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すれ違い  作者: 北西みなみ
カイル編
14/27

守るべきもの

 愛しのカイル様

 

 素敵な栞をありがとうございます。とても素敵で、使うのが勿体ないと机にしまったのですが、嬉しくて嬉しくて、何度も机から取り出しては眺めてしまいました。

 あまりに取り出す回数が多いので、これなら本に挿んでいた方が傷みも少ない気が少ない気がして、今読んでいる本に挿んでみました。

 そうしたら、今度は本が気になってしまって。ついつい頁を開いてしまい、気が付けば本を読み終わってしまいました。

 どうしても栞が気になってしまうので、いつでも見られるような硝子の蓋のついたケースをお母様にいただきました。ケースは、元々は装飾品入れなので、ビロード生地が下に敷いてあります。

 いつかここに、指輪なんかも一緒に入れられたら、と眺めてしまう自分がいます。

 これからお勉強の時間ですが、見えないところに置いておかないと気になってしまいそう。けれど、大切な栞のせいで、お勉強が疎かになったと言われたら嫌なので、精一杯努めてきます。

 

 それでは、また書きますね。いつでも胸から溢れ出しそうな愛を込めて。    フィアナ・サランディア


いつものようにフィアナから届く手紙を読み返していたカイルは、父親に呼ばれて顔を上げる。


「叔母上、ですか?」


はて、と聞き返したカイルに、父親が頷く。


「前に話したことがあったろう? 私の妹だが、今回、戻ってくることになった」


言われて、カイルは叔母についての話を思い起こす。確か、本来なら彼女を守るべき夫に守られず、傷付けられてしまった女性。幸せな少女時代の話との落差に、彼女の話を聞くだけで辛かった。もし、自分がフィアナを守れなければ、フィアナもそうして不幸になってしまうのか、と、気を引き締めた当時を思い出す。


「私は、叔母上に対して何が出来ますか?」


カイルの問いに、父親は難しい顔で腕を組む。


「そうだな。叔母上は今、とても傷付いている。ひょっとすると、見知らぬお前に気遣う余裕はないかもしれないが、悪く思わないでくれ」


カイルは、当然とばかりに頷く。


「もし叔母上が私を怖がらないようなら、一緒に来ることの出来ない叔父上の分まで、私が守ります。辛い世間からも」


「あぁ、頼んだぞ、カイル」


「はい。フィアナを守るのと同じように、叔母上を守りたいと思います」


カイルの真っ直ぐな答えに、父親は満足そうに頷いた。


そうしてやってきた叔母は、感情をどこかに置き忘れた人形のようだった。


父親が言えば動くし、食べ物も食べる。けれど、自ら話をすることは殆どなく、笑うことも怒ることもしなかった。唯一見せるまともな反応は、不用意に話しかけた際に見せる、びくっと怯え、自分を庇う動作のみ。


カイルが花を贈っても、街で人気の菓子を用意しても、喜びもしないどころか、気に入らない風すらみせない。儀礼どおりに礼をするだけで、表情を動かしてはくれない。


気分転換にと散歩に誘っても、商人を呼ぼうといっても、首は横に振られるばかり。大好きだったという蔵書室の鍵ですら、手に取ろうともしてもらえなかった。


これが、心が傷付くということなのか。


カイルはショックを受けた。綺麗なものも明るいものも見ることが出来ず、他人との話すら心に響かない。そんな悲しい状態に、何故追いやられねばならなかったのだろう。


叔母がこうなったのは、世継ぎの子を産めなかったからだと聞いている。それは、天の配剤であり、叔母のせいではないはずだ。自分の母親も、なかなか子を授からず、やっと生まれた私が男ではなかったらどうなっていたことか、と陰口を叩く口さがない親戚もいたらしい。父の耳に入ると情け容赦ない報復が待っているため、口に出す人間は減ったが、亡くなった母に、せめてもう一人生んでから死ねばいいのに、と言った者も知っている。


幸い、フィアナは実家が完全に上位であるため、表立っていびろうとする親戚はないと思うが、それでも、グラント本家に嫁ぎたがっている者はまだそれなりにいるのだ。小さい頃から、自分に必死に媚びなければならないのは大変だな、とは思うが、自分のアピールのために、会ったことすらないフィアナを勝手に貶めようとする者もいる。


逆恨みがフィアナに向いても嫌なので、表面上は穏やかに対応したが、出来ることなら二度と会いたくない。何より綺麗できらきら輝いているフィアナには、こんな汚いものを見せたくもない。


カイルは、考えた。頼りの夫に守ってもらえず、傷付いてしまった優しい人。そんな叔母を守ろう、と。叔母は、この館にずっと住むことになる。父が母を守っていたように、自分もこの家を悪意から守るのだ。叔母の心を癒やすことの出来る環境を作って、立ち直ってもらいたい。父が昔見ていたという、フィアナによく似た笑顔を取り戻す、その手伝いをするのだと。


 愛しのカイル様

 

 カイル様のお悩みは、とても大きくて、私まで心が張り裂けそうになりました。けれど、きっと叔母様に、そのお心は届くと信じています。私はカイル様が読んでくださっているだけで十分に幸せですので、毎回お返事くださらなくても平気です。そんなことで無理だけはしないでくださいまし。

 さて、ご質問の件ですが、そうですね。私は、大きな花より小ぶりで寄り添う花の方が好きです。明るい小物が部屋にあるのも好きだし、小さな鉢植えも見ていて嬉しくなります。砂糖で形作った可愛らしいお菓子や、光を透かせる蜂蜜キャンディーも心が浮き浮きします。

 小物なら白に赤いアクセントなど可愛いし、黄色のころんとしたものも気分が明るくなります。

 叔母様は、どのようなものが好きなのでしょう? おじ様ならきっと御存知ではないでしょうか。子供の頃に叔母様が使っていた小物なんかも参考になるのではないかと思います。

 叔母様が反応を見せなくても、お花を渡したりした時に、一瞬でもそれを見ているのなら、きっと心のどこかが暖かくなっていると思います。嬉しいを表に出すだけの力はなくても、嬉しいと思う心はきっと残っていると思うから。

 最後に。カイル様の笑顔は、他人もにっこりさせる力があると思っています。カイル様が叔母様に笑いかけていれば、きっと叔母様もにっこり笑ってくださるのではないでしょうか? 私は、カイル様が笑っているのが大好きです。カイル様が笑顔だと、幸せになれるので、笑っていてください。

 

 それでは、カイル様の健闘をお祈りしています。瞼の裏のカイル様の笑顔に胸を高鳴らせて。      フィアナ・サランディア


いつも直接祝っていたフィアナの誕生日。初めての別離に、思ったより理解を示したフィアナに、嬉しさと淋しさと感謝を抱きながら、叔母の部屋に向かう。


「叔母上、本日はとても気分のいい陽気です。窓を開けると、気持ちの良い風が吹いてきますよ」


「叔母上、庭の花が綺麗に咲いています。ここからでも見えますから、よろしかったら眺めてみてください。椅子に座って見るのでも楽しいですよ」


「叔母上、以前、叔母上が使っていらしたという小物入れがあったんです。綺麗な柄で、もし使うようなら叔母上に使ってほしい、と父が言っておりました。これなんですけど、よかったら使ってください」


「叔母上、これ、幼馴染みのフィアナがとても好きなお菓子なんです。見た目が不思議でしょう? 叔母上もいかがですか?」


カイルは、僅かな時間を見つけては、叔母に会いにいった。


フィアナのため、自分のために、勉強は疎かにできない。実践的なことも増え、今までの知識をどう使うかが試されるときであり、いつでも頭を悩ませられる時だ。


けれど、領地経営の初歩を手伝っているだけの自分と違い、父親はもっと忙しいのだ。その分、自分は叔母を守り、この家には頼っても平気なのだ、寄りかかっても大丈夫なのだと教えなければならない。


今は、動くだけの気力をもてない叔母に、苦痛にならないよう、叔母が動かなくてもよいことを薦めた。庭の散歩の代わりに窓を開け、花を届けた。人との会話は辛いであろうと、服や小物は、叔母の少女時代から来ている商人に、今持っているものを見せて、合いそうなものを作らせた。叔母が好きだったというクロスを揃え、裁縫道具や娯楽書など、昔好きだったというものも用意し、使いたければ使えるようにした。使用人は、叔母が嫁ぐ以前からいる、仲の良かったものを専属につけ、多くは関わらないようにした。


そうして、この家は、貴方の味方なのだ、したいことはしていいし、したくないことはしなくていいのだ、と示し続けて数ヶ月。叔母の様子に変化が出てきた。


持ってきた花に触れ、眺める。手に取ってアクセサリーをつける。複数並べた服から、これがいいと意思表示をする。他と比べると、まだ乏しい反応だが、確実に感情が表れ始めている。


それと同時に、話し掛けるだけでびくっと怯えが走ることがなくなっていった。


カイルが行くと、顔を向け、花を見ると少し微笑む。特に、黄色い花だと見ている時間が長いと気付いたカイルは、なるべく黄色の花を持っていくようにした。


「叔母上、過ごしやすい季節になってきました。もしよかったら、少しお庭に出てみませんか?」


いつものように、断られるかと思っていたカイルだったが、この日は様子が違った。叔母は、少し考えた後、こくんと頷いたのだ。


「っはい! よろしければ、ご案内します。それとも、お一人でゆっくり楽しまれた方がよろしいですか?」


「一緒に、行ってもらえるかしら?」


「はい! 勿論です!」


それを境に、叔母の様子は変わっていった。未だに、外に出ようとはしないが、庭の花に眼を向け、紅茶を楽しむ。時には刺繍もするようになった。


「叔母上、サランディア邸に行きませんか? 毎年この時期に、訪れているんですよ」


考えてみれば、もう二回もフィアナの家へ行くのを中止している。傷付いた叔母を置いていく訳にはいかないので、仕方がないが、そろそろ顔が見たい。フィアナからの手紙に、控え目に、今回は来れるのかという問いがあったのを見て、ますますその思いが強くなってしまった。


けれど、叔母は首を縦には振らなかった。


叔母にとって、サランディア家は、そこまで馴染みのある場所ではないため仕方がない。けれど、今回はひょっとして、と期待してしまったカイルは、こっそりと落ち込んだ。


だから、父親から言われた言葉が、最初は理解できなかった。


「カイル。今回はサランディア邸に行くぞ」


「え?」


「カルディナがな。一人でゆっくりしたいから、二人は行ってくるといい、と言ったんだ」


「よろしいのですか?」


眼を見開くカイルに、父親は笑って頭を叩いた。


「いつもより滞在時間は短くなるが、久しぶりにフィアナちゃんに会いに行こう」


「はい!」


満面の笑みに、カイルの父親も満足そうに笑った。


 私の可愛いフィアナ

 

 ダンスを褒められたとのこと、おめでとう。楽しそうに、くるくるとドレスを翻す姿が浮かび、その相手を自分がしたいと思いました。

 社交界に出たら、沢山の人が貴方とダンスを踊ろうとするでしょう。ですが、いつだって貴方とファーストダンスを踊るのは私です。貴方をきちんとリードできるよう、こちらも一層練習を重ねようと思います。

 さて、来月ですが、そちらに行けるそうです。叔母はまだ、出掛けることはできないので、その分お土産を沢山買おうと思います。フィアナにも一緒に選んでもらえれば、きっと叔母も喜んでくれることでしょう。

 私はこれから、父について視察へ赴きます。毎回、色々な発見があるので、そのときの話は、今度会う時に直接話します。フィアナが喜ぶような話があれば良いのだけれど。

 

 それでは、なかなか進んでくれない時計を睨みつけつつ     カイル・グラント



予定より少し早い時間に着いたにもかかわらず、サランディア家は、自分達を快く歓迎してくれた。


「お久しぶりです、義兄上、義姉上。今回もお世話になります」


「えぇ、久しぶりね、カイル」


「おぅ、本当に久しぶり。元気だったか?」


「はい、おかげさまで。……あの、フィアナは?」


そう。そこにはフィアナの姿だけがなかったのだ。ひょっとして病気にでもかかってしまったのか?


「あぁ、あいつな。長い間会えなかったろ? ようやっと会えるってなったら、興奮しすぎて寝坊。必死に用意してるから、もうすぐ来るんじゃないか?」


「そうですか」


こっそりと安堵の息を吐く。ここまで来たのに、絶対安静の面会謝絶など言われたら、たまらない。


「まぁ、寂しそうにしちゃって。お前も、もう十一だろ? 一途というかなんというか。ここは身内しかいないんだから、もっと砕けたしゃべり方だっていいんだぜ? フィアナだって、その方が喜ぶと思うぜ?」


そんなものだろうか?


思わず義姉を見ると、義姉も頷く。


「そうねぇ。程度にはよるけれど、敬語で話されるより、親しみを感じるかもね」


そういうものなのか、と思っていると、たたたたっと軽い足音が響いてくる。


「カイル様!」


待ち望んだ存在がやっと来た。


「フィアナ! 久しぶり」


「カイル様、お会いしたかったです」


必死に階段を下りてくるフィアナに笑いかけ、返事を返す。


「ぼ……、俺も会いたかったぜ!」


と、フィアナがぴたりと止まった。まるで、急に手綱を引かれた馬のように。


「ふぃ、フィアナ? ど、どうしたんだ、ぜ?」


いつものように、抱きついてきてくれると思ったのにあてが外れ、開いた手が寂しく空を切る。


何故か驚愕の表情を貼り付けたフィアナは、一歩、二歩と後ずさりすると、くるっと身体を反転して逃げてしまった。


「ぶっ。あははははっ!」


「エド!」


腹を抱えて大笑いする義兄と、頭を押さえつつ弟を嗜める義姉を横目に、呆然とする。


「フィアナ?」


フィアナは何故逃げてしまったのだろう? 今まで、フィアナが自分から逃げるという事態を経験したことのなかったカイルは、ショックだった。フィアナはいつだって自分のお嫁さんなのに、何故。


「義姉上……、私は何かしてしまったのでしょうか?」


「えぇと、そうね。貴方は特に悪くないと思うわ。でもね……」


「照れただけだ。久しぶりで、恥ずかしかっただけ。……ぶふっ」


言いよどむ義姉に、義兄が軽い勢いでフォローする。だが、さっきの表情は、とても恥ずかしかったようには見えない。


フィアナは、最初は変わらず、自分に駆け寄ってきていたはずだ。それなのに、逃げたということは、格好が変だったか、何か臭いでもしたのか、言葉が悪かったか、だ。


カイルは自分の格好を見直し、腕を近づけて、すんすんと臭いをかいでみる。これといって問題はないように思われる。


すると、問題は挨拶ということになる。義兄と義姉に勧められた言葉遣いだったが、言い慣れない言葉のせいで、自然に言うことができなかった。


だからだろうか。格好いい言葉ではなく、つっかえつっかえの無様な言葉だったから、失望されてしまったのだろうか。


カイルが、どよんと鈍い空気を作り出しながら必死に考えていると、声が掛かった。


「カイル、いらっしゃい。よくきたわね」


フィアナを腰に貼り付けた義母の姿だった。カイルは、フィアナをちらちらと気にしつつ、挨拶をした。


「義母上、お久しぶりです。今回もよろしくお願いします」


「えぇ。……ところで、カイル。貴方、不良になったというのは本当?」


「はい?」


突然の言葉に、理解が追いつかない。


「いえね、フィアが『カイル様が不良でも、結婚は出来るのか』って聞くものだから」


どうなの? と言われるが、道を踏み外した覚えはない。


「い、いえ。フィアナを守れなくなるようなことはした覚えはございません」


「そうねぇ。私も、貴方が犯罪者になったようには見えないわ。フィア、何故そんなこと言ったの?」


「……だって、カイル様が『俺』って。『会いたかったんだぜ』って」


「まぁ」


「ち、違うよ、フィアナ! それは、君の兄上が、フィアナがそういう言い方の方が好きだって言うから、喜ぶかと思って! フィアナが嫌なら二度と言わないよ!」


喜んでもらえると思って頑張って言った言葉が、逆効果だったと知り、慌てて訂正する。


「……私が喜ぶから?」


「そうだよ。違うのなら言わないから、嫌わないでおくれ」


「……」


「フィアナ、お願いだから、こっちへきておくれ。折角会えたのに、こんなに遠くにいなければならないなんて、悲しくて泣いてしまいそうだ」


「っ!」


必死に訴えながら手を伸べると、フィアナが飛びついてくる。そのぬくもりを抱き止めてやっと安心出来たカイルは、柔らかな頬に頬ずりした。


「フィアナ、久しぶり。会いたかったよ」


「私もですわ、カイル様」


「ごめんよ、おかしな言葉を使ってしまって。怖がらせてしまったね」


すると、フィアナはふるふると首を振った。


「違うの。ちょっとびっくりしただけ。あのね、あの話し方、フィアのためにやってくれたのなら、嫌いじゃないわ」


「フィアナ?」


「フィアだけの特別なカイル様でしょう? 好きよ」


「本当? なら、フィアナといるときは頑張る、ぜ」


「義弟よ、『ぜ』をつけりゃ、砕けた言葉って訳じゃないんだぜ? おっと、『ぜ』って使っちまった」


「無理に変な言葉にしようとしないでいいのよ。慣れた言い方が一番だわ」


どうやら、自分の砕けた言い方は、まだ及第点には届かないらしい。今度までには、もっと自然な言い方を覚えようと決意したカイルだった。

手紙の中でフィアナが言ってる好きなものは、全部カイルがくれたお土産だったりします。ま、元々フィアナが好きそうなものを選んでお土産にしているので、気に入るのは当然なんですが、カイルがくれると好きなものが大好きなものにランクアップします。

しかし、侯爵家当主も継嗣もフランク過ぎるな。まぁ、身内の場だけですが。貴族なんて、外面は完璧なものです。

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