今日から僕は 25
「西園寺さん!本気なんですか?俺、まだ死にたくないですよ!」
演技など誠には必要なかった。本音を叫べば命乞いの言葉がいくらでも出てくる。
「ぎゃあぎゃあ騒ぎやがって!だとよ姉ちゃん。こいつを見殺しにしたら、寝つき悪くなるんじゃねえのか?」
誠の叫び声に気分を良くした男が荒れた息をしながら声を上げる。だが、要の表情は変わらない。
「知ったことかよ。そいつだって東和軍に志願したんだ。死ぬことくらい覚悟してるんじゃねえの?」
「西園寺さん!それって……」
誠は頭の中では要の演技だと信じてはいるが要がこの状況を楽しんでいるように見えて恐怖を覚えた。
「残念だねえ。この姉ちゃん君を見殺しにするつもりだぜ。まあ、あの世で恨むならあの姉ちゃんにしてくれよ。俺はただ自分の身が守りたいだけだからな!」
緩んでいた男の誠を押さえつける力が再び戻った。だが、誠はさすがにこれだけ命に関わる状況が続いていると体も馴染んできたようで軽く両腕に力を入れた。
『これは振りほどけるな』
そんな誠の心の声が聞こえたとでも言うように要が軽く頷いた。
「おい、チンピラ。そいつの頭が吹っ飛んだら人質はいなくなるんだぜ?そのこと考えたことあるのか?」
要のその一言は明らかに男の動揺を誘っていた。それを見透かすように要は銃口をちらつかせながら後を続けた。
「つまりだ。お前みたいな能無しにでもわかるように説明してやるとだな、その役立たずの頭が吹き飛んだ次の瞬間には、テメエの額に丁度、タバコでも吸うのにちょうどいい穴が開いているという仕組みになっているというわけだ。つまり、テメエは何も出来ずにここでくたばる運命なのさ」
男の腕の力が再び緩んだ。誠は要の合図を待ったがまだ要は何も合図をよこさない。
「うるせえ!そんなの張ったりだ!テメエにこいつを見捨てるような……」
叫びながら男は拳銃のハンマーが上がっていることを確認したり、視線を要から離して階段の方を見つめたりと落ち着かなくなった。完全に男は要の術中にはまっていた。
「やっぱり馬鹿だな。保安隊に喧嘩売ろうって言うならもう少し勉強しとけ。叔父貴の馬鹿が、どんだけ味方をおとりに使ってテメエの命を永らえたかぐらい、少し戦術と言うものを学んだ人間なら知ってるはずだぜ?まあ、オメエみたいなチンピラの知るところじゃあねえだろうがな」
男だけでなく誠もその要の楽しそうに二人の運命をもてあそんでいる要の言葉に心臓の鼓動が早くなって行くのを感じた。
「うるせえ!撃つぞ!ホントに撃つぞ!」
「だから、さっきから言ってるだろ?撃てるもんなら撃ってみろって……」
その言葉に男はようやく決心がついたようで、ガチリと誠のこめかみに銃口をあわせた。
『伏せろ!』
要の合図と同時に、誠は男の手を振りほどいて地面に体を叩きつけた。
轟音が響き、肉のちぎれる音が、誠の上で響いた。
誠が振り向くと、壁の破片と一緒に男の上半身が吹き飛ばされて踊り場の方に飛んでいるさなかだった。
階段下の三下はそれを誠たちと勘違いして、掃射を浴びせかけ、チンピラの上半身はひき肉になった。
誠はそのかつて人間だったものから目を反らして後ろの壁を見た。
そこには人の頭ほどある弾丸の貫通した跡が残り、コンクリートの破片が散乱している。
『どうだ?うまくいったろ?』
吉田の緊張感の無い言葉が、誠のイヤホンに響いた。その声で誠は状況を把握した。
要が時間を稼げと言ったのは吉田がアンチマテリアルライフルで男を狙撃する位置まで移動する為の時間稼ぎだったのだろうと。
「知ってたんだろ、叔父貴は?さも無きゃテメエがそんなところにいるわけねえんだよ」
要は安心したように胸のポケットからタバコを取り出して一本くわえた。
『まあいいじゃないの?どうせ遅かれ早かれ食い付く馬鹿が出てくることは分かってたことだ。それよりどうする?下のアホを片付けるのはカウラにでもまかせるか?』
タバコにジッポで火をつけると要は誠の目を見てはっきりと言った。
「抜かせ!アタシがけりをつけてやるよ」
そう言うと要は銃をもう一度、確実に握りなおした。
『この人は楽しんでる……』
相変わらず残忍な笑いを浮かべている要を見て誠はそう確信した。




