「ささっ、そんなに緊張しないで入って」
アイシャは誠を押しのけるとスリッパを脱いで部屋の中央に胡坐をかいて座り込む。
「あのー、ここ僕の部屋なんですけど」
誠の言葉を聞くまでもなく、カウラとパーラはスリッパを脱いで部屋に入った。
「確かにアイシャの部屋そっくりね」
パーラはそう言うとアイシャの隣に正座して座る。カウラは驚いた様子で部屋を立ったまま満遍なく眺めていた。
「じゃあお茶取って来ますから」
そう言うと誠は廊下に出た。そして階段を降りると意外な人物が靴を脱いでいるところだった。
誠達を見送ったはずの島田がそこにいた。
「よう!」
スリッパを履くと島田が声をかける。
「良いんですか?島田先輩」
先任下士官で、技術部の事実上のナンバー三である彼は、この下士官寮の寮長でもある。
「姐御じきじきの頼みでね、お前さん達が馬鹿なことしないようにって派遣されたわけだ」
面倒見の良い親分肌の島田を明華は非常に信頼していることは誠もここ数日だけの経験だけでもわかっていた。
「茶でも入れるつもりだろ?夜勤の連中が用意している時間だろうから大丈夫なんじゃないの?」
そう言うと島田は誰もいない喫煙所の脇を抜けて食堂へと向かう。誠もそれに続いて二人の技術部員が寂しげに食事をしている食堂に入った。
「そのやかん、麦茶か?」
島田の姿を見て二人は頭を下げた。
「ええ、ですがこれより厨房に一杯に入ってるやつありますよ」
「そうか」
眼鏡をかけた隊員の言葉を聞くと島田は誠に目を向けた。誠はそれが取って来いという合図とわかって厨房に入る。
流しに置かれたやかんを持ち上げてみると確かに一杯に麦茶が入っていた。だが、やかんを触ってみるとまだ生暖かった。
「ぬるいですよ、これ」
誠の言葉に島田は呆れたような表情を浮かべた。
「生きてるうちに頭使えよ。氷を入れればいいだろ?そこの冷凍庫にロックアイスが入っているから」
島田は戸棚から盆を出してグラスを六つ並べる。指示通りに誠は冷凍庫からロックアイスを取り出した。
「じゃあ行こうか」
そう言うと島田は食堂を出た。
階段の手すりに手をかけた島田が立ち止まると振り向いた。
「島田先輩……?」
誠は西日に照らされて表情の読めない島田の顔をまじまじと見つめた。
「何も言うな。お前の立場上こういうこともあるだろうということは先刻承知の上だ……、だがなあ……」
そう言う島田の肩が震えている。
「先輩?」
誠は読めない島田の表情を前にして言葉に詰まった。
「羨ましいぞ!神前!」
島田が手すりに伸ばした手を誠の肩に乗せた。
「あ!マサトっちだ!」
様子を見に階段から下を眺めていたサラがそう叫んだ。
「ああ、そうですよ!」
そう言うと島田は駆け足で階段を登る。誠はその後に続いて自分の部屋に入った。
「遅いわよ!」
アイシャの声に島田は頭を下げながらコップを配る。
誠も手にしたロックアイスの袋を開けてコップに氷を入れ始めた。
「荷物運ぶ時から予想はついてたけど、濃い部屋だよな?」
島田は手元に落ちていたアニメショップでもらった団扇で顔を仰ぎ始めた。
「ほっといてください!」
誠はやかんのぬるい麦茶をコップに注ぐ。
「お茶菓子くらい欲しいわね。サラ、あなたよくここに来てるから場所とかわかるんじゃないの?」
アイシャの言葉にサラが飲もうとした麦茶を噴出しそうになった。
「アイシャちゃん!それは言わないでって!」
カウラの視線がサラに向いた。
「何だ?サラの奴、誰かと付き合ってるのか?」
島田が大きく咳払いをする。誠とカウラはそれを見て笑いあった。




