今日から僕は 30
保安隊隊長室で誠は明石と吉田と並んで立っていた。
明石が以前その混乱振りを語ったように、部屋はガラクタで埋め尽くされていた。
決済済みの書類の隣には万力に固定された拳銃のスライドが見える。来客用のテーブルにはボルトアクションライフルが分解されたまま置かれている。本棚には埃を被った大鎧の胴が押し込まれていたり、古新聞の束が紐で束ねられたりしているのが見える。
この部屋の主の嵯峨はぎしぎし言う隊長の椅子に背もたれに体を預けてもたれかかり、頭の後ろで両手を組んで三人を見つめていた。
「まさか同盟司法局直属の実力部隊のうちの隊員がシンジケートにのこのこついて行きましたなんてかっこ悪くて俺も言えなかったんだよ。そこで、まあお前の件は麻薬取引の現場にすり替えて報告したわけ。それと俺がイタリアンマフィアのボスを斬った件は、それにまつわる強制捜査の際に抵抗した連中を切り捨てたと言う線で司直の連中に話したら喜んで正当防衛と言うことにして一件落着してくれたわけ。それでOK?」
嵯峨は直立不動の姿勢をとっている明石、吉田、誠を前にしてそう言った。
「じゃあ自分の責任は……」
恐る恐る誠はそう言ってみた。嵯峨は顔色一つ変えずに語り始めた。
「聞いてなかったのか?そもそもお前はあそこに突入したって言うことで口裏あわせも済んでるし、警察の連中もそれで書類が作れるって喜んでるんだから問題無いだろ?まあどうせ東和警察の連中には信用なんてされてないんだから、お前が責任云々言う話じゃないよ。まあ俺らの上部組織の司法局には報告義務があるからそれなりの書類出して処分を待つ形だが……明石ちゃん。減俸二ヶ月は食らうかな?」
減俸という言葉に誠は思わず背筋に緊張が走るのを感じて隣の明石と吉田に目をやった。
二人とも全く動じるそぶりもなく、話を向けられた明石はサングラスを外してその巨漢に似合わない小さな目をこすっている。
「まあええじゃないですか?西園寺の馬鹿が何処とは言いませんが、大統領に発砲しかけた時は賞与全額カットじゃったしのう」
明石がさらりとそういってのけたのを見て、誠は少しばかり安心した。
「それじゃあ失礼します!」
誠が勢い良く扉を開けて去っていく。その様子を見送りながら嵯峨はひじを机の上についてその上に顔を乗せて明石を見つめる。
「タコ。ちったあ、フォローしてやれよ。一応、実働部隊の隊長はテメエってことにしてやってるんだからなあ?」
風船ガムを膨らまして、虚ろな目つきでやり取りを傍観していた吉田がそう言った。明石はサングラスをかけなおしながら頭を掻きながら吉田を見下ろした。
「そうだな、起きたことは仕方が無い。問題はこれからのフォローだな。実働部隊隊長産には苦労かけるがよろしく頼むよ。それで話は変わるんだけど……これなんだけどさ」
嵯峨はそういうと立ち上がって、骨董かゴミか区別がつかないようなものが積み上げられた脇机の中から包みを一つ取り出すと、明石に手渡した。
「持ってってやんな」
明石はそれを手に取る。その触った感触で明石の浮かない顔が明るく変わった。彼は敬礼をして廊下に飛び出した。飛び出した明石の前にぼんやりと前を見つめたまま、何も出来ずにいる誠の姿があった。
「ワレ!しゃきっとせんか!」
そう言うと気の抜けた顔で振り向いた誠に包みの中のグラブを投げつけた。
誠は素早くそれを受け止めると、それがかつて自分が大学野球で使っていたそれだと気づいて明石の顔をもう一度まじまじと見つめた。
「ちょっと、受けさせてもらえんかの。ワレのスライダー」
そう言うと明石は言葉を発しようとしてまごまごしている誠の肩をがっしりとつかんでハンガーのほうに足を向ける。
明石は実働部隊の詰め所の前で足を止めると、部屋の中で所在無げにしているカウラを見つけた。
「おい!カウラ!ワシのミット取ってくれんか?こいつの球、受けようと思ってな。それとお前も見取ったほうがいいぞ。こいつのストレートの切れは天下一品じゃけ」
カウラが無表情のまま明石の机を漁りだしたのを確認すると、二人はハンガーへと降りていった。
「神前の。足のサイズは?」
サングラスを直しながら明石が尋ねてきた。
「二十九センチですけど」
誠の言葉に納得したように頷く明石はハンガーを歩き始めた。
「島田!スパイク取ってきてくれんかのう。コイツの分も入れて二つじゃ」
明石が談笑している整備員の一人に声をかける。その言葉に島田と呼ばれた曹長は駆け足で技術部の詰め所と物置がある一階のフロアーへと駆け出した。
「安心しろや。俺は水虫じゃないから」
そう言いながら物置から明石のスパイクを二足持った島田が現れる。
「すまんな、古い方を使ってくれ」
そう言うと古いスパイクを誠にあてがう明石。
誠も特に気にすることもなくスパイクを履いた。
「コイツの野球同好会入部は確定ですか?」
どこか憎めない角刈りの島田が明石に尋ねた。
「それをこれから見るんじゃ」
そう言うとスパイクを履き終わった明石が腰を伸ばした。
「神前の。この島田が下士官寮の寮長で野球同好会の一員じゃ。後で挨拶しとけや」
誠はスパイクの紐を結び終えて立ち上がると島田に手を出して握手を求めた。
島田は自分の手についた油をつなぎのわき腹の辺りでぬぐって握手をした。
「まあがんばれよ」
そんな島田の声を聞きながら歩き出した明石の後に続いて誠は小走りでハンガーを出た。




