マル秘定期報告書
「カイル様~」
「ん?」
「だーい好きですわ」
「あぁ、俺も君を愛してる」
評価点:五十点
お嬢様の言葉を繰り返すのではなく、更に強い言葉でお嬢様を喜ばせた。しかし、お嬢様から言う前に自分から言い出すべき。ただ、その後、照れ隠しに離れてしまおうとしたお嬢様を、後ろからそっと抱きしめたのは良い演出だった。毎回、正面からだけではなく、変化をつけて接すると、お嬢様も新鮮に思われるだろう。
「カーイル様」
「ん?」
「カイル様~」
「どうした? フィアナ」
「うふふっ、何でもないですわ」
「そうか? ……フィアナ、好きだ」
評価点:七十点
カイル様に甘えるお嬢様を優しく抱き止め、適切なタイミングで愛を囁いた。それだけで、お嬢様の好物の蜂蜜キャンディーが出来そうなほど甘い声。お嬢様は、ぎゅうぎゅうに抱きつき、感激。出来ることなら、そこでもう一押しあればなお良かった。
「どうした? フィアナ。何かあったのか?」
「……怖い夢を見ましたの」
「どんな?」
「が、学園中、毛虫が出てきて、庭園の植物を全部食べてしまいますの。そこから一斉に繭になったかと思ったら……」
「大丈夫、俺がいたら全部燃やしてやろう。もし、フィアナがそんな虫でも殺すのは嫌だというなら、こうやって抱きしめて見えないようにしよう。虫がフィアナに触らないようにしよう。君を虫からも何からも守ってみせる」
「カイル様……」
「夢で助けに行かなくてすまなかった。次に怖いことがあったら呼べ。夢の中でも駆けつける」
「はい。カイル様」
評価点:八十点
夢に怖がるお嬢様に優しく声をかけ、不安を払拭。以後訪れるかもしれない悪夢にも対処した。腕の中のお嬢様は、心底安心した模様。ただ、夢の中でも呼ばれる前に、自分から行くという気力がほしかった。万一お嬢様が呼んでも来なかった、ということがないよう、要努力。
「カイル様!」
「フィアナ、どうしたんだ? やけに嬉しそうだな」
「ふふふっ。カイル様、ありがとうございます」
「ん? 俺が何をしたのかな?」
「昨日守ってくださいましたわ。夢で」
「ふぅん? 夢の俺は、夢の中のフィアナを助けられた?」
「はい。とても格好良かったですわ」
「そうか、それは良かった。だけど、今の君を守るのは俺だから、忘れないで?」
「はい、カイル様」
評価点:八十五点
お嬢様の話をきちんと聞き、それにきちんと答えてくれている。それでいて、夢の中の自分の行動を自分自身のものと見做すことなく分け、さり気なく自分自身を見てほしいというアピールも忘れていない。私好みのアプローチなので、もっとやってほしいものだ。欲を言えば、お嬢様を胸に抱きこむのではなく、視線は合わせて真剣な眼差しを見せてほしかった。
「フィアナ、おいで」
「カイル様? どうなさいましたの?」
「いや、何も? ただ、昨日は殆どフィアナといられなかったから、フィアナが足りなくてな」
「カイル様?」
「このぷにぷにの唇から繰り出される鈴のような声も、俺を見つめるどんな宝石より光り輝く瞳も、俺の手に吸い付くような柔らかな頬も、さらさらとした絹糸のような手触りの髪も、ずっと自分の腕に閉じ込めたくなるしなやかな肢体も全てがなかったんだ。少しくらい取り戻したっていいだろう?」
「う、え、あ、は、はい」
「今日は、ずーっと一緒にいような」
「はい!」
評価点:三十点
一日離れていただけで、お嬢様に対して余裕のないことを見せ過ぎ。そして、くどい。長々と褒めればよいものではない。この場合、いつものようにシンプルに「愛してる」のみで十分だと思われる。それでもお嬢様が喜んだので、おまけでプラス十点。
「カイル様」
「………」
「カイル様?」
「ん? あぁ、フィアナ。すまない、気付いていなかった。悪いが、少しだけ待っていてくれるか?」
「はい、分かりましたわ」
「………ふぅ。お待たせ、フィアナ」
「はい、参りましょう」
「あぁ、待ってくれてありがとう」
「いいえ、真剣なお顔のカイル様を見られて嬉しかったですわ」
「フィアナ……」
評価点:六十点
時には、女に見向きもせずに働く男の魅力を見せることは有効。けれど、少し感極まったくらいで言葉に詰まるのはスマートではない。いくら破壊力抜群なお嬢様の笑顔が眩しすぎたとしても、ただ抱きしめるだけでなく、言葉を惜しまず愛を伝える努力が必要。女は言葉をほしがる生き物なのだから。
「エルダの報告書って相変わらず面白いですわね」
「そうだな。しかし、多少点が辛くないか? 若干私まで心が抉られるようなんだが」
「あら、あなた。私はあなたが誰に何と言われようと、あなたが私にしてくださる全てが私の宝物ですわ。それでもあなたは、エルダの評価を気にしますの?」
「そりゃあ、気になるさ。私達の生活を支えてくれる大切な使用人が、愛する妻の夫を尊敬できないと言ったりしたら、力の限り奮起するよ。私はいつだって堂々と君の隣にいたいからね」
「では、尊敬される主人となるため、休憩を終わらせてお仕事に戻りましょう。待たせる男は嫌われますよ」
「うるさい。ここ三日も、シルフィアとまともにいられなかったんだぞ? 今日の分はもう終わらせたのに、何故無理をする必要がある」
そういって、愛する妻をひしと抱き込む主を見て、執事はやれやれと首を振った。
「はぁ。親子ですね、カイル様と旦那様は」
この発言は残念ながら、義親バカな主人を喜ばせるだけの結果に終わった。
エルダの好みが大いに点に反映されるという報告書。
こんなんなら、書く方も面白そうだなぁ……。




