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すれ違い  作者: 北西みなみ
フィアナ編(本編)
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本編

「メイリーンが、私のところに来ましたの」


愛しい存在の名に、びくっと反応する男に気付かなかったかのように、少女は続ける。


「彼女、謝ってきましたわ。私にここまでしておきながら、結局は貴方と別れることになったことを申し訳ない、と」


「………それで? 無様に振られた俺をあざ笑いに来たのか」


「まさか。そんな無駄なことはいたしませんわ。私だって、暇ではありませんもの」


「なら、なんだ」


「あら、お忘れですの? 私、謝りに参りました、と申したではありませんの」


疑問形でしたけれど、と、くすくすと笑い続ける少女を、男はじっと見やる。睨みつけられるような視線にも全く動じることなく、少女は男を見つめた。


「私、あの時は本当に喜んでおりましたのよ? 貴方が私をまっすぐ見て、その背には彼女を庇っていて、そうして私に婚約破棄を申し出てくださったこと」


「………」


「あら、誤解しないでくださいませ。私は貴方が好きでしたわ。婚約者として、貴方に恥ずかしくないように努力しようとするくらいには」


にっこりと向けられた純粋な好意に、男はついと視線をそらす。少女にひどいことをした自覚はあるのだ。


「私が喜んだのは、そうですわね。嬉しかったのですわ。もう大丈夫だと思ったから」


それは、男にとって予想外の答えだった。


「大丈夫、だと?」


「はい。貴方、女嫌いだったでしょう? 嫌いというか、不信感を抱いてらっしゃったという方が正しいかしら?」


「なっ」


眼を見開いて二の句が継げない様子の男に、少女は、それくらい分かりますよ、と微笑む。


「一応、私婚約者でしたから」


「………」


少女は立ち上がると、瞼の奥にある思い出を探すかのように視線を上に向けた。


「初めて出会った頃は、そうではなかったと思います。ただ単に、あまり女の方を気に掛けることはないと申しますか、もっと楽しいことに興味があったというだけかと」


だから私、貴方にずっと一緒にいていただきたくて、木に登ったりもしたんですもの、と言う彼女は、昔のようにいたずらっぽく笑って、くるっと回ってスカートをひらめかせた。


「けれど、そうですね。十歳くらいのころからでしょうか。いつもカイル様の楽しい顔が浮かぶお手紙から、段々と表情が消えていったのは」


それまでは、互いに日常のちょっとした出来事を小まめに書いては送りあっていた。庭の花が咲いたこと、子猫に引っかかれて泣いたら、ペロペロ舐めてくれて仲良くなったのに、傷口を動物に舐めさせるなと怒られたことなど、どんな小さなことでも書き綴った。おかげで、会うのは年に数回なのに、忙しい父親などよりよほど正確に、互いの状況を把握出来ていた。


それが、いつの頃からか、少年の手紙は変わっていった。少女の便りに対して返答するだけで、自分は何を学んだ、どんな風景を見たといった、自分の近況について、殆ど書かれなくなっていったのだ。


「最初は、年も上がり、女の子に色々と日常のことを話すのが恥ずかしくなったのかな、と思いましたの。姉が、兄もそのくらいの年になってくると、付きまとうのが減り、反対に姉を突き放すようになった、と言っておりましたから」


それでも、少女が手紙を出せば返事はきたし、会えるのが楽しみだと書けば、同意する言葉がもらえたので、少女はそれを、特に気にしなかった。


「きっと直接お会いできれば、いつものように私と遊んでくださるのだろう、またお転婆が過ぎるとばあや達に怒られるような冒険に連れていかれるのだろうと、その時を楽しみに待っていましたわ」


「………淑女として扱われる年の女性に、そんなことをさせる訳にいかないだろう」


「えぇ。貴方はそうおっしゃいました。確かに、それもあったのかもしれません。けれど、これからは私を淑女として扱う、と仰った貴方の眼は、決して私を写そうとはしてくださいませんでした」


少女は、首を振って当時を思い出すかのように話し続ける。男はそれをただ黙って聴いていた。


「私は焦って考えました。これは何か、私が貴方を怒らせるようなことをしてしまったのではないか、と。前回の別れに何かしただろうか、手紙に何かおかしなことを書いただろうか、と必死に原因を考えましたわ」


「………」


「そうして、貴方を見ている内に気付きましたの。態度が冷たいのは、私に対してだけではない、と。父や、兄には普通なのに、姉や母には一切自ら話そうとなさらないのですもの」


それまでの彼は、少女の家に来ると主に少女と二人で遊ぶ事が多かったが、当然ずっと一緒にいられる訳ではではない。少女の家に泊まった朝、少女の用意が整うまでの間、少女の家人と話していたりすることは、社交的な彼にはよくあることだった。


「ひょっとして、何かをしてしまったのは我が家なのか? けれど家同士の問題ならば、こうして我が家に遊びに来ているはずがない、父や兄にだって態度が変わらないはずがない、と混乱した私は、おじ様がいらっしゃるのも気にせず、父の部屋に突撃しましたの」


明らかに礼を失した態度だが、少女を自分の娘のように可愛がっていた男は、突然の少女の訪問にも怒らず、優しく聞いてくれた。


「話を聞いた父は、少し困ったように頭をなで、いいました。それは、お前が悪いわけではない。勿論、私達の家が何かをやったわけでもない。ただ少し、時間が必要かもしれない。寂しいかもしれないが、彼はきっと自力で立ち直れるはずだ。それまで変わらず、黙って待つことがお前の役目だ、と」


「侯爵が……」


「おじ様も、貴方は私のことをきっと好きだから、信じてほしいとおっしゃいました。だから私、お二人の言葉を信じることにしましたの。例え、手紙のお返事が少なくなっていっても、年に数度ですら会うことがなくなっても、ご自身のお話をしてくださらないようになっていても」


少女にとって、二人の言葉は希望だった。ともすれば嫌われているのではないかという態度を取り始めた男を前に、それでも信じ続けていられたのは、二人の励ましがあったからである。


「けれど、あの日。最後にお手紙のお返事をいただいた時、それが間違いだったと気付きました」


少女は、一旦眼をつぶり、近くの樹を見つめながら、なんでもないことを話すように語り続けた。


「あの日も、いつものようにお返事を読もうとした私は、そのお手紙が、貴方のお筆跡ではないことに気付きましたの」


少女はちらりと男を窺ったが、男は無表情のまま、身動きもしない。


「それまで、貴方はどんなに簡単な文章でも、自分でお手紙を出してくださっておりました。だから、私は安心していたのです。まだ大丈夫だ、待っていていいのだ、と」


私を相手にするのは面倒だ、と筆跡が物語っておりましたのにね、と寂しそうに笑う少女に、男は何もいえなかった。


確かに手紙は、義務として当たり障りのない、自分でも何を書いたか覚えていないようなことを適当に書き連ねていたが、表面は完璧に繕っていたはずだった。まさか、見抜かれているとは思ってもいなかったのだ。


「けれど、あのお手紙は、書いた者はかなり努力したのでしょうね。貴方の字になるように、貴方の字として見えるように、と似せるために必死になっているのが分かるお手紙でした」


「だから私、両親に頼みましたの。学園へ行かせてくださいって」


「は?」


いきなり飛んだ話に、男は声をあげるが、少女はうんうんと一人頷いて納得している。


「えぇ、そうなんですの。こちらへ来た時、貴方を驚かせたくて、手紙には何も書かなかったと言いましたでしょう? あれ、実は嘘ですの。最後の手紙を書いた時点では、全く行く気なかったのですわ」


少女の言葉に、呆気に取られる。男の記憶が正しいなら、少女が学園へ入ってきたのは、こちらが手紙を出してから、ほんの数日のことだった。そんなにすぐに会うと知っていたら、態々手紙など出さなくてもよかったのでは、と思ったことを、よく覚えている。


「元々、両親は私に学園へ行くことを勧めておりました。けれど、私にその気がなかったので、諦めていただけですの。だから、私が今から入れるならば行く、と告げると、その場で入学を学園へ了承させましたの」


ですから、侯爵家の権力を、学園に振りかざしたという非難は、甘んじて受けねばならない立場ですわね、と笑う少女に、男は呆然と聞いた。


「何故そんな真似を?」


「私は、ずっと待っていました。貴方が私の所に来てくださるのを。けれど、貴方は私に向き合うことをやめてしまわれた。どんなおざなりであろうと、私のために書いてくださる手紙だけは、貴方が私を忘れていないという証だったのに」


一瞬瞳を伏せ、悲しそうにした少女は、すぐにきっと挑むように男を見据えた。


「だから、私は貴方の前に姿を現すことにしましたの。私はここだ、と。貴方と共に歩むのは私なのだ、と伝えるために」


そして、また少女はくすくすと笑ったが、その笑い声が、男の耳には先ほどより寂しそうに響いた。


「こちらに来て、貴方に会って、貴方の噂を聞いて、成程と思いましたわ」


言われて、男は眉を顰める。適当に言い寄ってくる女と付き合い、飽きたら一切相手の心情を考慮せずに捨てるような己の噂が、良い噂であるはずがない。


「……女にだらしなくなって、婚約者さえも蔑ろにする駄目男だと実感したと?」


再び投げやりな声になった男に、少女はふるふると首を振る。


「いいえ。貴方が女性に接するとき、いつも眼が笑っておりませんでしたから。あぁ、この人は女の全てが憎いのだ、と思いましたの。父やおじ様が、時間が掛かると仰ったのはそういうことか、と納得しましたわ」


少女は、両手を胸の前で祈るように握り締め、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「貴方に何があったのかは、私には分かりません。けれど私が原因であったなら、二人とも、私がそれを知らぬまま、そのままにしようとはなさらないでしょう。だから、私に出来ることは、私が昔と変わっていないことを、態度で示すことだけでした。私は貴方の敵にはなり得ない、それを理解することで、女全体が貴方の敵ではないのだと伝えたかったのです」


だが、男が少女を見ようとすることはなかった。少女が幼馴染だからか、己の婚約者だからなのか、はたまた家同士の付き合いを考慮してか、彼が少女に酷く当たるような態度は見せはしなかった。しかし、代わりに少女は、会うことを徹底的に避けられた。


休み時間に教室へ行けば留守、昼に食堂を探しても見当たらず、居場所を聞いて回って、最新の目撃情報を元に動き回っても、後一歩のところですれ違う始末。おかげで、少女は男の動向を噂で聞くのみで、接触らしい接触といえば、時折、遥か校舎の向こうに移動する姿を見かける程度しかなかった。


「それは、貴方なりに私を守ろうとしてくださっていたからだ、ということは分かります。近くにいれば、きっと他の令嬢のように、私を傷付けるかもしれない。そうならないように距離を置いてくださったのでしょう? 私を忘れたわけではなく、私が女であるがゆえに、悪意を向けかねないから、会わないようにしてくださったのだと分かってはいるのです」


けれど、と少女は続ける。


「私は一緒にいたかった。例え貴方が私を傷付けようとしても、そんなに簡単に傷付かない自信もありましたし」


そんなもの、とうに覚悟の上で追い回していたのだ。例え傷付いたとしても、その痛みが男からもたらされるものならば受け入れてみせる、と。


「どうしようかと私は考えました。貴方が私を無視できないように付きまとうことも考えましたが、やり過ぎて悪印象になっても困るので、これ以上貴方に近付くのも躊躇われたのです」


「……俺の記憶では、十分付きまとわれていたと思うがね」


ふっと笑って言う男に、少女はいたずらな眼を向ける。


「えぇ。貴方にとって気にならないくらいまで控えていては、いつまで経っても貴方の元にいけませんもの」


「違いない」


「でも、これ以上近付くのは危険だと思い、足踏みをしている内に、貴方に珍しい噂が立つようになりましたの」


それは、来る者拒まず去る者追わずだった男が、女性の交際を断るようになり、迫られた訳でもない特定の一人を追いかけるようになったというものだという。


「……………来る者全て拒まなかったわけではない」


「えぇ、そうですわね。私だけは頑なに拒んでらっしゃいましたもの」


そのあまりの言いように、男は苦い顔をして反論するが、少女の方が何枚も上手のようだ。さらっと言われた言葉に、男は反論することの無駄を悟る。


「ともかく、それを聞いて私、貴方が追っているという少女に興味を持ちましたの」


男が気にする女性に興味を持った少女は、自分の友人や伝手を使い、彼女に関する情報を集めた。


「彼女は、大人しいながらも、芯を持った女性ですのね。そんな真っ直ぐな彼女に興味を惹かれるのは極自然なことだと思いましたの。もしそれで、女への不信感が拭えるのならば、それは大変望ましいことだと思いましたわ」


ただ、それが興味以上になるのだと思い至らなかった、と悲しげに笑う少女に思わず手を伸ばしかけた男は、しかし何もせず、その手を下ろす。


「私は自惚れておりましたの。貴方が女性不信になっていても、婚姻を結び、共に過ごすようになれば、貴方の心の澱を少しずつでもなくしていける、と。そして、貴方が如何なる理由であれ自分の中の不信感を払拭したなら、それを助けたのが私ではなくとも、貴方はまた私に以前のような親愛を向けてくださると」


そんな訳ありませんのにね、と呟く少女の顔は、笑顔なのにも関わらず、泣いているように見えた。


「貴方がメイリーンと付き合うと仰ったとき、私はメイリーンが貴方の心の闇を払ったのだと、だから、貴方の心は彼女の元へ移ったのだと納得しましたの」


その思いは、すとんと胸の中に落ちてきた。彼は幸せになる。それは少女にとって、それだけで十分幸せだと思える事実だった。……例えそこに自分がいないことに胸が痛もうとも。


「私は、いつかきっと、と言いながら、貴方の闇をそのままにしていた。けれど、彼女はきちんと向き合った。そうして過去を乗り越え、前へ進めるようになったのだろうと思ったのですわ」


彼の心が癒された、と思った少女は、付きまとうのをぴたりと止めた。その必要がなくなった今、彼に必要とされない自分を思い知るのは、流石に辛かったから。けれどそれは、恋する二人に生じた小さな亀裂を見逃す結果となってしまった。


「私は、貴方がただ一人に執着したというのを聞いていたせいで、その子は貴方にとって救いなのだと思っていました。けれど……」


言いよどむ少女に、男は自嘲の笑みを浮かべた。


「今更気を使ってくれる必要はない。けれど、何だ?」


「けれど、貴方の女性不信は、治っていた訳ではなかった。彼女は、貴方にとって、態々貶めずとも優位性を保つことの出来る存在だった。彼女は自分がいないと立ち行かないと思えたから」


言われて、男は考える。彼女に対する一番強い想いは、確かに庇護欲だった。自分がいなければ壊れてしまうような儚さと、いつでも自分を敬い、逆らうことなど考えもしないような真っ直ぐな憧れを宿した瞳。それが、男に、守りたいと思わせたのだ。


「けれど、彼女は貴方と付き合うことで強くなった。貴方に相応しくあろうと。それと、私に対する罪悪感もあったのかもしれませんわね」


「彼女は、貴方の隣に立ちたかった。貴方の後ろで守られるのではなく。しかし、それは貴方にとって、彼女が自分を脅かす存在になるかもしれないという焦り、苛立ちの種にしかならなかった」


何も言えず、男は黙り込む。


愛しいはずの彼女が、何故おとなしく自分に守られず、一人危険に飛び込もうとするのか。自分はそんなに頼りにならない存在なのかと落胆した。守ろうとすればするほど、逃げようとする彼女に苛立ち、結果的に危険を呼び込む彼女を、声を荒げて問いただした事もある。


それらは全て、彼女を案じ、大切に思うが故の憤りだった。そう思っていた。


しかし、それは正しかったのだろうか?


もし、少女の言うように、愛しいはずの彼女を見下したいが故の行動だったとしたら。自分の優位性を保つため、彼女の自立を妨げるだけだったのだとしたら……。


「最低、だな……」


彼女が逃げるのも無理はない。自分が守りたいものは彼女ではなく、自分自身だった。そのために、彼女は自分に守られねば立ち行かない必要があり、そうなるよう強要していたのだから。


「何が、ですの?」


項垂れ、吐き捨てるように呟いた男に、少女が尋ねる。


「俺は、叔母のことを乗り越えたと思っていた。相手にする価値もない人間に、何をされたところで、俺には関係ないのだと。俺自身は傷ついたりしないのだと。……だが、違ったのだな。乗り越えてなどおらず、叔母からは逃げ、代わりに何の関係もない、罪なき女性達を虐げることで、自分自身を保っていたのだな」


「逃げることは悪い事ではないと思いますわ」


「だが、関係のない者たちを馬鹿にするような権利はない」


「そうですわね」


「それを、一番身近に受け続けさせた訳だ。それは、嫌にもなるだろう」


その結果が、この現状だ。あまりの自業自得な状況に、いっそ笑えてくる。それに、もう一つ分かってしまったことがある……。


捨て鉢な状態で乾いた笑い声を上げる男に、少女は尋ねる。


「どうなさいますの?」


「どう、とは?」


「このままでは、彼女は離れていってしまいますわ」


「もう、とうに離れているさ。最悪な男の虐めにあい続けて、な」


「それはまだ分かりませんわ。貴方は、彼女を守ろうとしていたのでしょう?」


「だが、傷付けたことは事実だ」


「今までの貴方は分かっていらっしゃらなかった。けれど、今の貴方はもう分かっているのでしょう? その態度ではいけないのだと」


「あぁ。しかし」


「分かって同じ過ちをする貴方とは思えませんもの。今の気持ちをきちんと話せば、彼女だって分かってくれると思いますわ。だって、彼女、貴方のこと好きですもの」


「……」


「このまま、何もせずに終わらせて良いんですの? 後悔はいたしませんの?」


「…………」


「今なら間に合いますわ。きっと彼女は、貴方が来るのを待っていますもの」


「そう、だな。けじめは必要、だな。……フィアナ、駄目だった場合は慰めてくれるか?」


甘えるように、頬へと伸ばされた男の手をするりと避けた少女は、男の顔を見つめて軽く微笑む。


「その必要があるとも思えませんけれど、そうですわね。必要だった場合は、勿論お慰めしますわ」


「お人よしだな」


「そんなことはないと思いますわ。幼馴染でもない方なら慰めませんもの」


「なら、俺は幸運というわけか」


肩をすくめて言う男に、少女はにっこり頷く。


「はい。幼馴染の特権ですから、上手く役立ててくださいまし」


「そうだな。……じゃ、行ってくる」


「はい、いってらっしゃいまし。出来れば、楽しい報告の方が嬉しいですわよ。幼馴染特権には、他人が聞いてくれない惚気話を聞く、というのもありますから」


少女が遠ざかる男の背に声をかけると、男は振り返って、かみ締めるように言った。


「フィアナ、……ありがとう」


少女は一瞬、眼を見開くと、それはそれは嬉しそうに笑った。


「はい。いってらっしゃいまし」


少女に背を向け、真っ直ぐ前を向いて去っていった男の影に向かい、ぽつりと呟く。


「正しくは、私が愛する幼馴染、の特権、ですけれどもね」


少女の呟きは、風に流されて消えていった。

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