黒田マネージャーと私と愛梨ちゃん 5
読んで頂きありがとうございます!
あのイヤミったらしい上司の黒田マネージャーが私に……キスしてる?
突然の出来事に驚き固まっていると黒田マネージャーは一旦顔を離し、私の表情を伺ってまた顔を近づける。
ハッと我に返り、とっさに掴まれていない左手を黒田マネージャーの口元にあて、私は口づけを遮った。
黒田マネージャーは目を細め不愉快という目で訴えてくるが私はそれどころではない。
扉の前の甘ったるい行為にあてられたのか!?
さかったのか!?
何を間違えて黒田マネージャーはこういう行為をしようと思ったのか私の考えは追いつかない。
真っ赤な顔をして抗議の目で黒田マネージャーを睨みつけるとなぜだろう……笑っている気がする……
「っ……もう、お願い。やめて……わかったから。私が持って帰るから」
私と黒田マネージャーが攻防戦をしていると扉の向こう側で愛梨ちゃんの声が聞こえ休憩室の扉が開く音がした。
恐らく休憩室から出て行ったのだろう。
私はホッとため息をついて口元を抑えている黒田マネージャーを再び睨んだ。
黒田マネージャーは私の左手首も掴み自分の口元をから離して呆れた表情を浮かべた。
「そんな睨んだら残念な顔が更に残念になるぞ」
「はぁ?そんな残念な顔の部下にセクハラしてるのはどこの誰ですか!?」
もう訳がわからなくて少しキレ気味の私は思わず率直な気持ちを言い返してしまった。
言った後にしまった! と思ったが口から出た言葉は元には戻せない。
両手首を掴まれて逃げる事も出来ず、少し怯えている私を見て黒田マネージャーはほくそ笑み
「こういう事をされるという事はどういうことなのか、お前はわからないのか?」
人を馬鹿にしたような態度はかなり腹が立つ。
そりゃ私だって大人の女性である。
こんな危うい場所(狭い密室?)で手首を掴まれてキスされるという事は、その……恋愛的に誘われているのだろうと思うが……
今までの酷い扱いを思い起こせば、この行為すら嫌がらせの様に思えてくる。
大声を出して誰か呼べばいいのだろうが、今後の事を考えるとあまり大事にしたくないし嫌味な上司を異性として意識してなかっただけで、それほど悪い男でもない。
細身でメガネをかけたインテリ系バツイチ上司は知的な雰囲気もあり、たまに見せる笑顔が素敵と違う店舗の女の子が言っていた事を思い出す。
まぁ、私は全然!っと全力で否定したが……
なんだかんだ考えていると店の方から黒田マネージャーを探す声が聞こえてきた。
黒田マネージャーはチッっと残念そうな顔をして、掴んでいた私の手首を離すと金庫室の扉を開け何もなかったように出て行く。
私はその様子を眺め、掴まれていた手首を摩りながらドッと疲れが溢れ出した。
これから先、精神的に仕事がやりずらくなるのは確実だ。
それに……愛梨ちゃんが気になる。
誰と話し、何に怯えているのだろう……?
直接彼女に聞く機会を伺っていると、例の金城さんの車を納車する時間になり、前もって準備していた整備費用の領収書と予想されるお釣りを納車準備をしていた担当の整備士の所に渡しに行く。
すると車に何か違和感を感じた。
洗車されて小奇麗になった白いセダンの車はタイヤは変わったがホイルは元のホイルを使っているし、相変わらずの下品なマフラー音に車高低めでバンパーも社外品でドレスアップしている。
車内からはドきつい香水の匂いがぷんぷんしており、白い座席に族車らしくヘッドレストがない……
整備士が領収書とおつりを受け取り「いってきます」と車に乗り込み納車向かう車を眺め首を傾げた。
「矢野さん、どうかしましたか?」
背後から金城さんの担当営業マンの青山くんに話しかけられ、私は振り向き頭をポリポリ掻く。
「いや、なんかちょっとね……」
「?」
不思議そうに見つめる青山くんに笑顔で「なんでもない」っと言って、残りの仕事を片付ける事にした。
そんな私の様子を店内から眺めている黒田マネージャーの視線が痛い、そしてやりづらい……
結局、終業時間になるまで愛梨ちゃんと話をする事が出来なかった。
更衣室で愛梨ちゃんと一緒になり、やっと話が出来ると思い、ここは極自然に話を聞こうと食事に誘ってみる事にした。
「ねえ、愛梨ちゃん、これからご飯食べに行かない?」
ロッカーの荷物を準備しながらチラッと愛梨ちゃんを見ると「え?」っと嫌そうな顔を浮かべる。
う……なんかショック……
今までそんなに嫌われていた自覚はなかった……
少し戸惑って愛梨ちゃんは首を横に振った。
「矢野先輩、すみません。今日は用事があって……」
「そっかー残念だなー」
目すら合わせてくれない彼女はやはり元気がないように思えた。
最近休みがちだったので体調が万全ではないのだろうが、きっとそれだけではない何かがある。
私は思い切って昼の相手が誰か聞いてみる事にした。
「あーそうだ。愛梨ちゃん付き合っている彼氏いるんだ。知らなかったよ」
金庫室で盗み聞きしてましたよーっという部分は勿論避けて、わざと少し明るめに話題を降ると、愛梨ちゃんは更に顔色を悪くした。
普通ここは顔を赤くしたり照れたりする所ではないのか!?
「す、す、す、すみません……私そんなつもりなくって……し、失礼します!!」
青ざめた愛梨ちゃんは凄いスペピードで荷物を持って逃げるように出て行った。
え?なんだ? この反応は……
そんなつもりがないって?
私はひとり更衣室に置き去りにされ、腑に落ちない愛梨ちゃんの言葉の真意を考えながら彼女が出て行った扉を眺めていた。
子供の頃は思ったことを口にすれば良かったけど、大人になると思ったことを口から出す前に考えてしまいます。これは言ってもいいのかな?言わない方がいいのかな?結局、無口になって相手の事も知ろうとしない自分の出来上がりです。恋愛に関しても、そんな感じになって……大人ってめんどくさい!っと思いました(´・ω・`)