今日から僕は 17
「そういえばシンの旦那はどうしたい?また残業か?」
嵯峨がそれとなく明華に尋ねる。明華は几帳面に手を拭いたお絞りを半分に折りながら顔をあげる。
「05式納入の書類が溜まってるんですって。先にはじめてて下さいって言ってましたよ。ただ三十分くらいで終わるからそのころにはコーヒーとアンキモを用意してくれって……」
誠は耳を疑った。コーヒーとアンコウの肝と言う組み合わせがどう考えても理解できなくてそのまま隣の要を見た。
「あの旦那の舌、絶対狂ってるぜ?コーヒー飲みながらアンキモ突くんだからなあ・・・・」
ようやく彼女の話題が途切れたことに安心している要がそう言って誠の視線にこたえる。誠はそのタレ目ながらも鋭い目線で見つめられて思わず視線を落とした。
「おい新入り!お前までアタシのことガチレズだと思ってるんじゃないだろうな?」
おどおどとした誠の態度に苛立った要の声が誠の耳に響く。誠は一瞬カウラに助けを求めようかと思いながらも、それではさらに事態を悪化させると要の目を見つめて言った。
「いえ!そんなつもりじゃあ……」
「よせ要。今日は歓迎会のはずだ。お前が暴れていい日じゃない」
カウラは静かに要をたしなめる。カウラと要の間に流れた緊張をほぐすように、タイミングよくお春と小夏の親子が飲み物と箸、そしてお通しを運んできた。誠はほっとしたように小夏から受け取ったお通しのきんぴらごぼうに箸を伸ばした。
「お待たせしました、はい要ちゃんマイヤーズ。くれぐれも飲みすぎて店を破壊しないようにしてね」
そう言いながらグラスと瓶を要に手渡した。嬉しそうに要は瓶のふたを取ると、琥珀色のラム酒を手の中のグラスに注いでいく。
「お母さん、そのど外道に何を言っても無駄だって。どうせなら塩水入れて持ってくればよかったのに……」
吉田のテーブルにお通しを並べながら小夏がつぶやく。
「何か言ったか?小夏坊!」
要はそう言いながらテーブルにグラスを叩きつける。
「はいはい怖い怖い……。師匠!今日はネコ耳ですか!着ぐるみは着ないんですか?」
小夏は要の態度を馬鹿にしておどける様なしぐさをすると、シャムにそう話しかける。
「うん。俊平が新人の前で本性を現すのはまだ早いって言うから。俊平!本性って何?」
小夏から受け取ったお通しの小鉢を持ち上げて眺めながら吉田はシャムの問いに答えた。
「あのなあ。お前の普段着を見たら新人さんが絶望して辞めちゃうだろ?それにどうしても着たいって言うなら止めなかったぜ。着ぐるみきてタクシーに乗る度胸があればの話だがな」
吉田はいつの間にか階段のところまでビールのケースを運んできていたアイシャからビール瓶を受け取ると立ち上がって明石の席まで言って明華の差し出すコップにビールを注いだ。シャムもそれを見ると次々とビール瓶を並べていくアイシャから瓶を受け取って立ち上がると、そのままリアナの前にあるコップにビールを注いだ。
「それじゃあ誠君には私が注いで上げるわね」
そう言うとアイシャはそのまま誠の隣に膝をついてビールを注ぎ始める。カウラと要が迷惑そうな顔をしているが、アイシャはまるで関心が無いと言うようにそのまま誠のグラスを満たすと、自分あまっているシンのグラスを取り上げて自分の分のビールを注ぎ始めた。
「クラウゼ、それにラビロフにグリファン!」
嵯峨に声をかけられて階段から座敷を覗いていたサラとパーラが頭をかきながら入ってくる。小夏は二人の分のコップを出すとそのままビールを注いだ。
「新さんは日本酒ですよね?」
そう言うとお春は嵯峨の手にあるお猪口に酒を注ぐ。
「じゃあ春子さんも飲みましょうよ、めでたい席なんだから」
そう言って嵯峨が明石が持ってきた新しいグラスを春子に手渡して、そのままビールを注いだ。隣では小夏に烏龍茶を告いでもらったカウラがお返しをしていた。
「じゃあ、注ぎ終わったみたいだし。ここでつまらねえ訓示をしても仕方ないや。とりあえず初の実働部隊新入隊員の前途を祝して乾杯!」
嵯峨はここは隊長らしく日本酒の猪口をかかげた。その場の者はそれぞれにコップを差し上げ誠と乾杯するが、一人要は一息にラム酒を飲み干すと手酌で注ぎ始めた。
「西園寺!ペース速すぎだぞ!」
カウラがそれとなく促す。
「へいへい悪うござんしたねえ。どうせアタシは空気が読めませんよーだ!」
要はそう言うとまた一息でコップのラム酒を空にした。




