義息子の訪問 前
カイルさん、フィアナ家に土下座に行く、の巻です。
その日、サランディア家には、重苦しいまでの緊張が漂っていた。
なぜなら、眼に入れても痛くないほど可愛い末娘に一方的な婚約破棄を告げ、泣かせた男がやってきているからだ。
執事が来訪を告げたのは、サランディア侯爵は、愛する妻と共にアフタヌーンティーを楽しんでいた時だった。
「カイルが?」
「はい。出来ればお会いしていただきたいとの言伝を預かっております」
「なら、無理だと伝えておけ。今私は忙しい」
のんびりと紅茶を飲みながらそんなことをいう。訪問を追い返すのは、これで四回目だ。
「しかし、今回はお嬢様も一緒にいらっしゃっておりまして、カイル様と一緒にいるから、時間があるなら会ってほしいとのことです」
執事の言葉に、むむむと眉根を寄せる。愛娘には会いたい。学園に行ってから、殆ど会えていないのだ。娘の手紙だって、小僧に送っていた頻度より低い頻度でしか送られてきていないのだし。
けれど、我が娘は絶対にカイルから離れようとはしないだろう。自分としては、後五回程度はすげなく追い払わせて、そこから会って、最初は話を聞かずに「帰れ」と自ら追い払う予定だったのだが。
恐らく、自分が話を伸ばしに伸ばすことを察してじれたに違いない。何度でも相手が納得するまで繰り返し行動できる忍耐を持つカイルと違い、我が娘は、末っ子の特権もあってか、自分の我が侭を他人に飲み込ませるのが上手い。他人なら我が侭だと捉えられる事も、娘が言うと不思議と皆が納得してしまうという特技を持っているのだ。
ただし、今回はカイル自身が決着をつける必要のある話である。いくら娘がカイルを大好きだからといって、それで許すわけにはいかない。それは娘にとってもカイルにとってもためにならないことなのだ。
娘には会いたいが、カイルへの手心になっても良くない。今回は泣く泣く会うのを見送るか、と考えていると、妻が立ち上がった。
「フィアは応接室?」
「はい」
「あなた、私、娘に会いに行ってきますわね」
「シルフィア!?」
「だって、会いたいんですもの」
おっとりと微笑まれ、敗北する。我が妻は末娘より自分の意志を通すのが上手い。この親にしてあの娘あり、と思わせる自然な態度であり、私は特に彼女のおねだりに弱い。この場で妻を止められるものは誰もいないのだ。
ふぅ、とため息を吐いて立ち上がった侯爵に、フィアナの母親は、楽しそうに笑った。
「あら、あなた。一緒に来てくださいますの?」
「あぁ、私も久々に娘に会いたいからな」
そうして、妻をエスコートしながら応接室へと向かった。
応接室に、ノックもせずに入る。カイルは、席にも着かず、自分に向かって頭を下げており、座っていた娘は椅子から立ち上がった。
「お父様、お母様、お久しぶりです」
「あぁ、息災か?」
「はい」
「学園は楽しめている?」
「えぇ、皆に良くしてもらってますもの」
抱擁し合う母娘を、まとめて抱き込む。その間、当然カイルは完全無視だ。
ひとしきり挨拶をしたところで、視界の外れから声が掛けられる。
「侯爵、奥様、御無沙汰しております」
「えぇ、本当に」
妻は屈託なく笑いかけるが、私はちらりと見るだけ。会う気はなかったのだという精一杯のアピールだ。
「本来なら、毎年伺うところを、私の不明でお伺いもせず申し訳ありません」
「気にしなくていいわ。娘のお相手だったから、会うようにしていただけだもの。婚約破棄したなら、伯爵だけでも構わないのよ」
おっとりという妻の言葉に、少し寒気がする。いかん、歳だろうか?
妻の言葉に一瞬動いたカイルだったが、硬い声ながらもしっかりと立ち向かう。
「申し訳ありません。お詫びのしようもありませんが、無理を承知でお願いします。私にもう一度チャンスを与えていただけないでしょうか」
一気に言って、そのまま頭を下げ続ける子供を見る。いずれ義息子になると思っていた子供を。
「さて、何の話だか分からんな。もう一度もなにも、君に何のチャンスがあったというのか」
「私が、フィアナ様と共に生きていくお許しをいただけるチャンスです。今度こそ間違えません。彼女に相応しくなってみせます」
そうして自分に真っ直ぐ向けられた視線に、懐かしい気持ちが湧き上がった。彼のこの眼差しを見たのはいつが最後だったか。
私は、カイルと会っていた時のことを思い出していた。




