今日から僕は 32
誠はゆっくりと振りかぶって東都大学野球三部入れ替え戦でウィニングショットに使った時の感触を思い出しながら体をゆっくりとしならせた。
確かに全て思い通りだった。テイクバックの大きさ、右腕を抱え込むようにして倒れこむ上体、軸足の回転、手首の返り、フォロースルー。
完璧なスライダーだ。自分でもそう思って球筋を眺めた。
ストライクからボールになる縦へのスライダー。その切れに思わず明石はファンブルしながら受け止めた。その球の切れ具合に明石は一瞬だけ笑みを浮かべた。
ギャラリー達はその切れにどっと沸いた。
しかし、感嘆の瞳で見つめるカウラを見つめた後に明石を見れば、その表情はすでに曇っている。つかつかと誠の元に歩み寄ってくると、静かに一言一言確かめるようにしながらつぶやいた。
「いいスライダーじゃ。確かに決め球でこれが来て打たれるようなことはないじゃろ。じゃけんど、どう相手を追い込む?どうカウントを稼ぐ?ストレートの切れは落ちとる。速さもワシが見た全盛期のワレの15キロは落ちとるじゃろ。受けてみたがあの軽さじゃあ一発食ろうても、文句は言えん」
そう言うと明石はミットを叩いて再び球を受けるべく距離を取ろうとした。
誠はカウラと要のほうを見つめた。明石の説得力のある説明を聞いてカウラは心配そうに誠を見つめている。その隣でばつが悪そうに目を逸らした要がタバコをくわえている。明華が何か尋ねているようだが要は無視を決め込んだようだ。
人垣が崩れた。カウラと要の間にわざと割り込んだアイシャ。サラパーラとパーラは二人に謝りながら小走りに近づいてくるアイシャについてきた。
アイシャが着ているのは野球のユニフォーム。濃紺の帽子にHの文字。左胸には漢字の縦書きで『保安隊』と書かれている。
「さすが先生!いいじゃん!凄いじゃん!あれは打てないっすよ私は。明石中佐!先生借りますよ!」
立て板に水でアイシャが明石の背中に話しかける。
「まだこれからじゃ。のう神前の」
明石はそう言うとミットを叩きながら誠を見つめる。だが、アイシャは今度は明石に向かって歩き出した。
「ふうん、中佐殿。野球は9人でやるものですよね?サードとセカンドとライトが抜けると言ってもそんな口利けますか?あー、それとショートのシャムちゃんも抜けるように仕向けても……」
明石の顔が急に青ざめる。
「分かった!好きにせい!」
そう言うと明石はそのままハンガーの方に歩き始めた。その姿にアイシャ、サラ、パーラの三人娘は取ってつけたような敬礼をした。
「中佐殿!ご理解感謝します!カウラちゃん!あんたも来なよ!先生の部屋。興味あるでしょ?」
名指しされたカウラを要や明華と言ったギャラリーが見つめた。注目されて少しうつむきながらカウラは確かに頷いた。
隣にいた要はタバコを吐き捨てて、ギャラリー達とともにハンガーに消えていった。
「僕の部屋ですか?」
誠はなにが起きたのかわからないと言うようにアイシャの顔を見つめた。
「そう!先生のアトリエ。是非、見学させてください!」
アイシャは目を輝かせながら手を合わせて誠の慈悲の言葉を待っている。
誠は少しばかり照れながらも断っても次に来るであろう上官命令と言う言葉が想像できるので頷くしかなかった。
「アイシャ!良かったね!私もフィギュア職人の部屋って見てみたかったんだ!」
そう言ってサラも楽しげに微笑む。
「はいはい、ようござんした」
パーラはめんどくさそうに目を輝かせながら誠を見つめているアイシャとサラに声をかける。そんな三人に遠慮するように少し離れた場所でカウラは立ち止まった。
「カウラちゃんも仲間じゃないの!それじゃあ、レッツゴー」
そう言うとアイシャはパーラの四駆が置かれている駐車場へと、四人を引き連れて歩き始めた。
「あの、その格好で向かうんですか?」
誠は歩き始めたアイシャに声をかけた。
「そうだけど……何か?」
あまりにも当然と言った風に答えるアイシャに誠は頭を掻きながら続いた。




