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今日から僕は 33

「おいおい!靴忘れてるぞ!」 

 誠のピッチングが終わって散っていく整備班員やブリッジクルーを押しのけて島田が走ってくる。

「すいません!今脱ぎますから」

 そう言いながら誠はスパイクの紐に手をかけた。

「脱ぐですって。どう思われます?グリファンの奥様」 

「全く破廉恥極まりないですわね!クラウゼ様」 

 アイシャとサラが楽しげにささやきあう。座ってスパイクの紐を解いている誠は情けない顔をして二人を見上げた。

「サラ、苛めるなよ。大事な後輩君だぜ?逃げ出したりしたら明石の旦那にどやされるぞ」 

 島田は誠の革靴を誠の手前に置いてサラに声をかけた。

「だって誠ちゃんと言えば脱ぎキャラで有名だし……」 

 誠の手の力が抜けた。明石に吹き込まれていたがこれで東和軍全体に『脱ぐ=誠』の図式が広まっていくことだろう。島田は仕方ないと言うようにそんな誠を見下ろしている。

 とりあえず誠は脱げそうになったスパイクを引っ張った。

「手伝う?それじゃあ足をサラが持って、私は先生を持つわね」 

 アイシャの言葉でサラが誠の足を持ち上げてスパイクを引っ張る。アイシャはわざと誠の肩甲骨に自分の胸が当たるような抱え方で誠を引っ張った。

「止めてくださいよ!」 

 背中に意外と思える弾力のあるアイシャの胸を感じながら誠は叫んだ。その言葉に二人が手を離す。そのまま誠の体はアスファルトの上に落ちた。

「だからクラウゼ大尉!こいつ苛めないでって……」 

 島田が同情するように誠の手前で腰をかがめてアイシャを見上げる。

「苛めてなんかいないわよ!ただかわいがっているだけじゃない」 

 アイシャは笑顔でそう答える。島田は同情するような視線を誠に向けながら脱げたスパイクと革靴を交換した。

「じゃあ行くわよ」 

 紺色の帽子を紺色の長い髪の上で被りなおすとアイシャはそのまま歩き始めた。

「アンタの車じゃないでしょ?」 

 そう漏らすパーラの言葉はアイシャとサラに無視された。

 正面玄関と呼ばれて入るが警備部以外の隊員が使うことが無い入り口を通り過ぎて、アイシャ達はその隣に続く駐車場に向かった。

 そこにはこの夏の最新型で八人乗りの四輪駆動車が止まっていた。パーラは勤務服のスカートのポケットからキーを取り出した。

 まるで当然と言うように助手席の扉をサラが開ける。

「待たせたな!」 

 勤務服姿のカウラがエメラルドグリーンの髪をなびかせて走ってきた。

「遅いわよ!置いていこうかと思ってたところなんだから」 

 アイシャがそう言うと誠の手を引いて後部座席に座った。

「もう少し奥に動いてくれ」 

 そう言うカウラにアイシャは体を浮かせて移動する。

 誠はカウラとアイシャにはさまれて座る格好になった。

「モテモテねえ、誠君は」 

 そう言うとパーラはエンジンをかけてすべての窓を開ける。

「クーラーつけないの?」 

「すぐにかけても意味無いわよ」 

 アイシャの言葉に言い返すパーラ。遼州ならではのガソリンエンジンの振動が車内に響いて四輪駆動車が動き出した。

「そう言えば皆さんは……」 

「そうよ、遺伝子操作が生み出した生体兵器の成れの果て」

 誠の質問をさえぎってアイシャが答えた。

 ラストバタリオン計画。

 先の大戦で敗色濃厚になったゲルパルト帝国が兵士不足を補うために作り上げた人造兵士計画が生み出した遺物。

 遼州系では培養ポッドから出た彼女達に更生プログラムを受けさせて市民として受け入れることが多かった。誠と同じ幹部候補にも彼女等の仲間はいた。クローニングを基本とするため製造の容易い女性兵士が多く、彼と同じ教育課程にいたのも女性だった。

 しかし、カウラの態度はなんとなくそこから推測がついたがブリッジ三人娘の馴染みぶりは、誠のこれまでの既成概念を根底から覆すものだった。

「なんで保安隊が私達みたいなのが一杯いるかって聞きたいんでしょ?まあ人手不足の部隊ではよくあることよ。それにリアナお姉さんなんか結婚までしてるのよ」

 アイシャはそう言うとゲートを開ける警備兵に手を振る。 

「え!あ、ああそうですよね。鈴木って東和の苗字ですからね。でも……」 

 その時、彼の横に座っていたアイシャが、誠の手を強く握って言った。

「何?あたし等は結婚しちゃ、恋しちゃだめって言うわけ?ねえ、先生」 

 アイシャが握った手を自分のほうに持ってこようとするので、誠は思わず愛想笑いを浮かべた。

 そんな様子に気がついたのか、反対側に座っていたカウラが鋭い目つきでその二人の手を見据える。

「カウラちゃん、どうしたの?」 

 アイシャは得意げな笑みを浮かべながら対抗意識を燃やした目つきでカウラを見据えた。

「二人とも!車の中だよ!」 

 バックミラー越しに異変に気づいたサラが思わず声を上げたのでアイシャは手を離した。

 誠はほっと一息ついてカウラのほうを見据えた。

 初めて会った時のカウラの気高そうな印象が次第に誠には不器用さ故の言動のように誠には見えてきていた。

 誠は気の利いた台詞の一つでもひねり出そうとしたが、国語が苦手で私立理系に逃げた彼にはどうしてもいい台詞が思い浮かばなかった。

「三人とも盛り上がっている所悪いけど静かにしてくれる?」

 アイシャとカウラにはさまれて神妙な顔を強要されている誠が外を見た。工場の敷地を出て産業道路と呼ばれる大型車が行きかう道路から外れた小道を車はかなりのスピードで走っていく。

「ラビロフ中尉、こんなに急がなくても……」 

 誠の言葉にパーラがバックミラーに笑みを浮かべた。

「そう言えばカウラは男子下士官寮って来たこと無いんだったっけ?」 

 アイシャがとぼけたようにそう言った。カウラは黙って頷く。

「汚いところですよ。それに建物は古いし」 

「先生。それ言っちゃ駄目よ。サラが島田君に告げ口するわよ」 

 笑いながらアイシャが誠の言葉をさえぎる。 

「もうすぐね」 

 そんなサラの言葉に誠は車が見慣れた下士官寮から最寄のコンビニの隣の信号で止まっていることを確認した。

 ようやく全開で稼動していたエアコンが冷気を誠にも浴びせてくれるようになったばかりだった。だが四輪駆動車は誠の涼みたいと言う欲求を無視してアパートが続く町並みを抜けて下士官寮の駐車場に入り込んだ。

 夜勤の隊員の改造車の隣にカウラは車を止めた。

「到着ね」 

 アイシャがそう言うと自分の隣のドアを開いて誠の手を握った。

「降りるわよ」 

 そう言うと強引に誠はアイシャに引きずり出された。

 カウラに視線を送る誠だが、カウラは全く気にする様子もなくそのまま隣のドアを開けて砂利の敷き詰められた駐車場に降り立った。

「パンプスじゃつらくないの?」 

 パーラの言葉にカウラは首を振ると目の前の古ぼけた建物に目をやった。

「これが男子下士官寮か」 

 カウラはそう言うと目の前の四階建ての建物を見つめた。誠にとっては全く普通のマンションである。カウラも特に感慨が無いようで一瞥しただけで鍵を閉めるパーラに目をやった。

「別に変わったところは無いですよ」 

 誠はそう言うとすでに駐車場から道路に出ていたアイシャの後に続いた。

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