今日から僕は 129
誰もいない男子用更衣室。
机の上には吸殻の山が出来ている大きな灰皿が鎮座している。
誠はまずガンベルトをはずし、机の上においた。
『神前』と書かれたロッカー。
作業服を脱ぎながらその扉を開くとパイロットスーツにヘルメットが出てくる。
動悸は止まらない。
更に激しく動き出す心臓。
喉の奥、胃から物が逆流するような感覚に囚われ、思わず口を押さえる。
「僕らしいか」
独り言を言う。
大学時代、東都学生リーグ三部入れ替え戦。
九回まで3安打で抑えてきた。
しかしエラーとパスボールでランナーは三塁。本塁に行かれたら負けが決まる。
肩の違和感は消えない。相手はノーヒットだがバットが触れている六番打者。
カウントはワンストライク、スリーボール。
『あの時は結局カーブでストライクを取りに行ってサヨナラだったっけ』
足元まで覆うパイロットスーツを着ながらそんなことを考えていた。
そのまま行った病院で選手生命が絶たれたことを告げられても、それほどショックは受けなかったのも思い出していた。
いつも気持ちで負けていた。
思い出すのはそんなことばかりだった。
鏡を見た。
血の気の無い顔がそこに浮かんでいる。
カウラ、要、アイシャ。
彼女等が自分を見て同情するのもこれを見たらうなづける。
『つり橋効果ってこう言うものなのかな』と柄にも無く考える誠。
ハンガーの作業がもたらす振動で、時々壁がうなりをあげた。
手袋と、それにつながる密封スイッチを押す。
全身に緊張が走る。
そして防弾ベスト、ホルスターの装着。
自然と手だけが意識を離れたところで動いているような感覚に引き込まれる。
夢なんじゃないだろうか、そんな気分が漂い始める。
誠はヘルメットを抱え、廊下に出た。
作業員の怒号と、兵装準備のために動き回るクレーンの立てる轟音が、夢で無いと言うことを誠に思い出させる。
「おう!新人の癖に最後に到着か?ずいぶん余裕かましてくれるじゃねえか」
パイロットスーツに防弾ベスト、右手に青いヘルメットを抱えている要がいた。
「問題ない。定時まであと三分ある」
長い緑の髪を後ろにまとめたカウラは、緑のヘルメットを左手に持っている。
「整列!」
カウラの一言で、はじかれるようにして要の隣に並ぶ誠。
「これより搭乗準備にかかる!島田曹長!機体状況は!」
「問題ありません!」
05向けと思われる250mmチェーンガンの装填作業を見守っていた島田が振り返って怒鳴る。
「各員搭乗!」
三人はカウラの声で自分の機体の足元にある昇降機に乗り込んだ。
誠の05式乙型の昇降機には西二等技術兵がついていた。
「神前少尉。がんばってください!」
よく見ると作業用ヘルメットの下に『必勝』と書かれた鉢巻をしているところから見て、彼は胡州出身なのだろう。
二十歳前の彼は誠を輝くような瞳で見つめながらコックピットまで昇降機で誠を運んだ。
「わかった。全力は尽くすよ」
それだけ言うと誠は自分の愛機となるであろう灰色の機体に乗り込んだ。




