今日から僕は 28
「あっちは片がついたみたいだねえ」
東都中心街の大通りに面した一等地にあるイタリア系ブランドの宝石店前。
嵯峨はダンビラを肩に乗せたまま、じっと立ち続けていた。周りの買い物客はその姿に怯えたように遠巻きにその姿を眺めている。
通報した人物がいるようだが、警官は嵯峨が身にまとっている東和軍の陸軍の制服の袖につけられた笹に竜胆の部隊章を見てその場で近づかないように野次馬の規制を始めた。
「リアナ。俺が抜刀したら空気読んで入ってきてよ。まあ、抜くかどうかは気分次第だな」
『了解しました』
嵯峨はリアナのその言葉を合図に口にしていたタバコを投げ捨てると、軍服姿には場違いな高級感のある店の中に入っていった。
店員達は瞬時に彼の姿に警戒感をあらわにする。外から覗き込んでいる警官が彼を制止しなかった所を見ていたのか、とりあえず係わり合いにならないようにと自然体を装いながら嵯峨から遠ざかった。
店の中にいた客は嵯峨の手にある日本刀に驚いたような顔をしているが、すぐに店員が彼女達に耳打ちをして嵯峨から離れた場所に移動した。
嵯峨は慣れた調子でショーケースの間をすり抜けながら、ただなんとなく店を見回してでもいるような感じで店の中を歩き回った。一人の若い女性店員が意を決したように店内を落ち着いた調子で眺めている嵯峨に声をかけた。
「お客様。保安隊の方ですよね?他のお客様が……」
「ここで暴れるつもりはねえよ。ここのオーナー出しな。名目上のじゃねえよ。モノホンの方だって、あんたに言っても分からんか……そこのアンちゃん!」
懐に手を入れたままで、じっと嵯峨の方を見つめていた一人の店員に声をかけた。店員は瞬時にその手を抜くと、何事も無かったかのように嵯峨の方を笑顔で見つめた。その頬に緊張の色があることを、嵯峨は決して見落とさなかった。
「アンちゃんよう!『人斬り』が来たら案内する方のオーナー、今日来てんだろ?そいつのとこまでつれてってくんねえか?」
嵯峨は満面の笑みを浮かべながらそう言った。
アンちゃんと呼ばれた店員は初老の店長らしき人物に目配せをする。静かに頷いたロマンスグレーの髪を見ると店員は嵯峨の前へと歩み寄ってきた。
「お客様、店内であまり大声を出されても……。こちらになりますので」
「ああ、知っててやってんだ。気にせんでくれ」
嫌味たっぷりにそう言うと、業務用通路へ向かうアンちゃんの後ろについて嵯峨は歩いていった。
「お勤めご苦労」
二人きりになると嵯峨はアンちゃんと呼ばれていた男にそう言った。男は周りを見回した後、急にへりくだった調子で語り始めた。
「お上。カルヴィーノは今朝、私室に入ったまま動く様子はありません。見込みどおりあの男が中国の外務省のエージェントと接触しているのは私も……」
嵯峨は手を上げて若い男の言葉を制した。
「そいつはダミーだよ。何しろ今回の一件はこっちから仕掛けてるんだ。パレルモの旦那衆も馬鹿じゃねえ。神前ちゃんの売り手はいくらでもあることくらいちょっと頭の回る人間ならすぐわかることさ。値段がつりあがるまで待って、そこで引き渡すってのが商道ってもんだろ?吉田の馬鹿が漁っただけでも、アメちゃんはその倍の値段出してたぜ」
老舗のビルの業務用らしい粗末なエレベータに二人して乗り込む。
「じゃあマフィアに火をつけたのは……」
若い男は再び背広の中に手を入れて小型拳銃を取り出した。
「それが分かればねえ。俺だって苦労しねえよ。ただ保安隊の隊長としては一つのけじめって奴をつけなきゃなんねえ。安心しな、オメエさんの家族は俺の直参が嵯峨家の直轄コロニーへご同道している最中だ。まあこの一件の片がつくまで家族水入らずで過ごすのも悪かねえだろ?」
エレベータは時代遅れな速度でようやく目的の階に到着した。
「まあちょっとだけ付き合ってくれや。始末はウチでつけるからな」
その言葉に安心したとでも言うように、アンちゃんと呼ばれた男は嵯峨を頑丈そうな扉で閉ざされた部屋へと導いた。




