今日から僕は 24
そんな要の表情も一瞬で変わる。まるで鉛のように感情を押し殺した瞳だと誠は思った。
「おい、新入り」
マガジンを換え終わると、要じっと自分を見つめている誠を見た。
口元には笑みが浮かんでいる。『この人はこの状況を楽しんでいる?』誠はそう感じて背筋が寒くなるのを感じる。だが、要はそんな目で自分を見つめる誠に何かを言うわけでもなく素早く現状を頭の中に叩き込んだように視線を階段の下で待ち構えているチンピラ達へと向けた。
「素人に鉄砲だな。向こうに廊下が見えるだろ?次の掃射でアチラさんのマガジンは空になるから背中を叩いたら飛び出して向こうまで行け。そこで勘違いをして一斉射してくる馬鹿をアタシが喰う」
誠の前には楽しそうにこの状況を見つめている要の姿がある。死線を抜けてきた計算高い殺し屋の目と言うものはこう言うものかもしれないと誠は思った。そしてそんな瞳の要の言葉に、逆らう勇気は彼にはなかった。
階下でのアサルトライフルの射撃音が上がってくる。時折撃たれたチンピラの叫び声が混じり始めた。焦っているのか見えもしない誠達に下にいるチンピラはセミオートに切り替えてサブマシンガンを発砲する。
「アマチュアだな。弾の無駄だぜ」
そう言うと要の口元に再び笑顔が戻る。残酷なその笑顔を誠は正視できなくなって誠はひたすら背中を要が叩くのを待った。
階下のチンピラ達の悲鳴が止んだ。
変わりに拳銃の発射音が十秒ごとに繰り返される。ようやく発砲が弾の無駄と気付いた下のチンピラが相談を始めた。誠も彼らが二人で予備のマガジンを後一本しか持っていないと言う話を聞き逃さなかった。
そのとき要が誠の背中を叩いた。はじかれるようにして誠は走った。すぐに気づいた階下の二人が掃射を始める。弾は正面の故障しているらしいエレベータの壁にめり込む。そのまま誠はトイレのドアの前に張り付いてやり遂げた顔をして要のほうを見ようとした。
その時誠は後ろのトイレのドアが開いたのを感じた。振り向くまでも無く誠の背後に立った男に腕を握られる。そしてこめかみに硬く冷たい感触が走った。
誠の視界の限界地点にある鏡には彼を拉致してきた背広の男の姿が映し出されていた。
「だめじゃないか?商売もんが外に出てきちゃ。おい!そこの姉ちゃん!銃を捨てな!こいつの頭が無事でいて欲しいだろ?」
背広の男はそう叫んだ。
しかし、要の拳銃の銃口は微動だにせず、誠のほうに向けられたままだった。誠は恐る恐るその口元を見た。
要はまだ笑っていた。
「西園寺先輩!死にたくないです!俺はまだ……」
誠は銃を突きつける誘拐犯よりも要の方に恐怖を感じていた。チンピラの銃を突きつけている手が震えているのがわかる。そして要は楽しそうに誠の言葉に答えた。
「騒ぐんじゃねえよ、チェリー・ボーイ!おい、そこのチンピラ。アタシの面見たこと無いか?」
人質を取っている相手に言う台詞じゃないと思える言葉を吐いた要。誠に銃を突きつけている男は明らかに怯んでいるが、手にした人質を放すことは自分の死を意味していると言うことはわかるようで、誠を取り押さえている腕に力が入り、誠は少しばかり咳き込んだ。
「あいにく、保安隊には知り合いがいないんでな!それより早く銃口を下ろせ!」
語尾がひっくりかえっているのが誠にもわかった。誠が銃を突きつけられて人質になるのが初めてのようにこの男もこの状況は初めての体験なのだろう。
だが要は違う。誠を見つめている要の目は何度も同じ状況を体験してきたように落ち着いていた。
「ほう、銃を捨てろから、銃口を下ろせか?弱気になったもんだねえ」
「うるせえ!早くしろ!こいつの頭が……」
ごつりごつりと何度も誠のこめかみを銃のスライドの先端部が叩く。
「好きにすれば?」
要は吐き捨てるようにそういうと、満面の笑みを浮かべて立ち上がった。
銃口は正確に男の額を照準している。誠を抱えている男は、その一言に怯んだ様に誠を抱えている腕の力を緩めた。誠は体に力を入れようとするが、緊張と恐怖のあまり体がコントロールを失ったようでそこから抜け出すことが出来ずにいた。
「どうせどこかの上部組織にでも頼まれたんだろ?三下。アタシの面を知らねえってことは、この業界じゃあ駆け出しだな。やめときな、こんなところで死にたかあねえだろ?じゃあどうしても死にたいならモノは試しだ、その引き金引いてみなよ?」
「そんなー!西園寺さん!」
まるで男に誠を殺させようとしている要に誠は無駄と知りつつ助けを求めるように叫んだ。
『喚くんじゃねえよ!馬鹿野郎!』
耳の中で要の声が響いて誠は驚いた。
来る時に嵯峨に渡されたコミュニケーションツールからそれは聞こえた。
『気づかれるんじゃねえぞ、とにかく喚いて時間を稼げ。それと合図をしたら強引に床に伏せろ。こいつはビビってる。アマちゃんだよ。まあとにかくアタシを信じろ』
交信はそれだけで切れた。気がついたように誠が見た先には、相変わらずサディスティックな笑みを浮かべた要の姿があった。




