今日から僕は 27
「それにしても、ずいぶんと早ええんじゃねえか?この役立たずの素性がばれるには少しくらい時間がかかると思ったが」
要は二本目のタバコに手をかけながらそう言って見せた。誠は何のことだか分からず、ただ呆然と渡されたジッポで要のタバコに火を点す。
『ああ、神前の素性か?嵯峨の旦那に頼まれて俺が一通りリークして回ったからそのせいかな?』
イヤホンから吉田のやる気のなさそうな声が響いた。
「叔父貴の奴……ったく何考えてるんだ?」
要は吐き捨てるようにそう言うとタバコの煙をわざと誠に向けて吐き出した。それを吸い込んで咳き込む誠。
「あのー、僕の素性って?」
誠はたまらず聞き易そうな明石にそう尋ねた。
「ノーコメント」
明石は短槍にこびり付いた着いた血を拭いながら、わざと誠から眼を逸らすようにしてそう答えた。
「アタシもノーコメント。ああ、シャムに聞いても無駄だぜ。こいつは何も分からんから」
そう言うと要はタバコを口にくわえて誠から目を反らした。
「酷いんだ!要ちゃん!アタシだって知ってることはあるよ!」
「じゃあ言って見ろ」
そう言うと、要はわざと大げさに煙を天井に吹きかける。シャムは必死に記憶をたどりながら抜き身の短刀を振り回した。誠はそれを避けながらシャムに淡い期待をかけた。
「誠ちゃんはね。絵が上手いんだよ!」
誠の硬直していた体の筋肉がシャムのまるで期待しなかった回答に緩んだ。
「それで?」
今にも笑い転げそうな表情に変わった要がシャムの真剣な顔をまじまじと見つめる。
「左利きで、ピッチャーやってた」
シャムは頭をひねりながら言葉を続けた。
「だから?」
「とにかく凄いんだよ!」
ばたばたと手を振り回すシャム。誠は彼女に期待した自分を恥じた。
「あっそう」
全く取り合わない要にシャムが真っ赤な顔で答えを考えているのを聞きながら、要は何事も無かったかのようにタバコを燻らせる。
「まあ、そのうち嫌でも分かるだろって、叔父貴はどうしてるんだ?でく人形」
シャムの顔を見ながら要はこの場にいない吉田を怒鳴りつける。
『嵯峨の旦那ならリアナとブリッジの連中を連れて、こいつ等のクライアントのところにご挨拶に行ってるよ。まあダンビラ抱えて出かけてったからもしかしたら今ぐらいの時間にはそいつの首でも挙げてるんじゃねえのか?』
吉田はそう無責任に答える。
「兼光……引っ張り出したんですか?」
誠は師範代としての嵯峨のことを思い出した。幼いころ、試し斬りで何度と無く愛刀兼光を振るって蝋燭や藁人形を斬ってみせる彼の姿は誠の憧れだった。
『まあ、あの連中も馬鹿じゃねえだろ。ダンビラ抱えてる隊長に喧嘩を売るような酔狂な奴は俺くらいだ』
吉田はそう誇らしげに言った。
かつての嵯峨の剣先の鋭さを子供ながらに覚えている誠は、少しばかり納得した。
誠は再び自分の手の中の拳銃を見た。そして周りのチンピラの死体を見て白くなる意識にあわせてそれを落とした。
「神前少尉。そう簡単に銃は落とすな」
カウラが優しい調子で落ちた拳銃を拾い上げて誠に渡す。
「申し訳ありません」
ようやく体が動くようになった誠は立ち上がった。
「とりあえず下に降りるか」
カウラの言葉に要もシャムも明石も納得したように狭い雑居ビルの階段を降り始めた。
誠もその後に続いて階段を下りる。
先ほどまで恐怖と混乱で動かなかった体が自由に動くのを感じて誠はほっとした。
「なんだ、泣いたカラスがもう笑ってやがる」
タバコを落としてもみ消した要がそう言って笑った。
「これがはじめての命のやり取りだ。正気でいられるのは私のようにそのために作られた人間くらいだ」
カウラはそう言うと踊り場に倒れている死体をよけながら一階に向かう階段を降りる。そんなカウラの態度が気に入らないと言うように要は目を反らした。
「お疲れさんだな」
雑居ビルから外の熱気の中に出た五人を巨大なアンチマテリアルライフル、ゲパードM3を背負った吉田が迎えた。誠はようやく自分が生きていることを実感して大きく深呼吸をした。




