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すれ違い  作者: 北西みなみ
カイル編
16/27

絶望

「そう。それは良かったこと」


「はい、叔母上。そういえば、見てください」


「これは、あの時の小物入れ?」


「はい。父に相談したところ、これくらいなら繕えるかもしれない、と、金継ぎを頼んでくれたのです」


「そう、良かったわね。見せてもらってもよい?」


にっこり笑って手を差し出す叔母に、小物入れを渡す。


ガッシャーン!


「え?」


直ったばかりの小物入れが、床に散らばっていた。


「あらあら。また壊れてしまったわ」


その笑みに、寒気が走る。何故かは分からない。けれど、カイルは今すぐここから逃げ出したい気分に襲われた。


「お、叔母上、私、何か片付けるものを持ってきます」


言って、踵を返したカイルだったが、扉にいた侍女に阻まれる。


「ネイア、掃除用具をお願いできる?」


侍女は、傍にいた仲間に頼み、カイルを部屋に押し戻した。


カチャン。


「え?」


何故、鍵を掛けられたのか分からず、うろたえる。


「どうしたの? カイル」


気がつくと、叔母がずいぶん近くに来ていた。


「お、叔母上? どうなさったのですか?」


「あら、何が?」


「気分でも優れないのですか? 物を落としてしまわれるなど。具合が悪いようでしたら、少しお休みになった方が良いかと思います」


「あら、具合なんてどこも悪くなくてよ。だって落としたのは態とだもの」


叔母は、いつもの通りの口調で、あっけらかんと言った。その変わらない態度に却って恐怖が増す。


「な、何故ですか?」


「何故? そうねぇ。貴方が何か勘違いしているようだったから」


「勘違い、ですか?」


「そうよ。貴方、お兄様に言われて、私を守ると約束したんですって?」


「はい。まだ若輩者ではありますが、一生懸命、務めさせていただきます」


「貴方にそれが出来るとでも思っているの?」


「私の力が足りないのは分かっています。ただ、この家にいる限り、他者の悪意は及ばないと安心してください。父も、貴方が心健やかに暮らせるよう、配慮しております」


「悪意、ねぇ……」


何かを考えるようにする叔母に、カイルは一生懸命訴えた。


「叔母上、ここは、この家には、貴方を害するものは近付かせません。私も叔母上を守りますから、叔母上が不安になることはないんです」


必死に言い募るカイルに、叔母は狂ったように笑い出した。ぴたりと笑い止み、カイルを見据えた叔母の表情は、ぞっとするような笑みを浮かべていた。


「お前が? お前ごときが私を守れるとでも? 私の傷を癒せるとでも言うの?」


「私には、叔母上の傷がどのようなものか、想像もつきません。親戚とはいえ、ぽっと出の私が、叔母上にとって救いになれるかどうかは分かりません。けれど、私は、貴方の家族として、貴方が少しでも楽になれるよう、楽しめるお手伝いをさせていただきたいと思っています」


「馬鹿を言わないで。お前ごときが、何かを守れるはずがないでしょう。ましてや、私の心など、守れるわけがない」


完全な拒絶に、身が竦む。一体どうすればいいのだろう。自分がここにいた方が良いのか、一旦、叔母の心が落ち着くまで姿を見せないようにしたほうが良いのか、それさえも分からない。


「お前は、結局何も守れない。守ると口で言うだけで、守った気になって、悦に入っているだけの馬鹿な子供なんだもの。お前に出来ることなんて、守りたいとしがみついて、自分の手で壊すだけ」


カイルは、どうすればいいのか分からず、黙り込む。下手な反論は、叔母を興奮させるだけだということは分かるのだが……。


「諦めなさい。お前は大好きな彼女を守れない。本人は愚か、薔薇も折り紙も、小物入れですら」


ぐっと唇をかみ締めたカイルは、ふと気付く。何故、叔母が、フィアナの折り紙のことを知っているのか。


「あら、不思議そうね。何を言っているのかわからない? まさか今でも、全部偶然で仕方がなかったんだ、とでも思っているというの?」


「叔母、うえ?」


「そんなもの、態とに決まっているでしょう? 貴方が、あんまり馬鹿なことを言うから、本当かどうか試しただけ。貴方、結局守れなかったわね」


「わ、ざと?」


「そうよ。貴方が大事にして、守りたいと思っていたもの。フィアナ様と関連のあるものなら、何でもよかったのだけれど、そうそう簡単には見つからなくて、残念だったわ」


少し悔しそうに話していた叔母は、しかしすぐににっこりと上機嫌に変わる。


「でもまぁ、いいわ。とってもいいものが手に入ったから」


そう言った叔母は、机の中から、紙の束を取り出して、高々と掲げた。


「こ・れ。なーんだ?」


それは、自分の部屋に大切にしまってあるはずのものだった。


「な、何故……」


「さぁ、何ででしょう。それよりこれ、確か彼女の『心』が詰まってるとか言っていたわね。これが破けたら、彼女の『心』も破れてしまうのかしら?」


ふふっ、と笑う叔母から手紙を取り返そうと、必死に手を伸ばして言い募る。


「返してください!」


「えぇ、いいわ。ほら」


手紙を高く掲げていた叔母は、カイルの言葉に、ぽいっと後ろへ投げ捨てた。火の燃え盛る暖炉の中へと。


『フィアの心、ぎゅーっとつめて、フィアの代わりにおくります』


フィアナの顔が浮かんだ瞬間、手紙に飛びつく。


「フィアナ!」


自分自身に火の粉が掛かるのも気にせず、燃えようとする紙を炎から遠ざける。


それでも少し燃えてしまった紙を見て、叔母が微笑む。


「可哀想なフィアナ様。貴方に守られると信じて、実際には守られずに不幸になってしまうなんて」


「きっと、これも守られずに消えてしまうのでしょうね」


叔母の言葉に反応したカイルは、そこに見覚えのある箱があることに愕然とする。何故、残りの手紙までここにあるのだ。いや、そんなことより。


「やめてください! ……がぁっ」


「きゃあ!」


必死に叔母の裾に縋ったカイルは、次の瞬間、衝撃で息が出来なくなった。全身が熱い。一体自分の身に何が起こっているのか理解できずのた打ち回る。


「汚らしい手で触るなんて、失礼な子ね」


「か……はっ……」


ごんっごんという音と共に、何度も衝撃が自身を襲い、何も見えなくなる。


「ぼ、坊ちゃま……」


侍女の泣きそうな声が遠くに聞こえた気がする。一体、何が起こっているのか聞きたかったが、世界が回り、何も出来ない。


ただ、胸に抱きこんだ手紙を守らなければ、という思いだけが、カイルに身を固く守らせた。


「お、ばうえ、やめ……ぐぅ……」


「ひぃ……、だ、誰か!」


言葉と同時に衝撃が去り、ぼんやりとした視界に、扉へ走る侍女と、その後ろを歩く水色のスカートが目に入る。


カイルは咄嗟にそれを掴んだ。


「だめです、おばうえ……っ!」


侍女を追うのを邪魔された叔母は、忌々しげにカイルの腕を踏みつけた。


「ふん。使えない使用人だこと。まぁいいわ、ゴミはあらかた片付いたことだし」


その言葉に、暖炉を振り向く。


そこには、空になった箱が散乱し……。


「あ……、ふぃ、フィアナ?」


思わず暖炉の中に手を突っ込むが、紙は見つからず。


「お前が手紙を守る、なんて我が侭を言っていなければ、なくなりはしなかったのにね」


体中の痛みで倒れ込み、叔母が耳元で囁くのを最後に、カイルは自分の意識を手放した。


「ほぉら、お前のせいで、可愛い彼女の『心』は駄目になってしまった。次にお前が壊すのは何かしら? 彼女の信頼? それとも……、彼女自身?」


それから暫くのことは覚えていない。


次に気付いた時には、主治医がいて、カイルに何かを飲ませていたのだけ覚えている。すぐに意識が途切れたカイルは、暗闇の中を彷徨っていた。


『お前は何を守れるというの?』


暗闇の中、叔母が問いかけてくる。


「守ります。フィアナも貴方も。皆が幸せに暮らせるように」


心から言ったカイルの言葉に、馬鹿にするような声が響く。


『毎度毎度、侯爵に断られているくせに』


「今は出来ずとも、必ず守れるようになってみせます。父が、侯爵が、大切なものを守っているように」


『』


「」


『』


「」


何かを聞かれていた。自分も何かを答えていた気がするが、それらは自分の耳には聞こえず、何かを答えるたびに、自分から何かが零れ落ちていく気がした。


『フィアナ様は、貴方といたせいで不幸になってしまうの』


違う。


『だから、フィアナ様は逃げてしまった』


違う!


カイルは、反響する声から逃げるように耳を押さえて走った。


『紙切れすら守れない人間に、人の心など、守れるはずがない』


『駄目だな。全くなってない』


『カイル様ぁ』


叔母の声はやがて、試験の不合格を告げる義父になり、最後に自分を呼んで泣く少女に代わった。


「フィアナ!」


蹲って泣く少女に駆け寄り、抱きしめる。フィアナが顔を上げた瞬間、自分の腕が燃えた。炎はフィアナを飲み込み、その肌を焼いていく。


『いやぁ! 熱い! 熱いの、カイル様ぁ!』


カイルは炎を振り払おうとするが、炎はますます激しくなり、容赦なくフィアナを襲う。炎に包まれたフィアナは、弱弱しく「助けて」と数回繰り返し、事切れた。


『あらあら、壊してしまったの。可哀想なフィアナ様』


「う……あ、あぁあー!!!」


叫び声と共に、目を覚ます。自分がどこにいるのかわからなかった。


「カイル、目が覚めたのか?」


父親の声が聞こえたが、何故か体を動かすことが出来なかった。


「あぁ、無理に動こうとするな。お前は今、背中に大火傷して絶対安静なんだ」


「ちちうえ」


「ん、どうした?」


「すみませんでした」


「何を謝ってるんだ、お前が謝るようなことなんてないだろう?」


「おばうえを、まもれませんでした」


「それは違う! もういいんだ、叔母上の事は考えなくていい。忘れていいんだ」


「フィアナも、まもれませんでした」


「何を言ってるんだ、フィアナちゃんは元気だよ。いつものように、お前からの返事が来るのを楽しみにしてる」


父親は、布団をぽんぽんと叩くと、カイルが寝ている間に届いた手紙を見せた。


「早く元気になって、お手紙読んでやれ。だが、まずは眠れ、いいな?」


あやすようなその言葉に、カイルの意識は落ちていった。


 愛しのカイル様

 

 急な視察で旅立ってから、もう三週間になります。急に入った予定が、ここまで長引くのは驚きですが、それだけカイル様が、おじ様に頼りにされている証拠だと思うと、こちらまで嬉しくなってしまいます。

 お母様は、急な別離でも、黙って夫を待ち、家のことを支えるのが妻の役目だ、と仰いました。

 そうすると、今回のこれは、結婚する前の妻の役割の予行練習ということになるのかも、と思えて、何だかくすぐったい気分です。

 カイル様が帰ってきたら、沢山の手紙を読むことになって驚かれるでしょうか? お戻りになったら、名前だけの手紙でも構いません。カイル様の無事を私にお知らせくださいまし。

 

 それでは。伝書鳥が人を目指して飛ぶようになればよいのに、と願いながら。       フィアナ・サランディア

伝書鳥は、鳩じゃなくて鷹です。ついでに、往復式。フィアナとカイルの親が親友同士だったため、往復鳥を作りました。通常の一方通行型と違い、とても面倒な訓練が必要なので、サランディア侯爵家の持ち物です。フィアナがほぼ毎日手紙攻撃を続けられるのは、鷹でやり取りしているからです。フィアナはカイルと自分を繋ぐ鷹が大好きなので、鼠だってさらっとあげられるくらい可愛がってます。

因みに、学園には飛ぶ鷹はいませんでしたが、学園近くへ飛ぶ鷹がいたので、そこから人が運んでいました。なので、学園に行ってからは多少のラグが発生したりします。

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