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すれ違い  作者: 北西みなみ
メイリーン編
6/27

別れ

出会った次が別れって……。誰か、ちゃんとしたタイトルつけるこつを教えてもらえませんかね?

付き合い始めた翌日、メイリーンは、男がどこかそわそわしているのに気付いた。それは、自分と付き合い始めて恥ずかしいとかではなく。


「カイル様、どうなさったんですか?」


「ん? 何の話だい?」


「いえ、何か探し物ですか? 先程から、外を気にしているようですけど」


何だったら一緒に探しましょうか? と申し出たメイリーンに、男は困ったように言った。


「いや、すまない。今日はいつものようにフィアナが捜しに来なかったものだから」


メイリーンは納得する。あれだけ毎日追いかけっこを続けていれば、今日もまた現れるかもと気になってしまっても仕方がないのかもしれない。


「でもカイル様、もう逃げる必要はないのでは?」


これからは自分がいるのだし、そもそも婚約を破棄した時点で、少女が男を追いかけ続ける理由がない。破棄を認めず、自分を排除しようとする相手なら別だが、昨日見た彼女は、そんな陰湿なことをしそうにはみえなかった。


「癖で逃げ出しそうになるのは分かりますが、私達を祝福してくださったフィアナ様を信じてさしあげてください」


「あ、あぁ……」


「大丈夫ですよ、実際に今日、フィアナ様は来ていらっしゃらないのでしょう? 今後、フィアナ様がカイル様を追い回すようなことはなさらないと思いますよ」


心配を取り除くため、にっこりと笑って言ったにも拘らず、男はぽかんと口を開けたまま固まってしまった。


フィアナへのあまりの信頼のなさに、メイリーンは、何故か少女の弁明をする羽目になったが、結局その日、男をすっきりと納得させる事はできなかった。




「メイリーン、教授の助手をすることが決まったと聞いたが、本当か?」


ある日、いきなり聞かれたメイリーンは、耳の早さに驚きつつも頷く。


「えぇ。やることは、道具を用意したり、提出物を集めたりと、雑用でしかないのですけど」


助手というにはおこがましい状態だと思いつつ答えると、男が眉根を寄せた。


「メイリーン、私が教授に助手を変えてくれるように頼もうか?」


言われた意味が分からなかったメイリーンは、は? と首をかしげた。


「貴方がそんなことをする必要はないはずだ。態々慣れない作業をこなそうとして、失敗したら大変だろう? そんなことはせず、私と共にいればいい」


これはつまり、焼きもち、なのだろうか? 出来るだけ自分と共に過ごしたい、という。


男の思いもかけぬ執着に、自分の頬がにまにまと緩むのを感じる。


「大丈夫です、カイル様。助手といっても、授業のお手伝いを少しする程度ですから。確かにお昼や放課後にお手伝いがあることもありますけど、そんなに多くはないですよ」


何も心配はいらないのだ、と、男の手を取る。


男はそれでも少し不満そうにしていたが、結局は納得してくれた。


「分かった。だが、何かあったらいつでも私に言うんだ。いいね?」


「ふふっ。それじゃあ、初めて行く場所へ移動するときは、カイル様を呼ばないとですね」


半分冗談で言った言葉に、男は真剣な顔で頷き返す。


「手伝えるものについては手伝う。だから、なるべく一人でやろうとしないこと。いいね?」


「はい」


「いい子だ」


ここまできて、やっと笑顔を見せてくれた男に、案外過保護なのね、と意外に思ったけれど、それは自分のことを想っていてくれている証であり、とてもくすぐったい気持ちになるものだった。



「メイリーン、教授が他の担当の作業まで任せたと聞いたが」


「あ、カイル様。えぇ、私、手際がいいって褒められちゃって。これも、カイル様が手伝ってくださったおかげですね」


「だからといって、貴方が必要のない役までこなす必要はない。以後ないように抗議しなくては」


そのまま、その足で本当に抗議に向かいそうな男を慌てて引き止める。


「ま、待ってください。私、大丈夫です、やれます! 最近は、助手の仕事がきっかけで、他の人達と話せるようになってきたんですよ?」


だから、作業を振らないようにしてもらう必要はないのだと訴えたが、男は頑なだった。


「今まではいい。貴方に任されるものが、貴方が対処できる範囲のものだったから。けれど、自分の役割以上のものを押し付けられるのに慣れてしまえば、自分ではこなすことの出来ないものが降ってくる事態が起こるかもしれない。その可能性を排除しておくのは当然のことだ」


メイリーンは困惑しながらも、そうならないよう、自分の出来る範囲を教授に伝えることを約束し、その場は収まった。



それから、男はメイリーンが何かをしようとするたび、何かにつけて反対した。


危険だ、失敗したら取り返しがつかない、周りからの反発を生みかねない、ありとあらゆる理由をつけ、彼は自分の目に入る範囲外でメイリーンが行動することを嫌がった。


「カイル様、私は大丈夫です。これでも、段々慣れてきたんですよ」


「だがメイリーン、この前も二つの作業を同時に受けて、危うく両方をダメにするところだっただろう? 本来やらなくてよいことを引き受けて、その結果、貴方の評価が下がるのは本末転倒だ」


男の言うことは分かる。確かに正論だし、慣れない自分が幾度も失敗をしそうになったのは確かだ。


その度に助けてくれた彼が心配するのも分かるが、メイリーンだって成長するのだ。また失敗しないとは言えない自分だが、同じ失敗を何度も繰り返す気はない。今度こそ完璧にこなしてみせる、と意気込んでいるのに、こうも心配されると、まるで自分には能力がないといわれている気分になる。


メイリーンとしては、少しは自分を信用してほしかった。彼に助けられるばかりでなく、自分だけの力で成し遂げて、自分だって少しは出来るのだというところを見せたかった。彼に褒めてほしかったのだ。


メイリーンは、段々分からなくなってきた。


彼の優しさは変わっていない。いつも自分のために、自分が傷付かないようにと守ってくれている。変わったのは、自分の意識だった。


真綿で包まれるように守られるのではなく、自分の好きなように動きたい。そう思うようになったのだった。


けれど、何かあったら、助けてほしいと願う心も存在しており。困った時だけ頼るくせに、そうでないときは干渉してほしくないと考えるなど、浅ましいと、彼に従い、守ってもらうことが正しいのだと主張する自分もいる。


もし、彼の助けを断るなら、困った時も頼るべきではない。それどころか付き合うことすら出来なくなってしまうだろう。そんな恐ろしいことをしてもまで、自分の我が儘を貫きたいのか? と自分を責める自分もいる。


それは嫌だ。だって、自分は変わらず好きなのだ。過保護で心配性な彼の行動を嬉しく思う自分だって、確かに存在しているのだ。


ただ少し、自分にも何かの力はあるのだ、と思いたいだけ。自分が何もできない無力な子供ではなく、いつかは彼を助けられるような人間になれると信じたいだけ。


段々と俯きがちに考えるようになったメイリーンを、男はそっと抱きしめた。


「メイリーン、そんなに辛そうにして、そこまで無理して頑張らないでいいんだ。今からだって、私が教授に、助手の役目を別の者に変えるように進言しよう。誰であろうと教授は構わないんだから、貴方が苦しむ必要はない」


心配そうに言われた言葉に、自分の意地が砕ける。彼がこんなに心配してくれているというのに、何故心配をかけなければならないのか。


「ありがとうございます。カイル様……」


メイリーンの言葉に、男はほっとしたように微笑んだ。


「大丈夫だ。貴方のことは私が守るから」


その言葉に泣きたくなったのは、どちらの意味だったのか。メイリーンには分からなかった。



教授は、また気が向いたら手伝ってくれ、と言って、メイリーンを解放してくれた。メイリーンは、戻るつもりのないことを、心の中で謝りつつ、カイルの元へ急いだ。


カイルを見つけ、名前を呼ぼうとしたメイリーンは、その横顔を見た途端、声をかけられなくなってしまった。


なんて辛そうな表情をしているのだろう。見ているこちらまで胸が鷲掴みにされるような。男の見ている方向に眼を向け、メイリーンは心臓が止まる。男の視線の先にいるのは……。


「フィアナ、様」


思わず呟いてしまった自分に気付いた男が振り向く。


「あぁ、メイリーン。教授への挨拶はすんだのかい?」


彼は、先ほどの表情は見間違いかと思ってしまうくらい、普通だった。自分に向ける顔は、いつものように、安心できるような笑顔を浮かべている。


それは、自分の時だけではない。彼は、いつだって笑っている。ただ、一人の少女を見つめている時以外は……。


「メイリーン、どうしたんだ? 具合が悪いなら、休んだ方がいい。寮まで送ろうか、保健室で休もうか」


男が心配しているが、メイリーンはそれに答える余裕はなかった。


――私は、ここにいていいのだろうか。ひょっとして、カイル様は……。


蒼白になってしまったメイリーンを見た男は、メイリーンを暖めるようにそっと抱き込む。


「メイリーン、大丈夫か? 医者に診てもらった方がいいな。ひとまず保健室へ……」


慌ててメイリーンを保健室へ連れて行こうとする男を、無言のまま止め、ぎゅっとしがみつく。


「メイリーン?」


男は、優しく背中を撫でてくれた。


「すみません、カイル様。もう大丈夫です。ありがとうございます」


「メイリーン? 大丈夫か?」


「はい。カイル様がいてくださるから、大丈夫です」


顔色が戻っているのを確認した男は、それでも一応早めに休むように伝え、寮まで送ってくれた。


それから、メイリーンは、今まで以上にカイルと会うようにした。教授の手伝いが亡くなった分、会える時間が増えたというのもあるが、今までは次の授業の準備のために使っていた僅かな時間も出向いていった。自分の姿を見て、男が嬉しそうに笑ってくれるのを見るために。


そんなある日、メイリーンは教授に声をかけられる。


「三日、ですか?」


「そうなんだ。どうしても皆の都合がつかなくてね。その時だけでいいから、手伝ってもらえないかな?」


心底困った様子の教授に、考える。助手に戻る気はない。しかし、ここまで困っているなら、一時的にお手伝いするくらいはやって構わないだろう。


「分かりました。やります」


「そうか、それは助かるよ! いやぁ、本当にありがとう」


打って変わって明るい顔になった教授は、何度も礼を言いながら去っていった。


「メイリーン? 教授と何を話していたんだい?」


「あ、カイル様。今度、教授の手伝いをすることになったんです」


メイリーンが答えると、男は眉を顰めた。


「もう作業を押し付けないように言ったというのに、また頼まれたのか? やる必要はないぞ、メイリーン」


そのまま抗議に行きそうな男に慌てて腕を引く。


「こ、今回は私からやるって言ったんです。困ってらしたようなので、お役に立てないかな、と。だから……」


「メイリーン、教授だって、適当な生徒が見つからなければ、機関に頼むさ。その方が、プロの手が入っていいだろう。失敗するかもしれない貴方にやらせるよりずっといいはずだ」


それは、勿論プロが成功させるのは当然だろう。でも。


「私、頑張ります。今回だけですし、きちんとやり遂げたいんです」


「だが、一度許せば、また次も、という話になる。それに、失敗したら困るのは、貴方だけではない。教授も困ってしまうんだ」


諭す男の困ったような顔が、メイリーンの神経を逆なでした。


「どうして、私が失敗することが前提なんですか? 私はやると決めたんです。成功してみせますから見ていてください」


「だが、今まで貴方が一人で成功したことがあったか? 初めて頼まれたことは、大なり小なり抜け落ちていたと思うが」


「だから、事前にちゃんとリハーサルしてもらいます。失敗しないように私だって考えてるんです」


「しかし……」


「もう、いいです」


「メイリーン?」


「私は、やると決めたんです。カイル様が応援してくださらなくたって、一人でやってみせます!」


言った勢いのまま、駆け去る。そのまま自分の部屋に駆け込み、ベッドの枕に抱きついた。


無性に悔しかった。確かに自分はミスも多い。けれど、彼の言葉はやる前から失敗した時の話ばかりで、自分の能力を否定されている気になる。彼の中では、私に出来ることなど何もないのではないだろうか。


私だって、やれば出来るということを見せたい。そうして、カイル様に褒めてもらいたいのだ。すごいね、よくやったね、と。


「……頑張ろう」


そうだ。今まで彼に助けられてばかりだから、心配されるのだ。今回、全て一人でやりきって、彼に見直されよう。そうして、出来ないと決め付けて悪かった、と反省してもらおう。メイリーンはすごいね、と褒めてもらうのだ。そう、フィアナ様より素敵だよ、と……。


目標を決めたメイリーンは、それから積極的に教授を手伝った。当日どうすればいいのか、考慮しなければならない事は何か、起こるかもしれないハプニングも考え、必死に考えた。


男は、メイリーンを諦めさせることが出来ないと分かると、自分も手伝うと言ってきた。けれど、メイリーンは、今回は必要ない、とその申し出を断った。自分一人でやりきって、男に褒めてもらうために。


そして当日。教授の手伝いを終えたメイリーンは、達成感で胸がいっぱいだった。反省はある。もう少し手際よく出来ただろうと思う部分や、少し危ない場面も存在した。けれど、メイリーンは無事にやり遂げたのだ。


「ありがとう、メイリーン。君のおかげで、本当に助かった」


教授からの言葉も、いつにもなく誇らしい。


「いえ、無事に終わってよかったです。お疲れ様でした」


「あぁ。この成功は君のおかげでもある。君には感謝してもしきれないな」


「いえ、そんな……」


お礼を言うのはこちらです、この手伝いで、自信をいただきましたから、と続けようとしたメイリーンは、続く教授の言葉に、ぴしりと固まった。


「グラントくんにも、私がくれぐれお礼を言っていたと、伝えておいてくれ」


「え?」


グラントというのは、カイルの家名だ。だが、何故ここでその名が出てくるのか。


「いや、もちろん、本人に会ったらこちらからも言うがね。だが、手伝いなどする必要のない彼が、君のためとはいえ、あそこまでやってくれるとは思わなかった。君は愛されているね」


「え、あの。あそこまで、って……」


「君が頼んでくれたんだろう? 恩師への手配も、参加者への心配りも。いやぁ、駄目だね、私は。自分が発表するのに精一杯で、そんなところ、考え付きもしなかった。君たちがいなかったら、皆があそこまで喜んでくれなかっただろう」


いや、本当に助かった、と肩を叩く教授に、どう返事をしたのか覚えていない。


けれど、先程まであった高揚感は、今やどこにも見当たらなかった。


成功したのは私の力ではない。裏で手を回していた男の存在があってのものだったのだ。


目の前が真っ暗になったメイリーンがふらふらと歩いていると、後ろから腕を掴まれた。


「どうした、メイリーン? 大丈夫か?」


この人がいなかったら、今回の成功はなかった。今回は自分一人でやらせてほしいと頼んだにも拘らず、彼は私の能力を疑い、そして実際に彼の助けがなければ失敗していたのだ。


表情の優れないメイリーンを見た男は、心配そうに声をかける。


「疲れたのか? 頑張ったご褒美にケーキでもと思ったが、もう休んだほうがいいか?」


彼は、今回の件に関わっていることを、メイリーンに知られているとは思っていないのだろう。


まるでメイリーン一人の手柄のように労ってくれようとする。けれど、メイリーンは喜べなかった。当たり前だ。おんぶに抱っこの状態で出した結果を喜べるはずがない。


「私……」


「最近ずっと忙しかったからな。もう今日は休むといい。明日からはもう、手伝ったりしないで大丈夫だから」


「……」


落ち込むメイリーンに、見当違いの慰めがかかる。このままずっとこうなのだろうか。


確かに、彼は優しい。なんだかんだで自分を見捨てることなく助けてくれた。それを言わないのは、自分が一人でやりたがっていたからだろう。自分の足りないところを指摘することなく、裏で手をまわしてくれたのだって、私が失敗して落ち込まないように守ってくれたのだろう。そう、最初に言われた通り。


男は、メイリーンを心配し、メイリーンがしようとする前に、全てのお膳立てを整えてしまう。メイリーンの歩く道は、男によって、草も小石も僅かな窪みですら取り払われた状態にされてしまっているのだ。


それに文句を言うなんて間違っている。彼の優しさを踏みにじるなんておかしい。そう、思い込もうとした。けれど、私は、他人の役に立てる喜びを知ってしまった。何も知らず、何もできないまま、彼に守られているのが幸せだと思えなくなってしまった。


「戻ろう。今日は早めに休むといい」


「……カイル様」


「ん、どうした?」


優しく聞いてくる男に、罪悪感は沸く。しかし、もう戻る気はなかった。


「ごめんなさい、カイル様」


いきなり頭を下げて謝ったメイリーンを、不思議そうに見る。


「メイリーン?」


「カイル様に守られている私、確かに幸せでした。だけど私、自分の足で立ちたいんです。失敗しても、傷ついてもいい、誰かにありがとうって言ってもらえるようになりたいんです」


「メイリーン?」


「貴方に甘やかされると私、貴方に寄りかかってしまう。貴方の負担にしかならなくなってしまう。そんなの嫌なんです」


「それは違う。負担なんかじゃない」


メイリーンは静かに首を振る。


「貴方は、負担だとは思わないかもしれません。けれど、今のままでは、私があなたと同じ場所に立つことはない。そんな状態、許せないんです」


彼を好きだからこそ、そんな自分が彼の傍にいるのが我慢できない。


「私は、貴方の支えになりたかった。今はまだ無理でも、いつか貴方に頼ってもらえる人間になれたら、と。けれど、貴方が私に期待することは何もない。何かをしようとすることは、貴方の邪魔にしかならない状態で、それでも一緒にいるのが当然だと思うほど、図々しくなれないんです」


「メイリーン、私は貴方が自分の役に立つから交際を申し込んだんじゃない。貴方を守りたいから……」


「一方的に守られるだけの関係が正しいとは思えません」


「だが、貴方は一人で立つことはできないだろう? だから、大人しく私の元で守られておくれ」


伝わらない言葉に、涙がにじむ。やっぱり自分を認めてもらうことは無理なのか。


「私は、一人で立てないんじゃありません。立とうとするのを貴方が邪魔しているだけ!」


「メイリーン?」


宥めるように、男の手がメイリーンに向かって伸ばされる。


「触らないで! もう誤魔化されません!」


「メイリーン、私は……」


「さようなら。今まで守っていただいて、ありがとうございました」


「メイリーン!?」


驚愕した男の悲鳴のような叫びを無視して、メイリーンは逃げた。


悲しかった。分かってもらえなかったこと、別れる結果になったこと、もう合わせる顔がないこと、そして、男を傷つけたこと。全てがごちゃまぜに胸の中で渦巻き、メイリーンを責めたてた。


何かほかに方法はなかったのか。男を傷付けてまで何がしたかったのか。後悔が繰り返し押し寄せる。けれど、ならばどうすれば良かったというのか。このまま自分を殺して男の傍にいることは出来ない。


男に守ってもらう喜びより、男が自分を必要としないことを思い知らされる絶望の方が大きくなってしまったからだ。


「……メイリーン?」


はっと振り返ると、フィアナの姿が。


「あぁ、やはりメイリーンでしたのね。どうしたんですの? こちらは基礎科ではなくてよ」


「……」


「よかったら、お茶を一杯いかが? 美味しいお茶請けを手に入れたのですわ」


泣きはらした目には気づいているだろうに、あえて触れずに接してくれるフィアナに救われる。


「ね、良いでしょう? すぐに用意させますから」


だが、メイリーンは首を振った。


「いえ、すみません」


「そうね、さすがに急すぎましたわね」


断ったことを気にする風もないフィアナに、メイリーンはひとつ息を吐くと、頭を下げた。


「フィアナ様。申し訳ありません」


「どうしたんですの? 私が勝手に誘ったのだから、そこまで気にすることではなくてよ?」


「いえ……。私、カイル様と別れることになりました」


「え?」


「フィアナ様の婚約を破棄までさせたというのに、本当に申し訳ございません」


「喧嘩でもしまして? 平気ですわ、カイル様は……」


「申し訳、ありません」


頭を下げたまま、苦しそうに謝るメイリーンに、フィアナが言葉を飲み込む。


暫くの間、重苦しい沈黙が流れた。


「……顔を上げてください」


「すみません」


それでも頭を下げたままのメイリーンに向かい、はっきりとした声で告げる。


「分かりました。謝罪を受け入れますわ」


「……ありがとうございます」


「メイリーン、一つだけ聞かせて。カイル様のこと、好き?」


「……」


「答えなさい、メイリーン・コルト」


まるで縋り付いてくるような声音に、メイリーンは小さく頷く。


「……お慕いしていました」


そう答えた自分をどう思ったのか。ふっと笑った少女は、それ以上聞くことなく去っていった。

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