今日から僕は 26
誠は要に視線をやりながらも下での話し声に耳をすませていた。先ほどからもめている若いチンピラの声に混じって下から駆けつけたらしい低い男の声が聞こえる。
「どうするんですか?西園寺さん。三人はいますよ」
誠は銃を拾い上げながら、通路越しに要に話しかけた。
要は一瞬下を向いた後、誠に向き直った。
「お前、囮になれ」
そう言うと嬉しそうな顔をする要。まるで何事も無いようにその言葉は誠の耳に響いた。
「そんなあ……」
誠は要に渡されたチンピラの銃を手に握って泣きそうな顔で要を見つめる。
「あんなチンピラにとっ捕まるようじゃあ、先が知れてらあ。これがアタシ等の日常だ。嫌ならさっさとおっ死んだほうが楽だぜ?」
要は階下を覗き見てそう言い放った。すぐにサブマシンガンの掃射が降り注いでくる。
「どうしてもですか?」
誠の浮かない表情を見て要は正面から誠を見つめた。
「根性見せろよ!男の子だろ?」
要はそう言うと左手で誠にハンドサインを送る。突入指示だった。
「うわーっ」
そう叫んで誠はそのまま踊り場に飛び出すと、拳銃を乱射しながら階段を駆け下りた。
「馬鹿野郎!それじゃあ自殺だ!」
要は慌ててそう叫ぶとすぐさま後に続いて立ち上がり、棒立ちの三人の男の額を撃ち抜いた。
「うわあ、ううぇぃ……」
三人の死体の間に力なく崩れ落ちる誠。
「冗談もわからねえとは……所詮、正規教育の兵隊さんだってことか?ったく。それにしても……下手な射撃だなあ」
誠の撃った弾丸が全て天井に当たっているのを確認すると、要は静かにポケットから携帯用の灰皿を取り出しタバコをもみ消す。
肩で息をしていた誠の耳に足音が響いて誠は銃を向けた。誠の拳銃は全弾撃ち尽くしてスライドが開いていた。震える銃口の先にはアサルトライフルを構えているカウラの姿があった。
「神前少尉……無事なようだな、西園寺!」
銃口を下げて中腰で進んでくるカウラが叫んだ。
その後ろからは抜刀したシャム、短槍を構えた明石が階段を上ってきた。
「誠ちゃん、大丈夫?要ちゃんに虐められたりしなかった?」
短剣を鞘に収めたシャムがしゃがみこんで銃を構えたまま固まっている誠の肩を叩く。
「何言ってんだよシャム!アタシは戦場の流儀って奴を懇切・丁寧に教えてやったんだよ!なあ!神前!」
要の言葉を聞きながら明石とシャムが手を伸ばすが誠は足がすくんで立ち上がれない。
誠には周りの言葉が他人事のように感じられていた。緊張の糸が切れてただ視界の中で動き回るシャムと明石を呆然と見つめていた。
「まあ無事じゃった。それで良しじゃ。立ち上がれんなら手を貸そうかいのう」
明石が短槍をシャムに渡して手を伸ばす。その声で誠はようやく意識を自分の手に取り戻した。顔の周りの筋肉が硬直して口元が不自然に曲がっていることが気になった。
誠の手にはまだ拳銃が握られている。
その手を明石の一回り大きな手がつかんで指の力を抜かせて拳銃を引き剥がした。
「大丈夫か?コイツ」
誠の背後で要の声が聞こえる。次第にはっきりとしていく意識の中、誠はようやく明石の伸ばした手を握って立ち上がろうと震える足に力を込めた。




