今日から僕は 127
「んだ?ロボット少佐殿に絞られたのか?」
エレベータ脇の喫煙所で、要がタバコを吸っていた。
「それともあの盆地胸に絞られたとか……」
要のその言葉に思わず目をそらす誠。
「おい!ちょっとプレゼントがあるんだが、どうする?」
鈍く光る要の目を前に、誠は何も出来ずに立ち尽くしていた。
「そうか」
要の右ストレートが誠の顔面を捉えた。
誠はそのまま廊下の壁に叩きつけられる。
口の中が切れて苦い地の味が、誠の口の中いっぱいに広がる。
「どうだ?気合、入ったか?」
悪びれもせず、要は誠に背を向ける。
「済まんな。アタシはこう言う人間だから、今、お前にしてやれることなんか何も無い。……本当に済まない」
最後の言葉は誠には聞き取れなかった。
要の肩が震えていた。
「ありがとうございます!」
誠はそう言うと直立不動の姿勢をとり敬礼をした。
気が済んだとでも言うように、要は喫煙所の灰皿に吸いさしを押し付ける。
「今度はハンガーで待ってる。それじゃあ」
それだけ言うと要はエレベータに乗り込んだ。
また一人、残された誠は私室へ急ぐ。
自分の部屋。
それを見るのはこれが最後かもしれない。
そんな気分になると奇妙に全身の筋肉が硬直した。
恐怖でもない、怒りでも悲しみでもない、そんな気持ち。
訓練、演習、模擬戦。
そのどの場面でも感じたことの無い奇妙な緊張感がそこにあった。
キーを解除し、殺風景な部屋の中に入る。
嵯峨が指摘したように、誠自身も飾りが無さ過ぎる自分の部屋にうんざりしていた。
せめて特撮ヒーローのポスターでも貼っておくべきだったと後悔した。
作業着にガンベルトを巻き、ルガーマーク2の入ったホルスターとマガジンポーチを取り付ける。
ここに戻ることが出来るだろうか?
先ほどの不思議な緊張感が誠の心臓を縛り、動悸は次第に激しくなる。
右腕の携帯端末を開き時計を見る。
あと25分。
中途半端な時間をどう使うか。
そう考えて誠には特にすることも無いことに気づいた。とりあえず早めに更衣室に向かうことぐらいが出来ることのすべてだった。
ただガンベルトを巻いただけの状態で廊下に出た誠の前にアイシャが立っていた。
「誠ちゃん、顔色悪いわよ」
アイシャはもう二日酔いが治ったのか、青ざめた皮膚の色は見た限り残っていなかった。
濃紺の長い髪が空調の風にあおられて舞う。
「パイロットスーツってことは出撃ですか?」
「まあそんなところよ」
アイシャはそう言うと今日始めての笑みを浮かべた。




