今日から僕は 11
「止めてください!また何言われるか……」
誠は慌ててそう口走った。次第に意識が白くなっていくのがわかる。
「だって……」
「だってじゃありません!とりあえず荷物を元に戻してください!」
シャムは仕方なさそうにテーブルの上の荷物を片付け始めた。中古のテーブルが、モノが置かれるたびにぎしぎしと音を立てた。
「おい、いいか?」
ぼんやりとした調子でいつの間にか追いついてきた明石が誠にたずねる。誠は少し呼吸の乱れをここで整えることが出来た。
「なんですか?」
吐き捨てるような誠の言葉に、明石は一息つくと誠の肩に手を置いた。
「その手にした物騒なモノ、いつ仕舞うんだ?」
誠はそういわれて理性が次第に戻り始めた。そして自分が銃を手にしていることを思い出した。
「申し訳ありません……今……」
次第に頭の中が白くなっていくのを誠は感じていた。拳銃の使用について、特に射撃の才能が欠如していると教官に言われたこともある誠はこれでもかというくらいに叩き込まれていた。いくら理性が飛んでいたからと言っても懲罰にかかる状況であると言うくらいのことは考えが回った。
「ワレはホンマ、ウチ向きの性格しとるわ。それと一言、言っとくとエジェクションポート見てみいや。ワレ、スライド引いとらんじゃろ?」
そう指摘されて誠は自分の手に握られた拳銃を凝視した。そのスライドの上の突起が凹んで薬室が空であることを示す赤い表示が見えているのが分かった。ただでさえ自分のした事に震え始めている誠の両手、そして自然と顔から血の気が引いていく。
「東和軍では拳銃は弾を薬室に込めずに持ち歩く規則になっとるからのう。ウチは一応、司法即応実力部隊が売りじゃけ、こうしてだな……」
明石は誠から拳銃を取り上げるとスライドを引いて弾を装填した後、デコッキングレバーを下げて撃鉄を下ろした。
「こうして持ち歩くようになっとる。まあ気になるなら東和の制式拳銃はおまけに安全装置までついとるからそれ使えや。まあそんなもんかけとったら西園寺にひっぱたかれるだろうがのう」
明石は別に誠を咎めるような様子もなく誠に銃を手渡した。誠は震える手でホルスターに銃を納めてそのまま下を向いた。
「しかし……僕……何してたんでしょうね?」
明らかに懲罰対象の行為である。
『懲戒、裁判。そう言えば師範代は憲兵資格持ちだったから内々に軍事裁判を開いて・・・』
そんなことを考えている誠を見ながら明石は口を開いた。
「命拾いって所か?もしワレの銃に弾が入っとったらその喉笛にシャムの腰のグンダリ刀突きたっとる。あいつは格闘戦じゃあ部隊で隊長以外は歯が立つやつおらんけ」
そう聞いてさらに誠の血の気が引いていった。相手は見た目は小学生でも遼南人民英雄章をいくつも受けている猛者である。誠の荷物を物欲しそうに見ているシャムだが、その腰には短刀『グンダリ刀』が刺さっている。明石の言うことが確かなら、誠は自分の荷物を見る前に喉下に刀を突き立てられていたことだろう。
「二人ともぼそぼそ何言ってるの?シンのオジさんがケバブが焼けたから来いだって」
シャムはそう言うと片付け途中の荷物を放り出して外に飛び出していった。誠はよたよたと自分の荷物が置かれたテーブルに手をついた。明石は少しは誠の混乱状態がわかったようだった。
「まったくあいつは食い気じゃのう。これがワレのロッカーじゃ。さっさと荷物入れろや」
そう言うと明石は誠がバッグにコレクションをつめるのを見つめていた。
震えている手で誠はそのままバッグに荷物を詰め終わると静かにロッカーのセキュリティー部分に指紋を登録し扉を開いた。
ほとんど真っ白な頭は考えることも出来ず、ただ手にした荷物をロッカーに放り込んで扉を閉めた。
明石は心配そうに誠を見つめている。
「銃抜いたくらいでなにびびっとるんじゃ。もし懲罰にかけられるようならワシもとうに営倉入りや。あの西園寺のアホが……、まあ詰まらん話は抜きじゃ」
そう言うと明石は誠の背中を叩いた。
誠の頭のもやもやが少しはれて、引きつった笑いを明石に向けることが出来た。
「神前来いや。主計大尉殿のケバブはウチの名物の一つじゃけ。まあワシは奴のマトンカレーの方が好きじゃがのう」
そう言うと明石は何事も無かったかのように、もと来た通路を口笛を吹きながら歩き始めた。誠も仕方なくその後を追った。
「まあな、これから自重しとけば誰にも何も言わせん。ワレは心配せんでケバブを喰っとれ。なあ?」
明石はそう言うと豪放な笑い声を上げて大またで歩き始める。
誠もようやく気分がよくなっていくのを感じていた。相変わらず廊下が暗いのが気になったが、次第に香ばしい匂いがしてくるのを感じて足どりも軽くなった。




