表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すれ違い  作者: 北西みなみ
カイル編
17/27

凍りついた時間

「カイル、サランディア邸に行かないか?」


父親がそう告げたのは、カイルが起き上がり、普通に歩けるようになった頃だった。


あの時のことは、フィアナには知らされず、急な視察についていったために手紙が受け取れない、ということになったらしい。


叔母は、カイルの知らないうちに、屋敷からどこかへ移動していた。心のケアを専門にする医者が付きっ切りで叔母を看るそうだ。カイルはどこへと聞いたが、父は決して場所を教えようとはしなかった。


「サランディア邸へ?」


「あぁ、いつもより少し早いが、あちらも構わないと言っている。これ以上暑くなる前に、一旦行っておくのもいいんじゃないかと思ってな」


父の言葉に、一瞬躊躇する。


「フィアナちゃんも、いつもより早くカイルが来れば、きっと驚いて喜ぶだろう。どうだ、フィアナちゃんを喜ばせたくはないか?」


「フィアナ……」


「会いたいだろう?」


会いたい。会って、安心したかった。フィアナは無事だと。手紙では、いつも楽しそうにしている。けれど、毎夜悪夢がフィアナを襲い、カイルはすっかり参っていた。


こくんと頷いた息子に、親は安心したように笑った。


「なら、さっさと準備をするんだ。早くしないと、夜中になるからな」


「はい」



サランディア家に行く馬車の中、カイルはいつものように手土産を用意していないことに気付く。


「あ……」


仕方がない、急な出発で、最低限の用意しか出来なかったのだから。そう思う一方、声が聞こえる。


『手土産一つ用意できないなんて、気が利かない』


『そんなんで、フィアを守れるなんて、よくいえたもんだよな』


言葉を振り払うように頭を振る。サランディアの皆がそんなことを言うはずがない。カイルは必死に、自分を見つけて駆け寄るフィアナの姿を思い浮かべた。



「カイル様! いらっしゃいませ!」


フィアナが満面の笑みで迎えてくれたことにほっとして、手を広げる。しかし。


フィアナが飛びついてくる直前、目の前に赤い炎が見えた。ついで、燃えるフィアナが思い出され、咄嗟に大きく下がってフィアナを避ける。


「フィアナ、久しぶりだね」


慌てて視線の高さを合わせ、いつものように言ったつもりだったが、フィアナは微妙な顔をしてしまった。


「会えて嬉しいよ、フィアナ」


そう言って、恐る恐る抱きしめると、フィアナはこてんと自分に身を預けた。


「はい、私もですわ」


フィアナが燃えたりしないことに安心しながら、いつものように話していると、後ろから声が聞こえた。


「カイル、久しぶりね」


返事をしようと振り向いて見えたのは、水色のスカート。思わずびくっと肩が跳ねるが、相手はフィアナの母親だった。


「義母上、お久しぶりです」


相手にばれぬよう、平静を装って返事をする。二、三会話を交わし、去っていく義母を見送り、腕の中のフィアナに顔を戻すと、フィアナはこちらをじっと見ていた。


「フィアナ?」


話が長すぎただろうか? けれど、この程度の会話なら、よくやっている。基本的に、フィアナがカイルを離さないため、他の人物が話したい場合は、割り込むしかないためだ。


じっと無言でこちらを見ていたフィアナは、自分の腕を振りほどくと、一目散に逃げ去った。


「え……?」


カイルは、呆然とフィアナの走り去った方を見つめた。


「ふぃあな?」


呟いた声に、返事はなく。振り返ることも、戻ってくることもない事実に、カイルは身動きすることすら出来なかった。


『あらあら。可愛いお姫様は貴方の元から逃げてしまったわね』


どこかから聞こえてきた叔母の声に、カイルの心が冷えていく。


――アァ、ソウカ。ワタシガタヨリナイカラ。ワタシニマモルチカラガナイカラ、フィアナハニゲタノカ。


自分がフィアナに見放されたと分かった途端、世界から色が消えた。


それから、どう過ごしたのか分からない。遥か遠くでフィアナの声が聞こえた気もするが、きっと気のせいだろう。フィアナは私の元から去ってしまったのだから。


「カイル様、先程はごめんなさい。あのね、私、……カイル様?」


いつ戻ったのか分からぬまま、屋敷にいた。もう、努力する必要も、鍛える意味も見出せなくなっていたが、小さい頃からの習慣のせいで、今更やめるという気力すらなかった。


視察から帰ったある日、机に積み上げられた手紙を見つける。


「……フィアナ?」


それは、もうとっくに来なくなったと思っていた、フィアナの手紙だった。いつからあったのだろう、ちょっとした山になっている手紙を、恐る恐る開く。


 愛しのカイル様

 

 友達に勧められて植えたスイートピーが咲きました。とても綺麗だったので、カイル様にもお裾分け。以前、カイル様と色々な花言葉を調べたのを覚えていますか? このスイートピーの花言葉は、私の気持ちにぴったりだな、と思いながら作った押し花です。

 一番綺麗に出来たものを選びました。でも、友達にも奇麗なのをあげる約束をしてしまったので、一番をカイル様にあげてしまったのは内緒にしてくださいまし。

 視察が多く続いているようですが、体には気を付けくださいね。私が見ていないからといって、無茶をしないでください。体調管理は領主にとって、一番大切だと父様に聞きました。一人でも自分を律することが出来るのが大人なのだと。

 最近、ようやく社交界に出ても大丈夫、とお墨付きをもらえて、皆の前でダンスを踊れることが楽しみで仕方がないです。

 

 それでは、幸せなファーストダンスを練習の励みにして。      フィアナ・サランディア


現実では自分を見限って消えてしまった少女は、手紙の中では変わらずに、喜びを伝えていた。けれど。


「分かったよ、フィアナ……」


カイルは、涙を流しながら呟いた。スイートピーの花言葉は『さようなら』。フィアナにとって、自分はもう共に生きていく相手ではないのだ。


親同士、交流があるため、こうして手紙は続いていくのだろう。例え、自分がもうその手をとることができなくとも、社交界で新たな婿が探されても。


ならば、自分も見つけよう。自分と共に歩んでくれる相手を。幸い、グラントに嫁ぎたいという者は多くいる。探せば、フィアナのような相手がいるかもしれない。そんな相手を見つけ、手紙を見ても何とも思わないようになれれば、また何食わぬ顔でフィアナと会えるようになる。


フィアナと共に過ごす関係を続けていくためには、フィアナと別れ、フィアナを忘れなければならない。それは、今の自分には考えるだけで辛いことだった。


けれど、それでフィアナが幸せになるなら。やらなければならないことなのだろう。


カイルは、父親に学園への入学を望んだ。

分かりにくいですが、カイルが学園を希望したのは、フィアナに会わないようにするためと、同年代のお相手を探すためです。十二だとまだデビュー前ですからね。相手がいないままフィアナに会うのは耐えられなかったので、手っ取り早く大勢が集まる場所へ行きました。


そして、お相手見つけようとしたカイル君は、家の地位やらお金やら目当ての女性の多さに女性不信になり、叔母との思い出も歪んでいって、捨て鉢人生送っていくのでした。


つまり、まだこの時点では、カイルにとって叔母上ってのは守るべきもの(守れなかったもの)であり、いつの間にやら恨みをもつ様になったのは、その後のハイエナ令嬢達のせいだったりして。


因みに、フィアナの言っているスイートピーの花言葉は『至福の喜び』です。『さようなら』もあるのは知っていましたが、この手紙の流れで、別れを花に込めると思われるとは、予想できませんでした。だって、ファーストダンスは自分のものだって主張してた男に楽しみーって書いてるんだから。フィアナのその考えは、間違ってない。うん。


ただまぁ、フィアナと同じくらい守ろうとしていた相手にめためたに傷つけられて、全てが怖くなっちゃったカイルも悪いとはいえない訳で。何せ日本人でいえば、まだ小学生。そりゃ、勘違いしたり間違えたりするのは仕方がない。未婚で社交界出るってのが、殆どの人にとっては嫁婿探すってのが主な目的だってのも正しい訳だし。


その時だけ、一人でも頑張って、とか書いちゃったフィアナと、それ見て足掻かずに諦めちゃったカイル。大変間の悪いやり取りで数年間、ずっとすれ違い続けましたとさ。



さて、次は過去未来編、かな? これが終われば、二人の間に何の障害もなくなるぞー! おー!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ